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第十八話 始動

 とある工場の一角、おおよそ中心部に位置している建物を吸血鬼は根城にしている。この工場は山下にあり、また街からは二十キロメートルは離れている。普段ここ一帯で聞く事の出来る音は風が梢を揺らす音、動物達の鳴き声といった自然の音のみ。例外があるとすれば彼らがここにいる時だけだろう。

 現在、その例外が適応される状況下にあった。漆黒に染められた大柄な男の顔は怒りと血で真っ赤に塗れていた。原因は二つ、彼自身が爪を突き立てていた事と先日の路地裏での出来事だ。矜持を酷く傷つけられ狂い壊れる。全てを壊そうと不吉な笑い声を立てる、咆哮する、慟哭する。

 コロスコロスコロス。あの小娘、よくもやりおったな。まさか私にここまで傷を負わせようとは! 屈辱だ屈辱だ屈辱だ! 恥辱恥辱恥辱! 何たる侮辱! アヤツの愛弟子だから手加減してやったというのにこの仕打ち。腸をぶちまけて眼球を潰し骨を砕き関節を折り曲げ悲鳴を残酷な音で打ち消すような残虐さを窮めた最悪の罰を与えなければ気が収まらない収まらない収まらない! 早くしなければ狂い死にそうだ早く動かなければ動かなければ汚辱を与えなければ与えなければ。もうすぐ、もうすぐ辿り着くのだ。あんな奴らに邪魔されて失敗に終わるような事だけは避けなければいけない。落ち着け、落ち着け、落ち着け。私が負けるはずがない。必ず成功する必ず始末できる。あんなひ弱な脆弱な腕など捻り潰してくれる!

 時に呟き、時に叫ぶ罵詈雑言、支離滅裂な言葉の数々が広々とした空間に響き渡る。白目を剥き焦点は定まっておらず、また外見も相まって醜悪なピエロのようだ。道化のように笑う、嘆く、踊る。そうしている内に、目蓋の上部から徐々に真紅の瞳がゆっくりと降りてくる。時間を掛け、眼球の中心に炯炯とした赤い輝きが戻る頃には落ち着きを取り戻していた。先ほどの名残、未だに荒い呼吸を整え眼前に存在するオブジェクトに目を向ける。

 そしてこの身から溢れ出ていた憤怒を忘れ、術式の完成による昂揚感に酔いしれながら巨大な結晶体の前でその悦びを顕にする。

 さぁ、早く完成させよう。

 術式は結晶自体に組み込まれており、その下に描かれた魔術陣から貯蓄された魔力を吸い上げさせる。そしてこれまで蒐集した膨大な魔力を以って原初の魔術を蘇らせる。しかしそれは第二段階のもの。第一段階でまず街全体の人々の血、魂を喰らい、魔力と情報に変換する。この陣にもまた発動するための魔力が必要だが、その分はすでに調達していた。今すぐにでも起動は可能だ。

 より多くの血を採取し、

 より多くの魂を採取し、

 より多くの情報を解析、手にし、

 より純度の高いはじまりを知る。

 これこそが私がすべき事柄。そうだ、あの小娘を殺すのも併せて行使するとしよう。泣き喚いて跪き、必死に命を請う姿が目に浮かぶ。神楽月とそのグループのメンバー全員生贄に捧げればどれほどの情報が手に入るだろうか。計り知れない。楽しみだ。実に楽しみだ。

 ――ん?

 そこで違和感を覚えた。そして気付く。

 ハハハハハハハハハハハハハハハハ!

 何という事だ。始まりの魔術を知る事が目的なのに今私はただ式を発動させる事に固執していたではないか。全く我が事ながら呆れる。この状態で起動したところで得られるものは実行されたという点それのみ! 神代に起きた宇宙開闢の爆発にも届かない単なる破壊になってしまう。

 違う、私が目指したものは万物が持つ破壊の衝動を呼び覚ます、死の本能を浮上させるいわば原初回帰。そうだそうだそうだ! まだ術式を発動させてはならない、集めなければならない。全ての血を、魂を、魔術を、万象を解析しなければ。そうと分かれば早い。もっと奪って奪って奪い尽くして解体し搾りカスになるまで吸い尽くし取り付くし一つ残らず掻き集めさらなる標的を求めて徘徊しまた奪って奪って奪って――! ハハハもうこうしてはいられない。自我が保てない。頭の中にあるのは略奪のみ。早く血を、血を我に!

 次の瞬間、工場内からは私欲に溺れた暗影が姿を消した。魔術師から狩人へと変貌した彼は夜の寂れた街へと繰り出した。

 

 そして数秒後、人知れず第一の魔術陣が輝きだした。

 

 

 「吸血鬼の潜伏場所が判明した」

 美月との外出から四日後、仕事が終わり、皆各々帰り支度をしていたときに緊急集会を開くという言伝を受けた。すでに九時を回っており、外は暗闇または街灯の光に包まれている。ここ最近は幸音に夕食の準備をしなくていいと伝えているため迷惑は掛けていない、はずだ。けれど家には妹一人、両親はまだ仕事で帰ってきていないだろうし心細いだろう。さらに猟奇事件が発生している真っ只中だ。もし何かあったら悔やんでも悔やみきれない。この会議が終了し次第、早急に帰宅するとしよう。

 会議室内にそれぞれ自分の席に着き、神楽月の入室を待つ。一分もしない内に当人は現れた。手には何枚かの資料と思わしき紙があり、遠くからなのでよく見えなかったが確かに吸血鬼をいう文字が見受けられた。

 他のメンバー同様に席に着いた彼女の第一声は、予想はついていたが、あまり喜ばしい内容ではなかった。敵のアジトの発見。すなわち死地に赴く事になる、と告げられたに等しい。それと共に、確実ではないが美月が何かを殺す場面に出くわすかもしれないのだ。心に暗い影が差し込む。

 「ルイス・クライン。通称吸血鬼。解析系魔術の第一人者。過去に不老不死、死者甦生、平行世界の移動といった魔術研究に携わり大きく貢献してきた人物だ。単に研究者だけでなく、規則破りの異端者を何人も捕縛、または殺害し功績を残した一流の戦闘魔術師でもある」

 「死者甦生……という事は所長の元同僚ですね」

 「そうだな。前に話したか? 優姫」

 「はい。かなり前にお聞きした記憶があります。昔そこで研究を行っていたと」

 神楽月はそういえば話していたな、と納得した素振りを見せた。それに対し、俺はきっと喫驚の色を顕にしていただろう。当然だ。今この時まで神楽月に関する過去を全く知らなかったというのに、まさか吸血鬼と繋がりを持っていたとは誰が予想できようか。

 けれどもこれは嬉しい事実だ。相手を知っているという事は対策を練る際の軸を立てれるという事。つまりより有効的な策を案じ、戦局をより良い方向へ導ける。このアドバンテージを生かす他はない。

 「それではルイス・クラインの捕縛具体案を練る。皆、協力してくれ」

 手元に一人一つずつ資料が回り、対吸血鬼計画、最初の一歩が踏み出された。


※吸血鬼は基本狂っています。


次回は決戦前夜の内容を投稿します。

戦闘はその次か、そのまた次になりますので、少々お待ち下さい。

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