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第二章 その1

それは六時間目の出来事だった。


それまで大人しかった紫帆がついに動き出した。


カッカッカチカチカッカチカチカッカチ……


小テスト中で静かな教室内で、俺の《マギナス》の画面がリズミカルに発光する。


その光の変化は微細なので、周囲の人間に気づかれることはない。


それは紫帆からのメッセージだった。


テスト自体マギナスを使ってやっているので、それを悪用したカンニングは誰もが考えることだった。だが、もちろんそれは教師にもわかっているので、対策も万全だった。


全生徒の《マギナス》の挙動は監視され、怪しげなことをすればすぐに教師の《マギナス》に警告メッセージが表示される。


 だが、天才ハッカーである紫帆にしてみれば、その程度の対策は障害でも何でもなかった。やろうと思えば、クラス全員の点数を思いのままに書き換えることだってできるのだ。


 で、今、彼女はモールス信号という古臭い方法で俺に語りかけていた。発光のリズムでメッセージを送るというやり方だ。


で、今のリズムを日本語に訳すと……


『緊急指令。緊急指令。今カラ教室ヲ脱出ス。スグ準備セヨ』


無茶言うな。


教師がバリバリ監視しているテスト中にどうやってここからエスケープすんだよ?


 俺は同じように《マギナス》を通してメッセージを返した。


『行クナラ一人デ行ケ。止メハシナイ』


 いまどき高校生でモールス信号を扱えるのは日本中探しても俺とおまえくらいだよな。


 聞き間違えたり、打ち間違えたりしたら、電気ショックで体に直接叩き込まれてきたもんな。嫌でも覚えちまったよ……


『答案ノコトナラ心配ナイ。我スデニ終了セリ』


『我ハ未ダ終ワラズ。気ニセズ、行ケ』


『我トノ同盟、共同戦線ヲ放棄スルノカ?』


『我ノ戦イハ、今ココニアリ』


『臆シタカ、愚カ者メ』


『何トデモ言エ。同盟トヤラハココデ破棄ダ』


「……そう、じゃあ仕方ないわね」


《マギナス》を机に置くと、(明らかに不機嫌そうな)紫帆が突然立ち上がった。そして、何事かと教師&クラスメートが注目する中で良く通る声を響かせる。


「すいません、先生! 南方君がお腹が痛くて死にそうだって泣きそうなので保健室に連れて行っても構いませんか?」


 は……? こいついきなり何言ってやがんだ……?


 てか、まさか俺をダシにする気か?


 紫帆の意図が読めた俺はすぐさま立ち上がった。


「先生、違います! 俺は腹なんて全然痛くな……痛ってぇぇぇぇっ!!!!!!」


 背中に激痛を感じた俺は絶叫とともに飛び上がった。


「おっ、おまえっ……!」


 振り返ると、紫帆が手の中にコンパスを隠し持っているが見えた。その針の部分で俺の背中を躊躇いもなくぶっ刺しやがったのだ。


「大丈夫か、南方? そんなに痛いんだったら救急車呼んだ方が良いんじゃないか?」


「い、いえ……、問題ない……です。多分……」


 涙目の俺は何とかそう答える。


ここで紫帆に刺されたとかそういうことを言おうものなら間違いなく口封じの第二撃が飛んでくる。


経験上も統計上もそれは間違いない。


「では、先生。私、南方君を保健室に連れて行ってきます」


 わざとらしく俺の体を支えるように寄り添う紫帆は、しっかりコンパスの先を俺の脇腹に突き立てている。そして、「抵抗したり、不穏な動きをしたらまた刺すわよ?」と目で合図してきた。


 俺はそのまま人質よろしく廊下に連れ出される。


「何も問題ないわ。血管とかは外してるから出血はないはずよ。体を傷つけずに痛みだけを与える刺し方はもう極めたから。むしろ、私の針治療は健康に良いかも知れないわよ?」


