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第9話:『深夜の再会と、鏡のおむすび』


舞台:閉店間際の「ひとすくい」

暖簾を下ろそうとしたその時、ガタリと戸が開きます。

そこに立っていたのは、使い込まれた包丁袋を肩にかけ、職人の鋭い眼光を湛えた男、マサでした。

「よう、八恵子。……いい面構えになったな」

徳さんと蓮が、その圧倒的な「本物の板前」の気配に息を呑みます。八恵は一瞬だけ時が止まったような顔をしましたが、すぐに深く頭を下げました。

「……マサさん。先日は、ありがとうございました」

マサの問いかけ

マサはカウンターにどっかと座り、店内の空気を味わうように目を細めます。

「一条の野郎がここに来たって聞いた。……あいつを追い返したそうじゃねぇか。だが、八恵子。あいつに握った時、おめぇ、自分の心まで『塩辛く』しちまったんじゃねぇのか?」

マサの鋭い指摘に、八恵の手が震えます。

「……わかりますか」

「板前の手は嘘をつけねぇ。……どうだい、八恵子。今の自分を、俺に握って見せてくれねぇか。おめぇが今、何を見て、何を信じてるのか……俺も、おめぇの結びが食いたくなった」

八恵の覚悟:自分を映す土鍋

八恵は、マサさんのために土鍋の蓋を開けます。

しかし、これまでのどの客よりも、手が震えています。マサは八恵にとって、料理のいろはを叩き込んでくれた兄貴分であり、味覚を失った時の地獄を唯一知る男だからです。

八恵は、ノートの「白紙の頁」の最後の方に、まだ書き留めていなかった言葉を、心の中で紡ぎました。

『師に捧ぐ一膳』

――技を隠すな、心を隠すな。

相手は鏡。

濁りのない自分を握らなければ、

この人の胃袋には届かない。

おにぎり:『三位一体の「結び」』

八恵が握ったのは、**「梅」と「おかか」と「味噌」**を少しずつ混ぜ合わせた、複雑でいて調和のとれたおにぎりでした。

それは、彼女がこれまで出会った「孤独」「嘘」「怒り」のすべてを受け入れ、昇華させた、八恵の人生そのものの味。

マサは無言で、それを大きな口で頬張ります。

沈黙が流れます。土鍋の余熱がパチリと鳴る音だけが響く中、マサはゆっくりと飲み込みました。

結末:継承される「火」

「……不器用だな、相変わらず」

マサは、八重の目を見てニッと笑いました。

「だが、温けぇ。……一条が欲しがったのはレシピだが、おめぇが守ったのは『火』だ。八恵子、この店は、おめぇの骨になる店だ。大事にしな」

マサは席を立つと、蓮の方を向き、「いい師匠を持ったな、坊主」と肩を叩いて店を出ていきました。


八恵のノート

『鏡の前の自分へ』

――誰かを救おうとする前に、自分が救われていなければならない。

マサさんの「ごちそうさん」という声で、

私の中の「八恵子」が、ようやく成仏した気がする。

私はもう、レストランの歯車じゃない。

この土鍋と一緒に生きる、ただのおにぎり屋だ。

物語はいよいよ大詰めへ

マサさんという「過去の正解」を認めてもらったことで、八恵さんは完全に吹っ切れました。

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