第十話 紹介
所長から許可を貰い晴れて正所員となった俺は、所属している部『捜索部』の人達に挨拶をするため、美月の案内の下長い通路をひたすら歩いていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
着くまでの間、ずっと沈黙が続いていた。何回か離し掛けてみたものの、不機嫌そうにしながら無視され続けられていた。
やっぱり言わなかったほうが良かったのか? 俺はその場で頭を抱え込みたくなる程後悔した。そりゃ怒るだろう。自分の家同然だと言うほどの場所を俺は利用すると告げたのだから。こうして案内して貰えるのが奇跡に近い。
「着いたよ」
気がつくと目的の場所に着いていた。木製の両開きの扉があり、左上のプレートには「特別会議室」と銘を打たれていた。美月は失礼しますと神楽月の下を訪れた時と同様、声を掛け扉を開ける。
中へ入るとそこは、イメージしていた真っ白い机が並べられた封鎖的な空間ではなく、木独特の色合いで彩られた温かさに包まれた空間だった。所長室以外見た事がないので断定できないが、恐らくこの部屋が一番趣向を凝らした一室であろう。正に重要な会議を開くのを用途に作られた、「特別会議室」の名に恥じない一室だった。部屋の中心には大きな円卓が置かれており、その周りの椅子に俺の同僚となるだろう人達が座っていた。全員がこちらを一斉に見る。怖い。
「こちらが明日から『捜索部』で共に働くことになった桜井悠太君です。それでは自己紹介をどうぞ」
投げやり気味に紹介され多少凹んだが、落ち込んではいられない。すぐに気を取り直して所長のときと同様に言った。自己紹介を言い終え、頭を下げると同時にがたりと椅子が動く音が聞こえた。そして立て続けにこちらへ足音が近づく。前を向くと一人の少女がこちらへ歩んできているところだった。茶色の長い髪を二つにまとめ、所謂ツインテールの形に結われ、前髪はバッテン型のヘアピンで留められている。焦げ茶色と白を基調とした服は少女を柔らかいながらもしっかりとした雰囲気を醸す。目の前に来ると少女は顔を覗き込むようにしてじっと観察してきた。照れ臭さを感じ顔を逸らそうとしたが、その前に先に彼女の方が離れたため、する必要はなくなった。
「へぇ、あなたが新人の。初めまして、私は木下優姫。これから宜しく」
優姫と名乗った少女は手を差し出し握手を求める。それに応えしっかりと握った。
「次は私から」
またもや誰かが立ち上がりこちらにやってくる。ウェーブの掛かった黄色寄りの茶色いロングヘアを弾ませながら来た女性は、全体的にほんわかとした人で優しいお姉さんみたいな人だ。今まで会ったことのないタイプの女性だった。
「こんにちは。初めまして結城美里です。ぜひ美里って呼んでね。年上だからって遠慮しないで、気兼ねなく話して下さい」
「はい、宜しくお願いします。ゆ……美里さん」
「良くできました♪」
にこりと笑う美里は合わせた手を顎につける。相当嬉しそうだ。なんというか、この人に憎しみとか悲しみとかは無縁そうだ。
「あと、そこで腕組んで座っている寡黙な人はロナルド・アーヴィングって名前よ。愛称はロンだから」
この部屋で最後に名を知った寡黙な人は椅子に座ってじっとしていた。混じりけのない白髪に、しっかりとした顎の骨格、深く刻まれた額の皺。全身から静かなオーラを感じる男性は、他のメンバーとは違う何かを持っていた。美里の紹介の声と俺からの目線に気づいたのかこちらに顔を向けると、こくんと重々しく頷く。
「あともう一人メンバーがいるけど、後日改めて紹介するわ。ついでに私のことは優姫って呼んでくれて構わないわ。私もあんたの事を悠太って呼ぶから」
「了解しました」
優姫に美里さんにロンさん。一人一人を見て俺は美月の言う通り優しそうな人たちだと思った、居心地が良かった。自分がどうしてここに来たのかという理由を忘れるほどに。
「それでは、改めて宜しくお願いします」
これからこのメンバーでやっていく。そのことだけで気持ちは自然と明るくなっていった。
夜八時。悠太が帰宅するのを確認すると美月は所長室へと足を運んでいた。何でも伝えておきたい事があるらしいのだ。一体どのような内容なのか。思考はその一点に絞られていた。頭に浮かんでくるのは一人の男の子。思い出すだけで胸がもやもやとしてくるのは何故か。理由は分かっている。あの発言が原因だ、間違いない。それが私をこれ以上ないくらい怒らせ、そして心中の底に今も尚深く沈んでいる。悠太と初めて会った時、その顔、話し方、雰囲気がどことなく彼に似通っていて直感的に信頼できると思ったのだ。それだけではない。私は悠太にほんの少し興味を持った。喋っているだけで心がほんのり温かくなる感覚。それは彼と一緒に居た時に感じた事にそっくりだった。それから間もなく、悠太がグループに入ってくれると言った時はとてつもなく嬉しかったし、今でも思い出すと胸が弾む。だからかもしれない。気持ちが浮ついていたから、あの答えに大きな衝撃を受けたのだと思う。
『つまり、ウチのグループを利用しようと』
『悪く言えばそうなるかもしれません』
唇を強く噛む。やめて。あんな事を言って欲しくなかった、聞きたくなかった。彼との思い出が残るこの場所、彼が愛していただろうこの場所を、道具みたいに言わないで!