「そうだな。人の背中を何百回も刺してればそれくらいはできるようになるわな」


「そんな顔をしないで。こういうのはただの『甘噛み』でしょう? 子犬にじゃれられてるだけだと思えば良いわ。わんわんわん、カズ君、遊ぼうわん」


 小さく微笑みながら犬の鳴き真似をする紫帆。


 おまえにはライオンにじゃれられる子猫の気持ちなど一生わかるまいよ。


「じゃあ、行きましょうか。保健室」


 と、そのとき気づいたのだが、紫帆の顔色があまりよろしくない。


「おまえ、やっぱ体調が……。だったら、普通に自分が調子悪いって言えばいいじゃんかよ」


「嫌よ。私、他人に弱みなんて見せたくないもの。そんなことをするくらいなら、カズ君に恥をかかせてでも乗り切るわ。さっきみたいにね」


「へいへい、さいですか」


 まあ、本当に熱があるなら仕方ない。体調不良ってことで今回だけは大目に見てやるか。


 そう思いつつ、俺は保健室まで紫帆を連れていくことにする。


 と、歩き出してすぐに紫帆の足が止まった。「ん? どうした?」と顔を向けると、紫帆は渡り廊下の向こう側にじっと視線を注いでいた。


「何だ、あれ?」


 その姿を捉えられたのはほんの一瞬だった。


 だが、俺は確かに「現実ではありえない生き物」をそこに見た。


 白いケモノ耳と尻尾の生えた、真っ白な装束を身に付けた女の子がそこにいたのだ。


「……今の見たか?」


「ええ。ついに現実世界の崩壊がはじまったようね。きっとあれは異世界からやってきた……まあ、そういう類の何かでしょうね」


「多分、俺も熱があるんだろうな。保健室で休むことにするわ……」


「本当にカズ君は往生際が悪いわね。自分の目で見たものくらいちゃんと信じなさい。今のはもはや疑いのないリアルでしょう?」


「うん、まあ、そうなんだけどよ……」


 その手のファンタジーを平凡愛好者な俺の脳がどうしても受け付けねぇんだよ……


「納得がいかないのなら、今の子を捕まえて直接問いただすしかないわね。本人が異世界の住人だと言えばカズ君も受け入れざるを得ないでしょう?」


「ま、まあな……」


「では、二手に分かれて探しましょう。カズ君は上を探して、私は一階から探してみるわ。絶対に逃がしてはダメよ。捕まえて遊びたいから」


「遊ぶのかよ!?」


「当然よ。他に活用法などないでしょう?」


 そう言い残すと紫帆はさっさと階下へと歩を進める。


 あの子、紫帆に見つかったらそこで人としてのすべてを吸い尽くされることになるかもな……俺みたいに。


 にしても、異世界から来た住人だと? 本当にそんなことがあるのかよ?


紫帆が昨日言っていた「現実世界の完全崩壊とファンタジーに満ち満ちた来たるべき新世界の到来」とかいう妄言は本当の話だったってのか?


 そんな疑念を抱きつつ、いくらかの焦燥感に突き動かされつつ、俺はさっきのケモノ娘を探す。


 すると、理科室の前でふわふわと動く尻尾が視界に飛び込んできた。だが、その尻尾は俺の気配に気づくやさっと教室の中へと隠れてしまう。


 俺は意を決して理科室へと入る。カーテンを閉め切った薄暗い教室内で、確かに小動物の押し殺した息遣いが聞こえてくる……


だが、どこに隠れているのかまでは特定できない。


……仕方ない。


通じるかどうかわからんがとりあえずアレでいこう。


「おい、おまえ! 尻尾が見えてるぞ!」


「はうわっ!」


どんがらがっしゃん!と笑えるくらい騒々しい音を立てて掃除用ロッカーが開く。そして、中から「きゅうぅぅぅ……」と掃除用バケツを頭からかぶった子がガチャガチャの景品のように出てきた。


