(元)自称平凡令嬢は許しませんから!
⭐︎恋愛要素薄め、ビターハッピーエンド
⭐︎隣国へ嫁がされた自称平凡令嬢が好き勝手する話
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アリシアは凡庸な伯爵令嬢だ。
容姿は可もなく不可もなく。学問や武術に才覚があるわけでも、何か芸事に秀でているわけでもない。王家に連なる血筋と言えなくもないが、傍流中の傍流だ。
アリシア自身にも、縁故にも、さらに領地やそれに絡む利権にも。これと言った旨みがない。かと言ってひどく不味い部分もない。
「貴婦人らしい笑顔を常に忘れずに。これと言って目を瞠るものがないのだから、せめて愛想良く振る舞うように」
母からそう言い含められ育ち、アリシアはお決まりの台詞と愛想笑いを繰り返す16歳となった。
はい、お父様のおっしゃる通りで。
ええ、お兄様、その通りです。
お母様、もちろんわかっておりますわ。
これで漸く婚家に送り出せるというものだ。家長である父は持参金を工面し、近隣領の子爵家長男との縁組をまとめ上げた。釣り合いは申し分なく、紛うことなき平凡な貴族の婚姻が為されるーーはずだった。
「大変なことになった、いや、大変名誉なことと言うべきか?とにかく予定外の事態だが、アリシア、落ち着いて聞きなさい。いいか?アリシア?アリシアいいか?」
まず父が落ち着くべきだろうと思いながらも、アリシアは微笑んで頷く。つい先程王宮から使いがあったらしいが、何か関係しているのだろうか。
「そう呑気に笑ってる場合では…!いや、今はそんなことはどうでもいい。まず、子爵家との結婚は却下された。嫁いでもらっては困る、お前を養女に迎えたいと、陛下直々に御達しがあったのだ」
一見突拍子もない事態に思えたが、紐解いてみるとそうでもない。王家の婚姻事情に傍流貴族が巻き込まれただけのことだ。
広大な土地を武力で支配する帝国は、王国と異なり一夫多妻制である。皇帝は元来、友好の名目のもと他国の姫を娶っている。
「つまり、我が国は帝国に人質を差し出さなければならないと。皇帝即位の報を聞いたからまさかとは思っていたが、未だに列国から王女を迎え入れる慣わしに拘っているとは。かつてのような国力もないくせに、態度だけは太々しい!浅黒い蛮族どもめ!」
父から話を聞いた兄は、眉を顰めながら「それで、陛下はアリシアを王女に仕立て上げようって?滅茶苦茶ですよ!」と声を荒げる。
「未婚の王女がいないのは確かです。しかし、もっと王族と血縁深い女子などいくらでもいる!うちが王家と繋がっていたのなんて、もう何代も何代も前の話で…。いや、だからこそ敢えてアリシアを選んだとするならば…」
兄の顔色が見るからに悪い。先程までは興奮が勝っていた父も血の気を失っている。アリシアは自ら語る言葉を持たず、いつもと同じ笑みを浮かべた。
平凡な婚姻が破棄され嫁ぎ先が変わってからというもの、誰も彼もがアリシアに優しくなった。最も顕著に変わったのは母で、何度も「無理に笑わなくていいのよ」と促される。これまでと真逆の言葉に、アリシアはどういう表情を作れば良いか分からず、仕方なく微笑むしかない。
「なあアリシア、はっきり言うぞ。帝国は落ち目も落ち目、沈みゆく泥舟だ!皇帝の力は確実に弱ってるくせに、旧態依然とした体制を維持しようと金を割いている。不満を持った民衆が何を起こすか、分かったもんじゃない。我が王はそんな危険な場所に近しい者を送りたくなかったんだ。妹君を先帝に嫁がせたことも悔やんでおられた。でもだからって、お前を身代わりにするなんて…」
アリシアが王宮に移る前夜のこと、兄が部屋を訪ねて来た。兄は低く沈んだ声でそう告げると、長い長いため息を吐く。
「ちゃんと分かってて、それでも変わらない笑顔でいてくれるんだよな?」
ええ、お兄様、その通りです。
「見直したよ、お前のこと。ずっと愛嬌だけの気の抜けた妹だと思っていた…、俺の眼が節穴だったな。父上と母上のことはまかせておけ。自分の身だけを案じるように。どうか、どうか少しでも長く平穏に過ごせますように」
扉の向こうから母の啜り泣きと、父の宥める声がする。
アリシアの家は貴族らしい貴族だ。広い屋敷の中で顔を合わす場面は限られ、使用人との会話の方が頻繁ですらある。ましてやアリシアは生家を継ぐ男子でもなく、他家に嫁ぎ貢献する女子だ。
こんなにも惜しまれるとは思っていなかった。アリシアはどこか浮ついた気分で「お兄様、ありがとう」と破顔した。