ふと気がつくと所長室の前にとっくに着いていた。いけない、危うく通り過ぎるところだった。先程までの思考を消し去るように深呼吸をする。大丈夫、いつもの私に戻っている。
ノックをしてから、失礼しますと断りを入れドアを開けた。
「いらっしゃい。待ってたよ」
そこには相変わらずの格好と姿勢でいる神楽月の姿があった。
「急に呼び出してしまって済まないな。少し話しておきたい事があってね」
「いえ、全然構いません。それで話というのは」
「桜井君について」
一瞬、その名を聞いて固まってしまった。何せさっきまでその少年の事に思考を巡らせていたからだ。私の反応を見逃すわけがなく、やはりかみたいな顔をされた。微笑ましいとでも言いたげな眼をしながら。
「もしかしたら面接の彼の発言で君が腹を立てているのではないか、と思ってね。案の定、一日中不機嫌そうだったらしいね。優姫から聞いたよ」
「別に不機嫌なんかじゃ……」
ない、と断言出来なかった。確かについさっきまでその事に怒り、悩んでいたのだから。
「それにしても何で入団を許可したんですか。いくら所長でもあんなこと言われたら」
「今回はね、これを使ったんだよ」
言われたら不快に思うはずと言い終わる前に神楽月が自分の眼を指さしながら言った。
「あ、魔眼……」
「そう。久しぶりに『サトリ』を使って心を読んでみたんだ。今回彼が体験した出来事はとても貴重だったし、幾分か高い魔術素質を秘めていた。だから是非とも我がグループに入って活躍して貰いたい、そう考えてね。けれど、もし吸血鬼に対して目を合わせただけでショック死するくらいの恐怖心がある、または逆に軽んじている部分があれば断ろうと思ってたのよね」
「そういう心配は、無かった?」
「むしろ頼もしいくらいだな。いや、別にそこまで不思議そうな顔をしなくてもいいんじゃないか。彼が恐いやら利用するやら言っているとき何を考えていたか分かるかい?」
「いえ、全く」
悠太の考えなんて分かりたくもない。そう思っていたことをふと思い出した。一体彼が何を考え、ああ言ったのか。魔眼を通して所長は何を知ったのか。彼の本心、それを聞いてみたい。
「……彼は友人のことを考えていたんだよ」
「ゆう、じん?」
「自分が不甲斐ない所為で、未熟だった所為であんな目に遭わせてしまったのだと深く後悔し、これまでよりずっと強くなって誰かを助けられるようになりたいと思ったんだよ、彼は。だからここに入りたいと要望したらしい」
「っ、なら何であんな事を言ったのですか? 最初からそう言えば、私は」
「桜井はそれを言わなかった。私にはよく分からない思考だが、それが格好つけや偽善に聞こえてしまうのではないかという懸念を抱いていたらしい。そう聞こえてしまうくらいなら、あくまで自分を護るためだけなのだと言えば理屈も通るだろうし自分の目的も達成できるだろうと。彼なりにグループに入ることを一生懸命考えていてくれたのだね」
かなり嬉しい気持ちだ、と神楽月は笑う。私は先程までの自分の考えに恥を感じると共に、彼がそういう人物であったことに安堵を覚えた。
「私自身、彼にはこれからもここに居続けて欲しいし、吸血鬼事件以外の仕事も任せたいと考えている。君に彼のパートナーになって貰いたいのだが、どうする」
君が彼と行動を共に出来るか。そう言外に問われ、しばし黙考する。
数秒の後、私は、
「分かりました。この件を引き受けます。明日以降その役割、懸命にこなしていきます」
と返答した。
やっとの更新。
模試? 散々だったさ。
試験? これから幕を開けるさ。
第二次世界大戦について? 覚えきれるか。
お待たせしました。二月の最後。ぎりぎりで投稿です。
遅れて済みませんでした;
どうも紹介シーンとか交渉が苦手で、ずいぶん苦戦してどうしようか迷っている内に月末に……。
多分今月中にもう一話更新できると思いますので。
それではノシ