第九話 訪問
翌日、退院手続きなどを終わらせ病院の外へと出た俺は、美月に連れられある所へ向かっていた。古めかしく、年季の感じられるビルが立ち並ぶ中を颯爽と進んでいくと、真新しい建物前に立ち止まった。
「ここが私達のグループ『星の隠れ家』の本拠地です」
美月はシャキーンという効果音が聞こえそうなポーズで決めて言った。BGMとしてファンファーレが鳴り響いてきそうだ。
俺は本拠地の全体を眺める。よく目を凝らしても汚れ一つ見えない純白の壁に、几帳面にも均等に左右対称にある窓と入り口。コンクリートや何処からどう見ても現代建築の産物だった。グループの本拠地って言うくらいだから、古びた如何にも怪しげな館を期待していたのになぁと少し残念に思う。と言っても自分の家も同じ現代建築だから文句言えないのだが。
「さぁ行きますよ。もう連絡を入れてありますから早くしないといけません」
ぼんやり考えていると、美月にいきなり手をぐいっと引っ張られ俺は、咄嗟には反応できずつんのめりそうになる。
「うおっと! ちょっと待って」
何とか体勢を立て直しつつ制止の声をかけたが、そんなものは構わないとばかりに進んで行かれた。俺は溜め息を吐き、美月に半ば引きずられる形で付いていった。
「失礼します。桜井悠太を連れて来ました」
「どうぞ。もうすでに準備は済んでいる」
所長――神楽月が部屋で待っている部屋へやって来た俺達は、返事を確認した後緊張した面持ちで入っていった。
「いらっしゃい。君が桜井君だね。ささ、そんなところに立っていないで」
中には一人の女性がソファで礼儀良く座っていた。黒髪のショートカットと黒いスーツ、きりっとした顔は大企業の女社長をイメージさせる。何より印象的なのは彼女の紫色の瞳だった。その瞳で見つめられると、思考が吸い取られていきそうな感覚に襲われる。神楽月の言う通り近くのソファに腰掛け姿勢を正した。
「では改めて。初めまして、私は神楽月姫、ここの所長をやっている者だ」
「えと、初めまして。桜井悠太です」
「うん、知ってる」
「・・・・・・」
よく解らないが藤岡照光と同じようなものを感じたが、気のせいだと思い直す。神楽月さんもアイツと同じだなんて言われたくないだろうしな。
「それで、今は高校生、かな?」
「はい。藤咲高校に通っています」
神楽月は、ほぉ、と目を丸くして、それでは美月と同じ高校だねと微笑みながら言った。
「えぇ。先日そう聞いた時に僕自身驚きました」
これだけ可愛くて綺麗な娘なのに何故噂にもならなかったのだろうと疑問に思っていたけれど、それは先日解明された。
「たまにしか学校に行ってくれないからね。君からも美月を説得してくれないか? 仕事に熱心なのは嬉しいけれど、学問を蔑ろにする気があるからね」
思案顔でそう俺に提案する。なるほど。藤岡が言っていたことは真実だったか。これまでの美月の言動からは全くそんな雰囲気が感じられなかったから、もしかしてアイツ嘘言いやがったか、なんて疑ってしまったじゃないか。
「すみませんが、その話は後にして貰えませんか。時間が余りないですし」
すっかり置いてけぼりを食ったあげく、自分のことを相談された美月はむすっとしながら先を促す。
「そうだね。それではこの件は後で存分に話し合うことにしよう」
「!」
「はい。それでは後ほど」
「!?」
あっさりそれに同意する俺。美月が顔を真っ赤にして何か反論しようと口を開く。
「さて、君の事についてだが」
それをこれまたさらりと美月を無視して、真顔で次に進めた。この人面白い。
「君は美月の薦めでこのグループに入りたいと考えたらしいが、本当にそう思っているのか? 確かに入ってくれると色々と助かるのだけれど」