帝国では波瀾万丈が待ち受けていると思いきや、先帝に仕えた妃達が後宮を既に退去していたこともあり、凪いだ日々が続いた。アリシアにとっては輿入れ前の詰め込み教育期間の方が余程堪えた。世間から隔絶され、差したる情報も入ってこない後宮の方が性に合っている。
諸外国から迎え入れられた20人にも及ぶ妃達も、当初は何かしら鍔迫り合いをしていたようだが、皇帝が齢6歳では進展も望めない。面子のためだけに集められた大半の者は怠惰に過ごすようになっていた。またアリシアと同じ「急拵えの姫」は何人も紛れ込んでおり、価値のない人質同士、自然とより集まり喋っては暇を潰す。
「皆様にだけお伝えしますのよ、これは侍女が立ち聞いた話なのですけれど、近々……」
そうやって根も葉もない噂話をすることで、いつか訪れる災厄を笑い飛ばそうとしていたのかもしれない。アリシアは会話に参加しながらも、未だ具体的なイメージを思い描けなかった。
子爵家に嫁いでいたら想像は容易かった。病で死ぬか寿命で死ぬかするまで、追い出されない限りは婚家を支える。母と全く同じ生き方であり死に方だ。祖国の貴族令嬢のよくある一生。
さて、今はどうだろう。皇帝一族はアリシアの助力など微塵も求めていないし、何なら夫である皇帝と言葉を交わしてもいない。僅かな時間、他の妃と並んで謁見しただけだ。しかし後宮にまで賊が押し入ったのなら、皇妃として捕縛もしくは処刑されるのだろう。
流れは把握できる。けれど、どうにも絵が浮かばない。母のような手本もいなければ、野盗に襲われた経験もないわけで……。
体験不足を補おうと、アリシアは書物を探すことにした。後宮内に図書室と呼べる区画はなかったが、かつての妃達が捨て置いた巻物や本は方々の物置きで眠っていた。アリシアは埃かぶったそれらを発掘し、読み解くことに精を出した。
「アリシア様、最近お見かけしませんわね」
「どこかでお昼寝されてるのでは?あの方、ぽやっとしていますもの」
「アリシア様と言ったら、お歳を伺ったら歳上でしたの!わたくし妹みたいに思ってましたのに」
「おいくつなの?」
「16ですって」
「まあ、そんな風には見えないわ。だってあのヘラヘラした笑い方!」
「まあまあ、わたくし嫌いではなくてよ?アリシア様」
「わたくしも……。時折、あら、と感じることはありますけど」
「そうですのよね、手間がかかるなと思ってしまうというか」
「ちょっと、ねえ……フフッ」
「うふふふふ」
「ふふふふふふふ」
アリシアの物色は長く続いた。なかなか目当ての資料に行き着けない。冊子の大半は古い目録や帳簿などで、稀に謎の指南書が紛れ込んでいる。やっとの思いで年代記や歴史書を掘り当てても、男の名前しか載っていなかった。
後宮内を調べ尽くし、女の記録は残らないのだと諦めかけたその夜。アリシアは自室で違和感を覚えた。床が一箇所だけ変に軋む、ような気がする。額が擦れる程這いつくばって観察すると、ごく僅かな切れ目を見つけた。床下収納だ!
爪が剥がれることも厭わず蓋を開けると、床下はもはや地下室と呼べる広さだった。人が余裕を持って入れる面積も高さもあるうえ、ざっと辺りを照らしただけでも数冊の本が散らばっている。アリシアは爪の血を拭うことも忘れ、座り込み頁を捲る。母国語が美しい筆跡で綴られていた。
『お兄さま、許さないから』
ーー見つけた。ああ、繋がった。
アリシアにはもう何も聞こえなかった。求めていたものだけに夢中になる。
やがて外部では轟音が響き、振動で蓋は閉じられ、一夜が過ぎて行った。
***
『嫁ぎ先を自ら選べていたらなどと、意味のない夢想はやめよう。与えられた環境を良くしていくしかない。この婚姻が少しでも祝福を持たらすよう、勤めを果たさなくては。
『即位の便りが届いた。どうか、お兄さまの治世が安らかならんことを』
『唯一の王女であった私が、この場所では有象無象の女に過ぎない。せめてあの時授かった子が無事産まれていれば、まだ寄るべもあったのに』
『ここに嫁がず、病気も知らぬまま、王宮の庭でお兄さまに寄り掛かり微睡んでいたら、そちらが夢だった。こんなにも惨めな気持ちになるなら、もう夢など見たくない』
『死はすぐ傍に迫っている。わたし、凍っていくみたい。夢見た場所に帰れる日は来ないだろう』
『決して優しいばかりの方ではなかったのに、どうしてこんなに会いたいと願ってしまうのか』
***
結論から述べると、アリシアは教科書を読み込んでいるうちに、試験に出遅れてしまったようなものだった。
アリシアが地下室に篭っている間の出来事だ。