純白のブレザーに同色のスカートとシャツ。ニーソも耳も尻尾もすべてが真っ白だ。


そいつはどこからどう見ても正真正銘の「白狐娘」だった。


「お-い、大丈夫か?」


 目を回してひっくり返っている白狐の傍に腰を下ろすと、俺は見るからに柔らかそうな頬をぷにぷにとつついてみた。


「はうっ!?」


意識を取り戻し視界に俺の姿を捉えた白狐は、四つん這いのままで再び物陰に隠れようとする。だが、慌てたせいで完全に「頭隠して尻隠さず」になる。


「食べないで下さい。食べないで下さい。食べないで下さいぃぃぃ……!」


 両手で頭を抱えてガクガク震えている白狐の姿はさりげなく「イジメてやりたい心」をくすぐるものがあった。だが、残念なことに俺にそういうSな趣味はなく……


「食ったりしねぇよ。俺は草食系の羊野郎だからな」


「羊……さん?」


俺の一言で白狐の震えが止まった。そして、恐る恐る頭を出してくる。


「本当に……? 本当に本当に本当なんですか? 私を騙して食べようとする狼さんじゃないんですか?」


 狼か……


そんなものになれるとか真剣に思ってた子ども時代は……一瞬たりともなかったな。


「こんなうらぶれた高校生が狼に見えるかよ?」


 白狐のつぶらな瞳がじいっと俺を見る。すると、見る見るうちにその顔から警戒の色が消えていった。


「あなたも食べられる側の人間なのですね……」


 見ただけで悟られてしまうところが非常に悩ましいが、つまり俺はそういう存在ってことだ。……まあ、とりあえずそれは良いんだが。


「……で、白狐。実際おまえって何? 異世界から迷い込んで来たとかそういうのはナシの方向で頼みたいんだが?」


「え……? ……あっ、はい! 私は正真正銘、この世界の人間です」


 何だよ。


やっぱりただのコスプレ不審者じゃんかよ。


「だったら何なんだ、その耳と尻尾は?」


 俺はそっとその耳に手を伸ばして触れようとする。


 だが、俺の指先はそれに触れることができない。


「これ……3D映像なのか?」


「そうですが、何か?」


「いや、でも、おまえの動きに合わせて動いてるぞ?」


 そう、その耳と尻尾はこの子の動きに合わせて生き物のように動いている。


 現代のヴァーチャル技術では、決められた場所に事前プログラムした3D映像を流すことはできるが、人の動きに合わせてそれを動かすことはできないはずだ。


 そんなことができるのなら、服など着なくてもいくらでもオシャレができるのだが、そんな機能を持った機器など見たことも聞いたこともない。


 この子、一体何者……?


「これは『とある方』にいただいた試作品なのです。リアルをヴァーチャルゲームで侵略するための必須技術らしいのです。魔除けとしての効果も高くて……」


「魔除け?」


「はい。これを身に付けていると他人の視線攻撃などを緩和することができるのです」


「視線攻撃?」


 普段耳にしない単語を連発しやがるな、この子は。


「例えば、誰かにじっと見つめられるとドキドキするじゃないですか?」


ああ、それはあるな。


「そのまま三秒経過すると、ダラダラ汗が出てきて、心臓がバクバクして、息ができなくなりますよね」


「は……?」


「五秒経過する頃には、視界がブラックアウトとホワイトアウトを繰り返して、平衡感覚が消滅します。ああ! 想像するのも恐ろしいことです!」


「いや、あのさ……」


「十秒が経過する頃には、もはや自分が自分であることがわからなくなるという意識障害が発生し、『このままだと私死んじゃうかも……』というくらい致命的な精神的ダメージを……」


「すまん、ちょっと待ってくれ。おまえはどこの邪気眼と対峙したときの症状を言ってんだ?」


「邪気眼? 違いますよ。これはこの世界で生じている極一般的な生理的反応です」


 やっぱりこの子は俺の知っている世界とは別のところから来たんじゃないか?


「あと、広い場所にぽつんと一人でいたり、人ごみの中に放り込まれたり、電車とかの乗り物に乗ったりすると、急に息が苦しくなってきて意識が朦朧としてくることもありますよね?」


 今のところ俺にそういう症状はないな。


「ですが、この姿をしていると、白狐の魔力が宿り、その手の視線攻撃や社会空間圧力を跳ね返すことができるのです。それによって私のようなあらゆる対人系・対社会系恐怖症を極めてしまった、世界の悪意にまるで抵抗力のない虚弱な人間でも、何とかそれなりに普通の生活が可能になるというわけです。あなたも見たところ私と同じ体質の人だと思うのですが。どうでしょう? 一緒に白狐になってみませんか?」


「いや、俺はそこまで重症じゃないっぽいから遠慮しとくわ……」


 俺の場合、むしろ、そんな恰好をしたら外に出られなくなるな。


「てか、おまえみたいに3Dコスプレしてるやつって他にもいたりするのか?」


 絶対いないだろ、という意味をたっぷり込めて俺は言ってみる。


「いませんよ。これは私だけに与えられた最新鋭のヴァーチャルツールですからね」


 白狐はどこか自慢げにそう返してきた。


「与えられた?」


「はい。『来たるべき新世界の王』という心強い指導者が私にプレゼントしてくれたのです」


『来たるべき新世界の王』だと?


