第五話 勧誘
「グループ」
「はい。『星の隠れ家』っていう名前でこの辺の自治を担当している魔術団体なんですけど。最近吸血鬼騒動で忙しくて手が回らないんです。だから、その、手伝ってくれたら嬉しいなって、思って」
目を輝かせそう言う美月は、それにと後を続ける。
「うちは結構いろんな資料とかもあるし、魔術の研究とかに便利だし。メンバーはみんな優しいし。悠太君もすぐに馴染めると思います」
幸せそうに、楽しそうに、美月はそのグループのことを話す。聞いているとそこがどれほど温かい場所か、どれほど素晴しい場所か伝わってくる。俺も、そこに行ってみたい。そこで自分らしさ、自分の魔術を手に入れたい。
けれど。
だからこそ。
「遠慮する」
俺なんかが入ってはいけない。そんな気がした。俺が入る余地なんてどこにもない。きっと、どこにも。
「え、遠慮って」
「会ったばかりなのにそんな世話になるわけにはいかないしな」
そう答えると、美月は落胆した様子を見せる。少しきつく言ってしまったのかもしれないけど、そう言わなければ。
「でも、吸血鬼に関しては俺も少し協力する。この草原に行くまでの道辺りでいいなら見回るよ」
「あ、はい、ありがとうございます。それじゃあ私からも。もし悠太君がグループに入りたい、力になって欲しい、そう思ったときはいつでも来てください。これがグループの場所だから」
どうぞと美月は財布から名刺を取り出し渡す。そこには風流美月の文字とグループの名前、その住所が書かれていた。俺はポケットに仕舞う。
「ありがとう。いざと言う時は頼ることにする」
「えぇ、どんと頼ってください!」
大きく胸を張り明るく返した美月は晴れ晴れとしていて、とても彼女に似合っていた。
「と、もうこんな時間か」
その後、俺がここに来た理由を思い出した美月はコーチに名乗り出て、攻性魔術、主に集束系の魔術を中心に教えてくれた。俺が失神してた時間はそれほど長くなかったらしく、一応の練習時間はあった。元々一時間ここにいる予定だったし、三十分も出来れば充分だった。美月の実際に魔術を行使しながらの説明は、とても正確かつ分りやすく、数十分前とは比べ物にならないくらい集束が上手くなった。
最後に一通りお浚いし全ての成功を見届けると、美月はこちらにグッと親指をつき立てる。
「うん、うん。前より断然よくなってる。魔力の集束率も維持も正確さも各段に上がってる!」
「あ、ありがとう」
自分の事のように喜ばれ面映くなる。今きっと顔が真っ赤に染まってるんだろうと思うと、より一層赤くなるのを感じた。
「私、説明とか人に何か教えるの苦手だから上手くできるか自信なかったし、実際何回か噛んじゃったけど。でも役に立てて嬉しいです」
「役に立つどころじゃなかったぞ。集束って名前だけしか知らなかったし、勿論使うなんてこともなかったからな。けど今じゃこうして撃てるようになった」
俺は手の平に魔力を溜め、それを光エネルギーに変換し撃ち飛ばす。作り出された一つの弾は真っ直ぐにどこまでも伸びていった。
「でも、何でそんな自信無さ気なんだよ。すごく分かりやすかったぞ。お前の説明。ぜひとも俺の家庭教師になってほしいぜ」
「そ、そうかなぁ」
美月は頬を掻き照れたように笑う。その何気ない仕草に何故か胸の鼓動が早くなる。やっぱり意識せずにはいられなかった。おい、おかしいぞ俺。何急に意識しだしてるんだ。正常に戻れ。混乱しているだけだ。そう自分に言い聞かせはするけど、自然と美月の方に視線が行く。
ぱあぁぁぁ、と晴れ晴れとした表情を浮かべ、完全に自分の世界に入っていた。
「・・・・・・よし」
美月をみて冷静さを取り戻した俺はもう一度時刻を確認する。ギリギリの時間であることを再認すると、美月に別れを言う。
「もう夜遅くなるし俺はここで帰るよ。これを機に集束の魔術を練習していくよ。それじゃ」
少し大きめの声で別れを告げる。功を奏したのか美月はこちらの言葉に気づいたようだ。先程のほんわかとした表情は既に消えていた。
「もう帰るんですか? ってそっか。家の人に迷惑掛けられないですしね」 「あぁ。また会った時は宜しくな」
手を振って見送ってくれる美月にこちらも振り返す。一層ぶんぶんと手を振る美月に苦笑しながら俺は夜道を歩いていった。
元来た道を通り抜けながら今日出会った少女――美月のことを考えていた。あの神秘的な光景はいまだに目蓋の裏に焼きついている。その中心に佇んでいた美月と、一緒に話をした美月。同じ少女とは思えなかったけど、どちらも美しくて、可愛くて、そして惹かれてしまう。
「ははっ。なんかもうアレだな」
自分の心情につい笑いが零れる。この一時間ちょっとですっかり変わってしまった自分の心。頭の中があの少女のことで埋め尽くされている。けれど、これはこれで悪くはないか。
時計の針は九時半を指している。幸音にお叱りを受けることは覚悟しておこう。