反皇族派により宮殿が奇襲され、後宮でもあちこちで火の手が上がったのだ。圧政を打倒せんとする民衆の力は凄まじく、皇族や妃の大半が一夜にして命を断たれる、大革命となった。
それでも辛うじて国外に逃げ延びた者はいたし、国内で生かされている者もいる。
「武力支配する者を倒す為に自らも武力を使うって、僕は矛盾を感じるんだよね。戦争を止めるために戦争をするみたいな?」
殺風景な丘に聳える離宮の窓辺で、少年は外を眺めながら呟く。隣に佇む女性は何を返すでもない。
「だからまあ、僕を使うのは良いことだと思うよ。一番厄介なのが復権派だから、血筋として正統な僕を抑えるのは理に適ってる。元皇帝は再教育を受け生まれ変わったと。民衆の良き隣人となった今は財産を持たず、歴史の証人として静かに余生を過ごします、と。何というかさ、生かさず殺さずだよね」
「閣下はご存命ではないですか?」
「そういう意味じゃなくて。というかもう閣下じゃないから…。たまに間違えるよね」
「申し訳ありません、稀にするりと口から出てしまうといいますか」
「別にいいけど。それで、市民議会長様は何だって?」
「娘の都合で挙式の日取りが変更になった、と」
「何回目だよ……。身内への甘さを少しは僕に向けても良いんじゃない?」
「娘婿は身内ですから、問題ないのでは?」
「そういう意味じゃないんだよなあ」
少年の瞳の奥は相変わらず殺伐としているが、初めて顔を突き合わせた日よりかは穏やかに見える。
アリシアは未だに、自分が何も知らず焼け跡に立った朝を思い出す。
気づいたら蓋が開かれ、地上の光が差し込むと同時に、明らかに平民の男達から不躾に寝顔を覗き込まれていた。
「なんだこの女…?まさか、なあ?」
「妃だったら一応、ねえ。でも見るからに違うだろ。爪ボロボロだし、額から血出てるし…。そもそも着こなしが貴婦人じゃねえ」
「だよなあ。こんなんが妃ってのはなあ、ははは!おい、何もしねえから出てこいよ」
貪るように日記を読んで寝落ちしていたアリシアは、これは夢の続きだと思うことにした。それでも用心だけは忘れずに、日記を懐深くへ仕舞い込み、恐る恐る梯子を登り切る。
囲われた姫達の園は消え失せ、墨と土が残るばかり。風上から、焦げついた肉の臭いが漂ってくる。
「なるほどなあ、お前、仕置きで地下に入れられてたんだろ」
「蒸し焼きにならなくて良かったなあ!」
「俺らが言えたことじゃねえけど…」
「そうだ、詫びと言っちゃなんだが、仕事を紹介させてくれ。馴染みの女じゃあ成り手がいなくてな。後宮で働いてたんならその辺も抵抗ないだろ、ちょっとした子守だ」
呆然としていたものだから、ウンとかスンとか言ってしまったのだろうか。男達はアリシアの了承を得たと言わんばかりで、そのまま荷馬車に乗せられて、たどり着いた粗末な小屋で皇帝夫妻は再会を果たした。
それから早10年。生活を共にしてきた。
「それにしたって、僕ほど何も選べない男はいないなあ」
「優柔不断なのですねえ」
「そういう意味じゃなくて!選択権がないって話。即位も退位も自分で選んだわけじゃない。これからどう生きるかも…、添い遂げる相手すらも選べない」
「まあ!お揃いですわね。私も嫁ぎ先は選べませんでしたわ」
「悪かったよ、俺の視野が狭かった」
「こうしてお仕えしているのも成り行きなんですよねえ…。でも、自分で選べたこともちゃんとありますから」
皇妃アリシアには戻らないこと。
貴族の娘であったことは忘れるけれど、家族と最後に過ごした夜はたまに思い出すこと。
身寄りのない小さな男の子を何よりも大切にすること。
お世話係としての新しい名前。
疲れた時は愛想笑いを止めること。
必要な時は毅然とした態度を取ること。
「私もずっと思い込んでました、自分はなんて凡庸でつまらないんだろうって」
「それは認識がどうかしている」
「本当につまらない人間なんていないのに」
「そういう意味じゃなくて…」
「自分は何も選べない、選ぶ力がない。そうやって枷を嵌めてたんです、無意識に。何も選ぼうとしない者こそがつまらないんです、がらんどうなんです」
だからこそ選択を続ける。身のうちに想いを詰め込み続けるのだ。
「私を置いていくこと、許しませんから……。閣下をずっと許さないって決めました。選びました」
だから選んでください、どうか貴方も。
「許さないってさ、そういう意味だよね?」
愛する人にだけに見せる笑顔を浮かべ、彼女は「その通りですよ」と頷いた。
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