 やっと聞き覚えのある単語が出てきたと思ったら、それは非常に不吉な称号だった。


 俺はこの怪異を背後で操っているであろう人物の顔を思い浮かべて、この場からすぐに退散したくなってきた。


「電脳世界のカリスマたる『来たるべき新世界の王』は私のような現実不適応者が生きるべき道を示してくれたのです。白狐との一体化によって神性魔力を纏いこの世界の邪を払い、人としてあるべき姿を取り戻せと」


 いや、俺にはむしろ人として生きる道を自ら閉ざしているような感じがするんだがな。


「でも、恥ずかしいだろ? それで学校来たりとかは」


「え? どこがですか?」


 白狐は極めて不思議そうな顔をしている。


「いや、すまん。おまえがそれで良いなら良いんだ。今のは忘れてくれ」


 俺の常識が軽くゲージ半分くらいのダメージを受けた。


「でも、正直、ここまで出てくるのはちょっぴり辛かったです。自分の部屋から外に出るのは実に二年ぶりでしたからね」


「ん? おまえってそうなの?」


「はい。人と直にお話するのも二年ぶりです」


「その割には普通に喋ってるな」


「あっ……! そ、そうですねっ! すごいですっ! びっくりですっ!」


 そこで白狐は自分の姿を見る。


「こ、これが白狐の神秘の力なんですね!?」


 九割九分九厘違うんじゃないかな。


どこかの誰かさんに騙されて暗示をかけられてるだけなんじゃないかな。


 だが、そんな疑念を微塵も感じていない白狐は、ある種の感動に目を煌めかせている。


 きっとこの子は普通では考えられないくらいに純粋で、かつ思い込みが激しいタイプなんだろうと俺は推察する。


「なあ、もしその耳と尻尾を取ったらどうなるんだ?」


「こ、怖いこと言わないで下さい! そんなことをしたらこの世界の瘴気に侵されてさっくり死んじゃいます。誰かにといるときは絶対に外せません。ちなみに白狐の加護があると言っても外を出歩けるのはせいぜい五時間が限界です。それ以上は私の精神が耐えきれませんから」


「耐え切れないって……。じゃあ、その他の時間はどうしてんだよ?」


「巣の中でひたすらゲームに耽って霊力を蓄えるのです」


 ゲームをすることと霊力回復の因果関係を俺にわかるように説明……ええっと、まあ、しなくて良いや。どうせ俺の想像力では理解できねぇだろうし。


「……で、おまえはどうしてそこまで危険を冒して学校に来たんだよ?」


 俺が知るべき点はむしろそこだ。


「実は、今日どうしてもここに来なくてはならない事情があったのです……」


 コスプレしてまで学校に来なくちゃいけない事情か。それはつまり……


「私は友の仇討をしなければならないのですっ!」


 ぐっと胸の前で両手の拳を固める白狐。


……そういや小テストの途中だったな。今から戻れば何とか間に合うだろ。


「ちょっと待ってください! まだ名前も言い合ってないのに、どうして行っちゃうんですかっ!」


理科室から出ようとした俺に白狐がしがみついてきた。その動きは意外と俊敏だった。前世はもしかしたら正真正銘の狐だったんじゃないかって思うくらいに。


にしても、デジャブだ。以前にもこんな感じの女の子に取りすがられたことがあるような、ないような……、まあ全然思い出せないが。


「悪いが俺は平凡愛好者なんで、その手のフラグはきっちり折っていく主義なんだよ」


「そうなんですか? 私、詩丘梢と言います。ポエムの詩に、丘に上るの丘。木の小枝の梢です。小高い丘の上、枝に腰掛けて詩を口ずさむ白狐な女の子をしっかり思い浮かべてみてください。これでもう私の存在を忘れられないですよね? 詩丘梢、詩丘梢、詩丘梢。私は詩丘梢です」


 耳を塞ぐよりも早く俺の認識回路に自分の存在をぶち込んだ梢は、完全に俺の意向を無視して取りすがってくる。


 つまり、俺を巻き込む気満々というわけだ。


「それに先に私を追いかけてきたのはあなたの方じゃないですか。ここまで来て逃げるなんて人としてどうなのでしょう?」


 くっ! それを言われると辛い……!


