第二話 草原
夕食を食べ終え、幸音に出かける事を知らせ外へと足を踏み出した。一瞬外気の暑苦しさに眩暈を感じたが、それをぐっと堪え前へ進んだ。
ふと上を見上げると星が四つか五つ宙に浮いていた。この分ならあそこにたどり着いた時には素晴しい星空が見えるんだろうな。そう思うと自然と足が前へ前へと動いていった。
鬱葱とした茂みから抜けると、そこには美しい原野と夜空が広がっていた。草原には無駄なものは一切存在せずただ青い草だけが静かに風に揺れて立っていた。さらさらと草々が奏でる和声はどこか心を洗うような安らぎを感じさせる。
眼前に広がるは不純を取り払ったかのようなまっさらな空。その中でその存在を訴えてくる白銀の満月と小さく散りばめられた無数の星々。普段は珍しいとも感じない星空は、ここでは特別なものに感じられる。
そんな幻想的な画の中心に一人の少女が立っていた。月光で照らされ、白く輝く肌。しなやかに流れる黒い髪。漆黒のワンピース。美しい人形を思わせる姿は俺の心を深く捕らえて離さなかった。一目惚れというやつだろうか。初めて味わうどこか胸の奥が熱くなるような感覚。熱くて、くすぐったくて、でも悪くないこの感じは確かに今まで味わったことのない感覚だった。
何秒か、または何分か過ぎ、初めて少女が動きを見せた。右手を前に突き出し、左手を肘より少し前に添え、何か呟いている。その一連の動作は人形ではなく人だという事を俺に認識させた。
<集束、開始>
少女はそう俺にも聞こえるくらいはっきりとした声で唱えた。一瞬気付かれたかと思いビクリとするが、そういった素振りが見えなかったし問題ないだろう。いや、別に悪いことをしているわけではないのだ。気付かれてもいい、か?
もう一度少女に意識を向ける。少女の顔は真剣そのもので、余程集中しているのか、先の言葉から変化がない。ただただじっと目を瞑っている。何をしているんだろう。そう疑問に思ったその時、
唐突に大きな光の球が現れた。
「(な・・・・・・!)」
本当に、あまりに唐突な出来事に自分の目を疑った。じっと光の球を観察する。自然と頭が魔術師のものへと切り替わる。
「(まさか、この子も魔術師?見た感じ集束系の魔術か)」
<集束弾 待機、同行動 再実行>
俺の思考を遮るように力強く確固たる意思を含ませるように声が発せられる。その言の葉を受け、次々と球体、いや弾丸が現れてはそこに浮かぶ。それらに確かに流れる魔力、それが彼女のものだという事は明解だった。
あぁ、俺と同じ部類の人間なのか。しかも俺よりあちらの方が数段上手だ。少し悔しいと思うと同時に嬉しくもあった。
<射角修正 制御>
弾が少女を中心として周遊する。すでに弾の数は五十を優に超えている。この系統についてはあまり知らないが、維持には相当な魔力を食うはずだ。
<全弾固定 総発射>
それらは少女の号令と共に、弾は光の矢となりあらゆる方向へ爆裂した。
一つ一つが大量の魔力を内容している光の矢はあらゆる回避のための道を塞ぐように飛んでいく。近くにいる者を串刺しにせんと遅い掛かる矢の群。その対象は俺とて例外ではなかった。
矢群が襲い掛かる短い時間、如何にしてこの状況を打開するのか、様々な考えが頭の中を駆けていく。
まず避けることは不可能。間違いなくこの身に突き刺さる。そういうふうに仕組まれている以上無理だ。なら魔術は? それも不可能。俺の唯一の盾――青く透き通った円盾――ならばこの矢を辛ろうじて食い止めることが出来よう。だが、それを構成し発現するまでに必要な時間は三秒だ。明らかに遅すぎる。
その様に俺は笑う。何かあった時他の人を守ることができるように鍛えてきたのに、いざと言う時自分すら守ることができない。その自分の不甲斐無さに嗤う。
あぁ確実に死ぬな。
光の矢が頭を突き抜ける。その感触は透き通っていて、あまりにも綺麗だった。
どこまでも深い闇へと身が沈んでいく。だが少しも悔しさや悲しみといったものを全く感じなかった。
あろうことか、この身を射った少女に俺は最後まで見とれていたのだから。
長らくお待たせしました。
今回はあまり時間が無く、おかしい部分や間違っている部分が多数あると思います。もし何か気づいた事があれば感想で報告をお願いします m(_ _)m