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プロローグ

「私、誰も見たことも聞いたこともない世界でたった一つの、最強最悪の超マゾ系ハイパーリアルオンラインRPGゲームを作って、このリアル世界を根本から改変しなければならなくなったの」


 幼馴染みの「あいつ」が中学卒業式の後、意味ありげに俺を校舎裏に呼び出し、「まさか、ここで俺に告白イベントか?」的な甘酸っぱい妄想を抱かせておきながら、唐突にそんな「私、自分の使命に目覚めてしまったの」とでも言いたげな中二妄想をぶち上げたのは、つい二カ月ほど前のことになる。


「十五分くれたら某大国の国防総省のメインシステムをハッキングして、今すぐ第三次世界大戦の口火を切ってあげるわよ?」と豪語する自称《神性ハッカー》である「あいつ」は、どうやらリアルにも、二次元にも、電脳世界にも、およそこの世界のすべてに飽きてしまったらしい。


 性格と人間性こそ邪気眼使いそのものだったが、「あいつ」はそれ以外のことでは人が理想とし、羨むべきすべてを身に付けて生まれてきた。

明晰な頭脳も、可憐な容姿も、卓越した運動神経も、神が「人間の完成形」を目指して彼女を人間界に送り出したのではないかと思えるほどに超然たるものだった。


 だが、だからこそ「あいつ」にはこの世界が退屈で仕方ないのだ。


 それはいきなりレベルマックスでチート的な能力を多数有したキャラでオンラインゲームをはじめた自分を想像してみればわかりやすい。

 最初は確かに楽しいかも知れない。「人がゴミのようだ」と言わんばかりに、敵プレイヤーもモンスターも一方的に殺戮し、こっちは一切のダメージを受けないのだから。


 だが、そんなゲームはすぐに飽きてしまうし、きっとゲーム内のプレイヤーと友だちになることもできないだろう。


 実際、「あいつ」は幼少の頃こそ周囲の期待と羨望を一身に受けて輝いていたが、今となっては完全に「ぼっち化」し、その人格が完全無欠にひね曲がってしまっている。本気で世界を滅ぼそうとか言い出しはしないかと俺はいつも冷や冷やしているのだ。

実際にそれだけの力があるから本当にシャレにならない。


 では、そんな風に世界に飽きてしまった「あいつ」が自らの生存戦略として考えることとは何か?

 答えは簡単。

「自分にとっておもしろい世界を自らの手で生み出すこと」だ。


「あいつ」はマジでこの世界を自分の楽しめる自作ヴァーチャルゲームへと書き換えるつもりなのだろう。

「一昔前」ならば、そんなのは子どもの夢物語で不可能だと言われたかもしれないが、現代の最先端のヴァーチャルテクノロジーと天才的な頭脳や才能を持ったクリエイターが何人か合わされば、二次元と三次元の壁をぶち壊すことは可能だ。


《二次元》と《三次元》の融合世界。

 世間ではそれを「ヴァーチャルを超えるヴァーチャル」、《ハイパーリアル》と呼称している。


何にせよ、「あいつ」がその次世代ゲームの製作に俺を誘ったのは、一人ではそのゲームを完成させることはできないからだ。だから、俺は間髪入れずに……


その申し出をさっくり断った。


 幼馴染みと言えど、そんな悪魔の所業に手を貸す義理はないからだ。

 残念ながら、俺は「ただ一点を除けば」至って普通の十五歳で、平和主義者なのだ。


「おはよっす」

 

 教室に入った俺は、中にいたクラスメートに爽やかに挨拶をする。

 高校入学から一カ月少々が経ったが、俺の学園生活は順調そのものだった。「あいつ」と過ごした悪夢の中学生活がまるで嘘のようだ。

 本当に「あいつ」と別の高校に進学して良かったと心の底からそう思う。


 教室内は常に新設された高校のように真新しい状態になっている。

 3D映像によって、壁も天井も、そして窓から見える風景すら、CGで描き出されているからだ。実際には一面真っ白な無機質な空間なのだが、生徒が勉強に集中しやすいように、すべての視覚情報はコンピュターによってコントロールされている。


「一昔前」は、花瓶の花を入れ替えたり、汚れた壁や床を雑巾で清掃したりと、そういうメンドクサイ作業が必要だったらしいが、そういうのはもはや過去のことだ。

 限りなく現実に近い3D映像と、人間の五感に作用する特殊なパルスによって、俺たちはリアルな世界で常にヴァーチャル世界を体験している。


 まあ、完全にそれがリアルと同等かと問われるとそうでもないのだが。


「おはよ。委員長、今日もすっごく可愛いな」

「おはようございます。私はそのようにプログラムされていますからね」

 俺は窓際の一番前の席に座っているクラスメートに声をかける。


 彼女は生身の人間ではなく、この教室で「委員長」の役割を与えられているヴァーチャルキャラクターだ。

 高度なAIを有し、時間割や宿題の確認などの受け答えをしてくれる他に、生徒の悩み相談にも乗ってくれるまさに「委員長」というべき存在だった。


 そんな彼女を生身の人間と区別できないかと言われれば、そういうことは全くない。

 彼女は「自分の席」など決められた場所にしか映像化されないし、手で触れることもできない。声はどこか機械的なものがあって抑揚もあまりない。感情も乏しく、表情のパターンもいくつかに限られている。

 つまり、どこか「作り物っぽい」のだ。


「一昔前」と比べれば、確実にヴァーチャル世界がリアルへと侵入していきているが、それは「穏やかになされるべきだ」と俺は考えている。

 ある日目が覚めたら、いきなり二次元と三次元がごちゃまぜになっていたというのはどうかと思うのだ。


 だから、そういうトンデモ世界を実現してしまいそうな「あいつ」とは今は距離を置いた方が良いと判断した。

 何度も言うが、俺は平和主義者なのだ。

 そして、俺がそうなったきっかけは「あいつ」との想い出の中にすべて凝縮されている。

 

「ファーストキスの世界最年少記録を作りたいの」と、幼稚園の入園初日に無理矢理唇を奪われたとき。


「軽く死後の世界を覗いてみたいの」と、小学三年生のとき、手錠で繋がれて飛び込み台からの「無理心中ダイブ」を強要されたとき。


「この街に新たな勇者伝説を刻みたいの」と、中学二年のとき、警察ですら手を焼いている地元の不良高校生チームをたった二人で壊滅させたとき。


 衝撃的な思い出があり過ぎて、俺は「冒険恐怖症」という謎の病気を患っている。

 だが、それもこれからの高校三年間で解消されるだろう。

 この学園に「あいつ」はいない。「あいつ」は今、俺とは別の高校に通っているのだ。

 そう、「あいつ」が俺の学園生活に登場することは絶対にない……はずだった。

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