 てか、紫帆に「逃がすな」って言われてるしな……


 俺は観念して自分の名前を名乗ることにした。


「南方さん、ですね。ここで出会ったのも何かの縁だと思うのです。話だけでも聞いていただけませんか?」


「万年ひきこもりの臆病なおまえがコスプレまでして学校に来て、仇討だとか言ってその辺をウロウロしてる事情をか?」


「コスプレじゃありません。魔除けです」


 ぶっちゃけどっちでも良い。


「でも、何で俺なんだよ? そういう大事なことなら先生に相談した方が良くないか?」


「何だか南方さんって私と同じ種族の匂いがするんです。そういうのは他の人にはないものです」


「同じ種族の匂い」か。


なかなか良くない言葉の響きだな。


「平凡さを愛しているというところで『ずきゅん』と来たのです。実のところ私も同じですから」


「ほぉ……」


これは意外なところでお仲間ゲットか? おかしなやつだと思ったが、意外と俺に近い性格なのかも……?


「人間、何もないことが一番です。多少退屈を感じるくらいがちょうど良いのです。平穏な日常以上に求めるべきことなど何もないのですから」


おお! すげぇ良いこと言うな。


俺、高校に入ってはじめて気の合う人間を見つけてしまったんじゃないか!?


そう思うと何だかテンションが上がってきた。


「ですから、私たちは日々、自室という名の自分の巣、すなわち不可侵なる絶対固有領域に閉じこもり、なるべく誰とも会わず、なるべく何も考えず、なるべく体を動かさず、この世界あらゆる穢れとストレスを避け、自らの心の赴くままに自由気ままな生活を送らねばならないのです。もちろん、私にはわかっていますよ。南方さんの魂が欲し求めている『ひきこもれる世界』というものが。私もまったく同意見ですから」


いや、俺が求めている世界というのはそういうのとはちょっと違う気がするな。


「大体、私たち人間は自然界の動物たちをもっと見習うべきなのです。野生動物は学校に行きますか? 無駄に動き回ったりしますか? 分刻みの規則正しい生活などしていますか? 違いますよね? 動物たちは寝たいときに寝て、食べたいときに食べ、その他の無駄な動作をすべて止めているのです。これこそが自然の摂理です。この地上に生命が誕生してからずっと繰り返されてきた大自然の営みなのです。それを今の人間たちは歪めに歪めているのです! 私はそんな間違った世界を『来たるべき新世界の王』とともに改革したいのです!! ヴァーチャルを超えるヴァーチャル、《ハイパーリアルゲーム》を製作することによって!!!」


「そうか、がんばれよ」


 俺は梢の肩をぽんと叩いて教室を出ようとする。


とりあえず紫帆がこの子を捕獲したがっている理由は良くわかった。


「ま、待ってください! どこに行くんですかっ? まだ話は終わってませんよ!」


いやな、ちょっと普通な人間社会の空気を吸いたくなっただけだ。気にせず一人で話を進めてくれ。


「そうですか、南方さんには私の気持ちがちゃんと伝わっていないのですね?」


 そうであるとも言えるし、そうでないとも言えるな。


 つまりな、おまえの言いたいことはわかるが、理解したくないってことだ。


「わかりました! でっ、でしたら、は、恥ずかしいんですけどっ! 初対面の人に言うことじゃないってわかってるんですけどっ! わ、私、思い切って言っちゃいますね!」


 梢は興奮気味に顔を赤らめている。


 いや、待て、いきなりおまえは何を言い出そうとしてんだ?


「わ、私、本当は人が苦手で怖くて……で、でもっ! 言うべきことだけはしっかり言わないといけないって、それはわかってるんです!」


 そこで梢は俺の手を取った。そして、「ふおぉ……」とばかりに大きく息を吸いこむ。


「南方さんって自分が思っている以上の現実不適応者だって思うんですっ!」


 心の底から言われたくないと思っていることをストレートに急所にぶち込まれてしまった。


そうか。


俺っていう人間はあれかな。


こういう類の女の子を引き寄せる特殊能力があるってことなんだろうな。


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