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第十二話 疲労

 「ぜーはー、ぜーはー」

 「えーと。悠太? 初日だからって、そんな全力疾走してまで十分前に来ようとしなくてもいいのよ?」

 「いや、命の、危機に、さらされた、から」

 あの死地から命がけで退避し、ここまで持てる力を出し切って来た俺はテーブルに突っ伏し、必死に脳と肺に酸素を送り込もうとしていた。つい最近習得した魔術を急速きっそくに使用したのもあってか心臓の戻りが遅い。明日から走り込みでも始めるか。

 「はぁ、命の危機、ね。それはご苦労様でした。ポカリいる?」

 優姫からポカリをありがたく受け取り、ゴクゴクとCMで流れそうな音を鳴らしながら一気に飲む。水分が身体に染み込んでいくのが直に伝わる。全て飲み干しふぅと一息つく。

 「助かった。本当にありがとうな」

 「礼なんていいわよ。息切れ切れで倒れている人を放っておけないし」

 前髪をくるくる弄り優姫は素っ気無く返す。頬をほんのり赤くしているのを見て、何だか可愛らしく思えた。

 「それにしても遅いなぁ。二人とも何かあったのかしら」

 お茶を飲んで一服していた美里が心配そうに呟く。いつもは美月は既にこの時間には来ているのだと推測できた。と、それよりも。

 「二人?」

 「あれ、言わなかった? 昨日一人来ていないって言ったわよね。その一人が今日出席する予定なの」

 「そうなのか」

 「そんなに身構えなくても平気よ。私たちと同い年だし、それに馬鹿で無鉄砲だけどいい奴だから」

 優姫は微笑えみ、そう教えてくれた。そうか。いい奴なのか。恐らくさっきの理不尽君(仮)よりはいいんだろうな。

 「すみません。遅れました!」

 扉が勢い良く開く音と共に、元気のある少年の声が聞こえそちらの方へ顔を向ける。

 「あ」

 「ん?」

 そこには。

 「お前は・・・・・・」

 さっきの理不尽ハンマー野郎(仮)がいた。

 「「何でここにいるんだよ!」」

 「あれ? 二人とも対面済みなのかな?」

 美里がお茶を啜りながら意外そうな声を上げる。

 「へぇ、そうだったんだ」

 「対面というか、対戦済みだ」

 「は?」

 は? と言われても。まさか「どんな仲?」と訊かれたら「殺し合う仲」と答えなければいけない関係のやつとまた会う事になるとは思っても見なかった。殺し合う? いや、違う。一方的だったよな、あれ。

 「さあて、さっきの続きをしようぜ。今回はこそこそ逃げる事も出来ねぇだろ?」

 またもや鉄鎚を取り出し、俺の全てを打ち砕いてやらんとばかりの殺気を纏う少年。数分前より倍以上の殺気だ。

 「死にさらせ」

 そして、どこぞのツンデレ少女並みのオーバーキル発言と共に、その鉄鎚を振り下ろ――。

 「<集束弾 発射>」

 ――せずに少年の頭に白い光線が中った。

 何一つ言葉も無く少年はその場に崩れ落ちた。その際に宙に在った鉄鎚が物理法則に則って落下、彼の背骨に当たり鈍い音が部屋に響いた。美里さんが驚きのあまり目を丸くして、この惨劇の被害者を凝視していた。ロンは腕を組み、ひたすら瞑想している。心なしか、微笑ましい光景だと笑っているように見えるのは気のせいだろうか。優姫は目頭を押さえて、言わんこっちゃないと溜め息を吐いていた。

 「ごめんね、悠太君。宗一君が迷惑かけて」

 声のした方、扉の前へ向くと、掌を前にかざしている美月の姿があった。前髪が丁度いいくらいに目元を隠し、表情があまり見えず多少恐怖を感じる。

 「そこに死ん・・・・・・倒れているのが神谷宗一」

 優姫が冷蔵庫から氷嚢を持ち出し、神谷と呼ばれた少年の背骨に当てていた。意外と優しいんだな。死亡者リスト入りし掛けている人をそんなもので治せるのか疑問が残るが、この際気にしないことにする。