先程とは打って変わって真剣な雰囲気でこちらをじっと見据える神楽月。どうやらお話しタイムは終わりらしい。ここからは面談になるのかな? 俺は気を引き締め、真意を探るような眼で見つめてくる神楽月へ決意を伝えるように答える。
「はい」
「・・・・・・それは何故だ? 他の者ならこんなややこしい事に巻き込まれないように身を引くだろうし、二度と関わりたくないと考えるだろう。けれど君はそうしない。ここに入るという事はヤツとまた出会う事になる。最悪、もしかしたらヤられるかもしれない」
「それは、入って欲しくない、って事ですか?」
「いや、そうではない。唯、半端な覚悟で来られても私達が迷惑するという事だ」
よく今一度考えて欲しいと神楽月は催促する。思考時間は要らない。もう昨日の時点で考えはまとまっている。ここからが肝心だ。賭けの真似事、ここで失敗するわけにはいかない。
「自分自身のためです」
「自分自身のため?」
「はい。今回の事で自分の身にもこういった災いが降り掛かるのだと実感しました。吸血鬼については噂で聞いていましたが、それに目を向けるどころか、そんなものが存在するわけがないと思っていました」
そんなわけがないのに。自身が魔術師であるというのに、何故否定していたのか、と俺は自身を嘲笑する。
「いや、それも仕方のない事だったんじゃないか? 一般人が聞いたら興味を持つか聞き流すだろう」
「でも、実際は存在しました」
「・・・・・・」
「正直言うと怖かったんです。襲われた時体が氷みたいに固まって、只やられるだけだった。しかも、またやられる可能性が残っている。それなら。安全がある程度保障されていて、尚且つ自分自身の魔術を強化できる機会が前より多くなるかもしれない『グループ』に入る事の方がメリットがあるんじゃないか。そう考えたんです」
勿論吸血鬼と会う可能性も大きるというデメリットもあるが、それよりもグループに入ることで得られるメリットが遥かに大きいだろう。
神楽月はふむと頷き、しばし思考する。その後。
「つまり、私達のグループを利用しようと。そう考えているわけだな」
冷たい声で訊ねてきた。俺はどう返答するか一瞬迷ったが、自分の考えをはっきりと伝える為に肯定した。
「悪く言えばそうなるかもしれません」
俺の言葉に、隣に座っていた美月が凍りつくのを感じる。明らかに何らかの琴線に触れた。恐らく怖い顔か悲しげな顔でこちらを見ている。俺は美月の顔を見るのが怖くて、神楽月に考えを伝えるのに集中することにした。
「なるほど、な。それで『自分自身のため』なんて言ったのか」
神楽月は思案顔でじっと目を瞑る。俺はその様子を見ながらも、内心焦っていた。正直言って俺は今結構危ない橋を渡っている。俺の発言は明らかに相手の印象を悪くするものだ。決していい印象など与えられるわけがない。かと言って発言を撤回するわけにも行かない。果たして神楽月がこれを了承した上で受け入れてくれるかどうか。
「一度だけ訊く。本当に自分自身のためか?」
「はい。二言はありません」
しっかりと力強く返事をする。
しばらくの沈黙。神楽月は組んだ指の上に額を乗せ、そのままじっとしている。数秒の後顔を上げた。それは先程までの冷たいものではなく、温かく微笑みを湛えるものだった。
「君は、優しいんだね」
「え?」
予想外の言葉に俺は耳を疑う。それも当然。今までの俺の発言からは何処にも優しさを感じられるような節が見当たらなかったからだ。そんな俺の驚きを他所に、神楽月は云う。
「桜井悠太。君を『星の隠れ家』のメンバーに迎え入れる。明日から仕事に勤しんでくれ」
美月と出会ってから六日目、俺はメンバー入りが決定した。
入団のくだりがグダグダ&無理やり過ぎるorz
いつか書き直そう。
もし文中で何か気付いたことがあれば、
感想まで宜しくお願いしますm(_ _)m




