第二章 ミユキの決断
ミユキは大きな決断をしました。しかし、それは遠大なもの。
なかなか前には進めません。
ミユキは、最初に就職していた商社に退職届を出した。これ以上マスコミとの騒動で迷惑もかけるわけにはいかないし、次のステップに進むためにも商社勤務は難しいと判断した。
次のステップ…
それは、ミユキ自身で史郎の研究を継続して達成させようということだった。しかし、ミユキは文系大学の出身であり、完全に門外漢である。
研究をするなら史郎の在籍していた東都大学が良いと思われるが、東都大学理学部は偏差値70近い超難関校で有名であり、とても編入を申し出ることはできない。
たとえ編入できたとしてもいきなり専門科目を理解できるはずもないことは火を見るよりも明らかである。
「まずはゼロから始めるしかないか」
ミユキは予備校に通う手続きをした。費用はかなり掛かるが、幸いにも在学中にためたバイト代もあるし、事故の保証金もあるだろうから何とかなりそうではある。しかし、生活はどうするか?バイトなんかしている暇はなさそうだ。
ミユキは両親に頭を下げて、会社を辞めたこと、もう一度勉強したいから大学に行きたいことを話した。両親は驚いて理由を尋ねたが、史郎の研究のことは秘密にした。
両親は、娘の堅い決心に説得をあきらめ、どうせ一度死んだと思っていたのだからと、好きなようにすることを許してくれた。
他の浪人生たちに比べて、少し出遅れはしたものの、5月の連休明けから予備校通いが始まった。
しかし、高校レベルの理数系科目の知識が皆無では、予備校にすらついていけないので、予備校とは別に通信高校講座で高校レベルからやり直すことにした。
さらに国立大学にはミユキが受験した時と違い、「共通一次試験」というマークシート式の試験を受けないと、入試が受けられない。
そのためには全教科の勉強が必要で、東都大学理学部には最低でも1000点満点中800点の得点が必要であった。
最初の模擬試験では、惨憺たるもので「D」判定であった。ちょっとやそっとで合格するはずはないとは思っていたが、やはりショックは大きかった。
毎日寝る間も惜しんで、予備校の勉強と高校講座の勉強を並立させながら、猛勉強を続けた。
世間の夏休みの終わるころには、高校理数系の科目についてようやく理解が追いつき、問題も自力で溶けるようになってきた。
やがて秋になり、模試も回数を重ねてくると判定は多少なりとも上がってくるものの、合格にはまだまだ程遠いものであった。だからと言って志望校を変えることもできない。
そのジレンマに悩んでいるうちに、季節は冬になり共通一次試験の日程が近づいてきた。
今までの模試の結果は、最高でも800点をちょっと超える程度、自信はないがやらないと前に進めない。そういう気持ちで試験当日を迎えることになった。
試験会場は、偶然にも東都大学だった。少なくともそれだけでやる気は出てきた。
最初の英語は得意科目である。大学でも勉強していたから高校卒業レベルの問題はすらすら解けた。
しかし次は数学である。だが、なんということか、この間やった問題に似ているではないか、この問題も前に苦労したあの問題の応用でできる。運よく問題に恵まれたようだ。
国語、世界史、日本史もそれなりにできた手ごたえはあった。最後の化学と生物、これらも見覚えのある問題が多く、勉強してきたことが大いに役立った。
試験場からの帰りの足取りは軽かった。
翌日新聞にも模範解答が載り、予備校でも配られた。自己採点結果は驚いたことに900点をわずかに超えた。これは奇跡だ。安堵してはいけない。二次試験はさらに難しい。併願受験はしないので、これから試験日までは理科と数学に絞り込んで、ラストスパートにかけるしかなかった。
いかがでしたでしょうか?今後のミユキの奮闘を応援してください。