 「一応、覚えておいてね。メンバーなんだ。こんなのでも」

 「了解」

 とりあえず熱血で美月一直線の理不尽ハンマー野郎というのは理解した。それにしても本当にいつもこんな調子なのだろうか。

 「いつもこんな感じよ」

 やっぱり。美月の神谷に対する扱いがぞんざいな理由に、この事が挙げられるだろう。

 「悠太君」

 「はい。何でしょうか美月さん」

 姿勢を正し、若干震える手足を必死に押しとどめながら顔と顔を合わせる。

 「何で敬語・・・・・・? まぁいいか。もし宗一君が何か言ったり、してきたら、迷わず私に呼んで。すぐに駆けつけるから」

 「イエッサー!」

 「だから何で敬語。しかもサーは男性の敬称だし」

 例え宗一とやらに刃を向けられようが、殺されかけようが、美月を呼ばないようにしよう。無駄な血を流させたくない。

 「さて。みんな集まったところで本日の会議を始めましょう♪ 今日もやること沢山あるわよ~」

 今まで起きた悲劇というか惨劇をまるで無かったかのように美里は振舞い、それぞれ席に着くように促す。

 全員が定位置に着き所長が来るまで自分達だけで解決出来るものはなるべくこの場で片付けることになった。所長なしで会議が進められる事に多少違和感を感じたが、見た限り、ここではよくあるみたいだ。俺の席は入り口から見て右側の奥から四番目、美月の隣の席だ。

 「昨日はごめんなさい。今日からまた宜しくね」

 着席するため、俺の傍を通るとき、すれ違い様に美月はそう小さな声で言った。驚き、見ると少し顔を合わせづらいような、でも照れくさそうな曖昧な表情をしていた。それに頷いて返すと、彼女はほっとした笑みを浮かべる。まだ小さな溝があるように感じたけれど、少しずつ埋めていけばいいか。

 

 会議が始まった後、所長が顔を出し、メンバー全員が揃った。所長が宗一を無視したのは言うまでもなく、仕事初日はメンバー一人をいないものとして過ぎて行った。話し合い中、未だに床にぶっ倒れている宗一を視界に入れないようにしながら美月たちの談義に入っていくのはかなり大変だった。

 「これから上手くやっていけるのかな」

 そんな不安を抱いたグループの初日であった。


 「はぁ、はぁ、はぁ、疲れ、た」

 「お疲れ様。初日だったから辛かっただろうけど、慣れれば大したこと無くなるから」

 慣れれば、って。それまでに多分一ヶ月は掛ける事になるぞ。正直慣れたくない。慣れたら人間離れしてそうだし。

 俺は闘技場、模擬戦や戦闘用の魔術の試行などを行う場所、その床に荒く呼吸を繰り返し、ぶっ倒れていた。今日はよく倒れるな。自他共に。

 「心配しなくてもいいわよ。これじゃあ物足りないくらいにまで鍛えてあげるから」

 肩を回しながら優姫は体中に寒気が走るほどの戦慄させる台詞を吐いた。

 「し、死んじゃう」

 「それじゃあ死なない程度にしておくわ」

 その言葉は崩れかけていた俺の精神を崩壊させた。

 泣きそうな顔を見て、優姫はくすりと笑い闘技場を出た。

 「はい、どうぞ」

 変わらず床に転がっていると、優姫とほぼ入れ違いに美月が入ってきた。彼女の手にはプラスチックの入れ物が握られていた。どうやら水を持って来てくれたらしい。ありがとうと言い、それを受け取り、飲み干す。なんか既視感デジャヴ。まだ身体は酸素を欲していたが幾分か心身ともに軽くなる。

 「ありがとう」

 「どういたしまして。今はゆっくり休んでね」

 美月はにこりと笑むと、用はこれだけだとその場から立ち去ろうとする。

 「あ、待って」

 「? どうしたの」

 呼び止めたはいいものも、何を言おうか。頭が真っ白になる。早く、何か言わないと。そう思った俺は「また明日」という言葉が口をついて出た。

 「・・・・・・また明日」

 美月はそう返すと闘技場を後にした。背を向ける時に見えた彼女の横顔は何故か精霊を思わせた。

 

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