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第6話:『弟子の掌と、最初の「ささやき」』

蓮が「自分もおにぎりを握ってみたい」と口にする。それは、彼が自分の人生をもう一度自分の手で「結び直したい」と願い始めた証拠でもあります。

八恵さんの弟子(?)となった蓮が、お米の深遠な世界に足を踏み入れる新章を構成しました。


蓮の決意:古本屋の裏で

ある日の閉店後。蓮はいつものように徳さんの持ってきた古本を整理していましたが、その目は隣の『ひとすくい』から漏れる温かな光に釘付けでした。

「八恵さん……。俺にも、握らせてくれないか」

唐突な言葉に、八恵は少し驚き、それから優しく微笑みました。

「おにぎりを握るっていうのはね、蓮くん。自分の心の中を全部さらけ出すことよ。それでもいい?」

蓮はぶっきらぼうに「……マシな自分になりてぇんだ」と答えました。


修行の始まり:土鍋の「声」を聴く

八恵はまず、蓮を土鍋の前に立たせました。

「最初は握るんじゃなくて、聴くことから。ばあちゃんのノートの第一章、覚えてる?」

蓮は土鍋をじっと見つめますが、何も聞こえません。

「何も言わねぇよ、これ」

「それは、あなたが自分の声ばかり聴いているから。もっと静かに、お米が水と火の間で何を言っているか耳を澄ませて」

数十分後。蓮の耳に、か細い音が届きました。

「……あ。今、なんか……『パチッ』って言った」

「それが『ささやき』よ。お米が呼吸を始めた合図。蓮くん、今よ。火を弱めて」


初めての「結び」:苦戦する若者

炊きあがったご飯を前に、蓮は八恵の所作を真似て掌を合わせます。

「あちっ!! クソ、こんなに熱いのかよ!」

都会のパソコン作業でなまっていた彼の指先に、土鍋ごはんの容赦ない熱が襲いかかります。

八恵のノートには、こう書き加えられていました。


『初心の掌へ』

――熱さは、命の重さ。

痛みを避けて握れば、米はバラバラになり、

力を入れすぎれば、米は死ぬ。

自分の体温と、お米の熱が一つになる瞬間を待ちなさい。

蓮が握ったおにぎりは、形が歪で、米粒が潰れ、到底客に出せるものではありませんでした。


徳さんの「毒舌」と、一筋の光

「……なんだい、この石っころは」

いつの間にか現れた徳さんが、蓮の握ったおにぎりを一口食べて吐き捨てます。

「硬すぎるね。これじゃあ、食ったやつの心がもっと固まっちまう。八恵ちゃんの『ひとすくい』には、ほど遠いな」

落ち込む蓮。しかし、八恵はそのおにぎりを半分に割り、蓮に差し出しました。

「食べてみて。これが、今のあなたの味よ」

蓮が自分で握ったおにぎりを口にすると、そこには不器用で、必死で、でもどこか「変わりたい」という焦りのような味がしました。

「……マズい。けど、なんか……ちゃんと味がする」


結末:ノートの新しい1ページ

八恵はその夜、琥珀色のノートの「自分のページ」に、新しい文字を刻みました。


『後継者に贈る言葉』

――おにぎりは、教わるものではなく、盗むものでもない。

自分の「手のひらの厚さ」を知ることから始まる。

蓮が最初に鳴らした土鍋の音は、

彼の新しい人生が炊き上がる音だった。

「八恵さん、明日も……練習させてくれ」

蓮の指先は真っ赤でしたが、その瞳にはスマホを見つめていた時のような濁りはもうありませんでした。

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