プロローグ
歩いていると蝉の声が聞こえてきた。
家から出て数分後、俺は人気のない荒道を歩いていた。整備が施されておらず、また怪しげな雰囲気を醸し出しているこの道は、近所の住民には行ってはならないところの一つとして知られている。もちろんのこと、ここを通る人は居ない。そんなところを何故歩いているかと言われれば、特に何もないと言うしかない。・・・・・・いやあるか。ただそれは他の人には理解できない、いやむしろ頭が可笑しいと思われるくらい馬鹿げた理由だ。口外する事なんて出来ない。
奥に進むにつれて外気は都会のものから森林へと変化していった。昼間のような蒸し暑い空気を持った都会は、風鈴を彷彿とさせるような涼しい空気によって辺りを包まれていた。夏の熱気を心ゆくどころか死ぬほど味わっている俺にとってこの空気は嬉しいものがある。
そんな空気を感じながら、鬱蒼とした森の中を突き進んでいった。
数分歩くと、さっきとは一変して広い空間に出た。
どこまでも続く草原
澄み切った無限に広がる星空
それに浮かぶ満月
どれもこれもが芸術的で、一度見たら忘れられない、そんな光景が目の前に広がっている。
こうして何度も訪れてしまうのは何故だろうか。いつまでも変わらず、宝石のような輝きを放っている草原。そんな不変を謳うようなそれは全てを魅了する何かを持っていた。
辺りを見渡すと、あるいつもと異なる点を一つ見つけた。
それは先客がいた、と言うことだ。
人形のような整った顔立ちに、透き通った瞳。すらっとした高い背とそれに添うように流れる黒い髪。儚げな印象を持つ少女は草原の真っ直中、瞳を閉じ静かに佇んでいた。その少女はこの風光にも劣らぬ輝きを放ちながらも、違和感なくここに溶け込んでいた。
その有り様は、俺の心を深く虜にしていた。
それはおそらく何千年、何万年経っても忘れられない光景
その美しき絵画は、確かにこの世界の時を止めていた