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第8話:『銀のフォークと、泥の手のひら』

かつて八恵さんが切り捨てた「数字と効率」の世界が、静かな路地裏に足音を立ててやってきます。

「魂の救済」を掲げる八恵さんと、料理を「ビジネスとステータス」と割り切るオーナー。この対極にある二人の再会を描きます。


舞台:冷たい影が差す路地裏

夕暮れ時、店の前に一台の高級車が止まりました。

現れたのは、都内で数々の星付きレストランを経営する男、一条いちじょう。かつて八恵の才能を「金を生む機械」として酷使し、彼女が味覚を失う原因を作った張本人です。

彼は店に入るなり、鼻を鳴らしました。

「相変わらずだな、八恵。こんな薄汚い路地裏で、ままごとを続けていたのか」

一輪挿しの「野あざみ」も、使い込まれた土鍋も、彼には「無価値な古道具」にしか見えません。

オーナーの目的

「君が消えてから、うちのメインディッシュの味が落ちたと騒がれてね。君の『秘密のレシピ』を買い取りに来た。いくらだ? ここを立ち退かせるくらいの金は用意してある」

徳さんが鋭い目つきで立ち上がりますが、八恵は静かに制しました。

「一条さん。ここにはレシピなんてありません。あるのは、この土鍋が奏でる音と、お米の機嫌だけです」

「ふん、相変わらず抽象的な。なら、その『機嫌』とやらを食わせてもらおうか。私の舌を納得させられたら、レシピの話は忘れてやる」

八恵の覚悟と「白紙の頁」

八恵はノートを開きました。しかし、祖母のページではなく、自分の書き込んだページを指でなぞります。

『心を売った者へ』

――味を盗もうとする者に、命の味は届かない。

支配しようとする手を解き、

ただの「空腹」に戻らねば、

この結びは、ただの白い塊に過ぎない。

八恵は、一条のために土鍋を火にかけますが、いつもとは「研ぎ方」を変えました。

決戦:『鉄壁の塩むすび』

八恵が出したのは、一条が期待した「フォアグラやトリュフを使った創作おにぎり」ではありませんでした。

なんの変哲もない、真っ白な**「塩むすび」**が一つ。

一条は冷笑しながら口に運びます。「……なんだ、ただの米か。こんなもの、うちの店では……」

しかし、噛みしめた瞬間、一条の顔から余裕が消えました。

それは、彼が「効率」のために切り捨てた、手間暇のかかる古来の製法と、八恵の**「祈り」**が凝縮された味でした。

「……なんだ、この熱は。喉を通る時、まるで……責められているようだ」

「それは責めているのではなく、あなたが置き去りにした『初心』が、あなたを抱きしめようとしているんですよ」

結末:敗北と去り際

一条は、おにぎりを食べ終えると、無言で立ち上がりました。

彼は「レシピ」という言葉を二度と口にしませんでした。なぜなら、八恵の味は、彼女の「生き方」そのものであり、他人が盗めるような安っぽい文字列ではないことを、その舌が一番理解してしまったからです。

「……味が濃すぎる。私には、もっと薄っぺらな料理の方がお似合いだ」

皮肉を言い残して去る一条の背中は、どこか寂しげでした。

蓮がボソッと呟きます。

「八恵さん……。あいつ、最後ちょっとだけ泣いてるみたいな顔してたな」

「……お米はね、嘘をつけないの。一条さんも、昔はただお腹を空かせた、一人の料理人だったはずだから」

八恵のノート・追記

『奪おうとする者へ』

――料理は武器ではない。

相手を屈服させるために握るのではなく、

相手の鎧を一枚ずつ脱がせるために握るのだ。

今日の塩むすびは、少しだけ、私の「怒り」が混じって、辛かったかもしれない。


物語の最終章へ向けて

オーナー一条を退けたことで、店は守られましたが、八恵さんは「自分の怒り」がおにぎりに出てしまったことに気づきました。

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