第二十二話 清算
廃工場は町外れの山下にあった。古く寂れたこの場所は何とも薄気味悪く、誰も近寄ろうとは考えさせないような外観をしている。外装は剥がれ落ち、所々に穴が開き、その脆弱さが際立っていた。入った瞬間崩れ落ち、下敷きになって命が絶たれる。そんな光景を想起させる。駄目だ。縁起の悪い事を考えない方がいい。本当になったらどうする。
・・・・・・どうしようもないか。
「ここが吸血鬼のアジトね。随分といい趣味しているじゃない。正にイメージ通りって感じ」
優姫が左手のブレスレッドを深く填めながらそう言葉を漏らしたのを思い出す。確かにその発言には頷けるところがある。思わず笑ってしまうくらい”如何にも”な建物に、昨晩から続いていた緊張感が多少なり解けた。
最終会議を終え、各自潜入経路前に移り、着き次第行動開始する手筈だ。潜入、とはいっても正面突破に等しいのだが、そこのところは気にしても仕方がないか。
今頃所長、ロン、美里さんは正門から突入しているに違いない。優姫、神谷ペアは正門を含めた計三つの出入り口の内北側、正門の左手に回っている。この二人は日常でも行動を共にする事が多いらしく、戦闘訓練においても、その相性の良さが伺えた。互いの事を良く理解し、ペアとして申し分のない二人だ。
俺と美月は残る一つ、南側の門へと向かっている。馬鹿正直に門から入るのはどうかと思ったが、所長曰く「金網や壁を登る、または破ろうとするとえげつない術式、例えば全身串刺しとか洒落たものとか発動する」らしい。吸血鬼だから串刺しね。全く笑えない。
美月は首から下げられた件のネックレスを強く握り、ただただ真っ直ぐ門へと向かう。外側にある雑草の生い茂る道には魔術的細工、物理的細工は何一つされていない事は確認済みだ。新たに仕掛けられたとしても一瞬でバレるだろう。
・・・・・・美月に。
一応俺も罠外し(アンチトラップ)の魔術を行使できなくはないが、適性があまりよろしくなく、半径五メートルで大量の魔力を消費してしまうため、はっきり言って利点がないのだ。なのでこういった魔術の大半に関しては美月に頼るしかない。
魔術を行使する上で大きなウェイトを占める三つの要素がある。
一つは構成。脳内の想像を基にして組み上げるか、それとも予め構成式、術式を組み上げておくかの二つに分かれる。これの完成度によって効果自体も変化する場合もある。前者はその場で構築できるのであれば如何なる魔術でも運用できる。代わりに大規模な魔術や複雑すぎる魔術を構成することがかなり困難だ。後者は時間こそ掛かるもののより高度な、より規模の大きい魔術行使を可能とする。
二つ目は魔力。実際に使う際に、やはり構成式に沿って魔術を行使するのに魔力は不可欠。魔力は個人が生成するオド、大気や自然界に存在するマナがあり、基本的にマナは一回きりの大規模な原動力、オドは常に生成する事の可能な小規模な原動力である。
そして三つ目は適正だ。その人自身が持つ魔術の才能がやはり関係してくる。俺の場合、祈祷や治癒といった回復や補助系統の魔術がからっきし駄目で、逆に収束や罠設置、障壁といった攻性魔術、雷撃や氷結といった元素魔術、記憶消去や精神高揚といった心性魔術の適正が高い。それ故桜井家からは邪魔者扱いされているわけだが。
このように俺は非平和的なものしか扱えないので、戦闘以外ではあまり使い物にならないのだ。正直泣けてくる。
無言のまま時が進む。未だに蝉の声が鼓膜を刺激し、湿度の高いが比較的涼しい外気が身を包み込む。もうそろそろ秋の訪れを感じさせるようになるだろう。今回の事件が収まったらグループ全員で紅葉を見に行くのも悪くないかもしれない。
隣で黙々と歩く美月を盗み見る。美月は間近に戦闘が迫っているためか、先程から一言も発していない。顔は強張り、呼吸が心なしか速いような気がした。余程緊張しているのだろう。このまま戦闘に入っても間違いなく冷静な判断は出来まい。俺は美月をリラックスさせるため適当な話題を振ろうとし、
「・・・・・・」
やめた。美月は緊張すると共に集中している。緊張し過ぎず、かといって弛緩し過ぎない適度な心理状態を作っているのだ。それを掻き乱す行為は憚られる。いや、そもそもリラックスさせようという考え自体間違えなのかもしれない。先日、俺は美月の考えを、行動理念を否定した。復讐心、仇討ち、どちらも人として当然のように持ち合わせているもの。俺は美月の気持ちを十分に理解せずに、ただ美月の手を汚して欲しくないという理由で身勝手な願望を押し付けてしまった。昨日に引き続き自分の愚かさ加減にげんなりしてくる。そのような発言を考えなしにし、果たしてパートナーに相応しいのか。
もう発言は取り消せない。これは語弊があるか。そもそも俺の考えが間違っているとは思っていないのだから。
ならば、俺に言えることは何もないのか? 違う。あんな発言をした後でも、言える言葉が。
「美月」
「・・・・・・何?」
しっかりと前を見据え、顔を動かすことなく美月は反応した。聞いている事を確認すると俺は一言告げた。
「一緒に倒そう。吸血鬼を」
美月は横目で俺を一瞥するとすぐにまた前方へ視線を固定させる。
「言うまでもないよ」
魔力石を幾らか取り出し、美月は右手にある腕輪――サファイアが施された黒い革のベルトへ魔力を移す。途端に青き宝石が僅かに輝きだした。胸元には件のネックレス、服装は漆黒のワンピース。彼女の持ち得る武装、完全装備。美月は、本気だ。
「さぁ、行こう。過去の清算はここで果たす」
吸血鬼のこととなると強烈且つ冷静な判断、行動をする美月。憎悪と冷酷。炎と氷。上手く共存させ、それを原動力とする彼女は、自らの全てを投入するとばかりに身体を魔力で満ち溢れさせた。
彼女の中では、既にこの場所が吸血鬼の墓場だと断定されているのだろう。確かに、ここは彼の最期には相応しい場所なのかもしれない。何故ならここほど静かで安らかな終りを遂げられる場所はあの草原以外にここしかないだろうから。
次回戦闘開始です。
今までは短く区切っていましたが、次からは結構長めになりそうです。
なんせ戦闘ですから。
色々と伏線回収をしますから。
学園恋歌と平行して書いているのですが、最近ちょっと辛いですね。
『魔法使いの戯言』第一部、早いところ書き終わらないと(汗)
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では(・ω・)ノシ