第二十五話 死刑
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「あの子達は随分と派手に飛ばしているね。魔力の尽きは……心配ないか」
工場の一角に神楽月、結城、ロンがいた。各々自分の獲物を持ち、展開し、万全の態勢を整えていた。風流が右手首を押さえ言う。
「それにしても予想外でしたね。まさか吸血鬼が三人もいるなんて」
「……」
ロンが首肯する。
「不幸中の幸いとしては、我々の割り当てられた場所にいるモノが親玉だって事だ。また会ったなルイス」
その名を呼ばれる事を待っていたとばかりに、暗闇から一人の男が、コツコツと音を立て歩いてくる。不吉であり不穏そのものである魔術師。原始を知る為にその一生を費やす決意を固めた、解析に関しては魔法使い一歩手前にまで上り詰めている。かるての同僚と殺し合いをする羽目になろうとは。本当、人生何が起きるか分からない。
「こんばんは。出来れば君の顔など拝みたくはなかったのだが、どうやら神は運命をいうやつが好みらしい」
「魔術師たる者が軽々しく神なんて言ってはいけないぞ、ルイス。精霊でもやってきたらどうする」
「君も軽々しく精霊と口走らない方がいいのではないかね。特に君の魔術は異常過ぎるのだ。元来、それこそ天上の者達が持つべき力を人間である君が所有している事が矛盾であり傲慢なのだ。彼女達に消されたくなければ不用意な発言は慎むべきではないかね」
「ふむ。つまり君は私を蔑ろにしているのか?」
「侮蔑の意味は籠めていない。私は自殺行為を働く真似はしないのでな」
「はっ、笑わせるな。我々の街に手を掛けた時点で君の処刑は決定している」
五つの魔導書の内二つを展開する。情報量は十分。後は相手の脳を焼けばいい話だ。
「もう戦おうと言うのか? 待ってくれよ。私は野蛮人と低俗な争いをしている場合ではないのだ。いや、元々君達は低俗だからわざわざ言うまでもないか」
「喧嘩を売るのはよしてくれ。憐れで堪らない」
「ならやめよう。私は計画の邪魔をする身内にちょっとばかり灸を据えてやらなければならないのでな」
「身内、な。あのゾンビ狂いか?」
ルイスはにやりと卑しい笑みを浮かべるとカカカカカと壊れた人形のような笑い声を立てた。
「君がよく知る人物だよ。まぁそこの麗しき女性の方がよくご存知でしょうがね」
急に話を振られた美里は、しかし、まるで最初からこのタイミングで話しかけられる事を知っていたかのように、慌てもせず、はっきりと、冷たさを鋭さを伴った声で返答した。
「えぇ、仰るとおりです。穢れた手品師さん。生前は彼とは交流を深めておりまして、互いの理念を伝え、同意し、より完成度の高いものへと昇華しました」
「ほぉ。どのような理念かね?」
興味を持ったというより揶揄の材料を見つけたという反応だ。あからさまに馬鹿にした態度。それに気にも留めず、美里もまた嘲弄するような物言いで放つ。
「沢山あるのですが、その内の一つ、『やられたらやり返せ。仇を討つべし』。あなたを仇と見るのはいささか屈辱ですが、仕方がないですね。腹いせに今日、明日はたっぷりと拷責してさしあげましょう」
「はっ。たかだか一人の男の為にそこまでするのかい? 律儀な人だね、君は」
美里の言葉にルイスは顔を顰めつつも嫌味を籠めて応える。
「……一人じゃない」
「む?」
「一人じゃありません……」
「はて。君の知る人物で消してしまったのはイタルしかいなかったと思うが。失敬、他にも殺ってしまっていたか」
「覚えてないですか? あなたは七回も殺したのよ」
次の瞬間、凄まじい轟音と共に近くに建っていた工場の一角、三階建ての古びた本部だったと思わしき建物が崩れ落ちた。正しくは不可視の一撃により柱が折られた事による崩壊で、規模そのものはそれ程大きくはなく、破片がこちらに飛んでくることはなかった。しかしその正確無比な射撃、魔力の込める量、射撃速度は彼の技術の高さが伺える。
「戯言になんか聞く耳も持たん。俺達がやったのは全部で三つ。七つも殺ってはいない」
「はぁ。別に覚えている事になんて期待してないわ。でも残念ね。生かしてはおけない。私の復讐はまだ終わってない。あなた達を八つ裂きにするまでは幾度でも戦う――!」
美里は右手を相手に向け、伸ばした右腕の中間地点、丁度肘の部分に左手を添える。それを一瞥し、ルイスは神楽月に一つ問う。
「なぁ神楽月よ。一つ訊ねてもいいかね?」
「……あぁ、いいぞ」
「私の処刑は決定していると言ったね。それはどのような刑か、聞いてもいいかい?」
「はっ、言うまでもない」
神楽月は分かりきった質問をぶつけるルイスに心の底から嘲る。美里の右人差し指から蒼い光が放たれる。綺麗な青ではなく、くすんだ青。直径十五センチメートルの蒼い魔弾が複雑な軌道を描きながらルイスの後方へと消えていった。
「死刑だよ」
聞くのは野暮だったかとルイスは自らの行動に苦笑する。背に障壁を展開し、来るであろう衝撃に備える。そして。
「<メメント・モリ>」
無限とも思える量の蒼い針がルイスに襲い掛かる。針は障壁に阻まれとも対象を突き刺そうと進み、弾かれたものは再度標的に振りかかった。
「力の源は『復讐心』」
美里がルイスに向かって歩く。周辺には五十一の蒼き弾丸。一つ一つに籠められた魔力は地を抉るくらい難なくこなせる程度。怒りに燃えた瞳で美里は笑う。彼の言葉を思い出す。ごめんなさい。無理だよ。私の魔術はこういう方法でしか行使できない。
こういう方法でしか私は報われない。