恋活バンパイア〜吸血鬼だって吸われたい!〜
バンッ!
「俺も恋がしたいっ! 彼女が欲しいーーっ!」
「……」
向かいのソファに座る彼が、机を叩きながら発した言葉に対し、俺は深々と溜息を吐き出した。
知り合いの吸血鬼から『相談がある』とメッセージで呼び出され……来てみた第一声が……これか。
「臣君! ちゃんと真面目に聞いてくれ。俺は真剣なんだよ?」
「日疋君。あのさぁ……俺、受験生なんだけど? こんな人生経験たった15年のガキより、もっと相談に適した相手、他にいっぱいいるでしょ? それこそ何百年もの長い付き合いな存在がゴロゴロいるんだから……」
「長い付き合いだからこそ、アイツらには絶対知られたくない! 俺の眷属には恥ずかしくて言えない! その他の食糧達なんて、論外だーー!」
「で、消去法で残ったのが……俺かよ」
呆れながらソファにもたれ、周囲をぐるりと見回した。
ここはヒビキ君が経営者、兼、店長を務めるカフェの従業員控え室。スタッフの皆はフロアに出ているのか、部屋の中には俺と彼の二人だけだ。
まぁ……他に誰かがいたら、店長がこんな風にぶっちゃけることはないだろう。
コンコンッ! ガチャ!
「ヒビキ店長、お客様……失礼致します」
「おう」
「こんにちは」
背後から掛けられた声に挨拶を返しながら振り向き、ドア脇に立っていた声の主を思わず、じぃっと見つめてしまった。
「えっと……な、何か?」
「ああ、すみません。なんか……その制服、似合ってますね」
「え? あ、あ、ありがとうございます」
俺の言葉に、小柄なスタッフさんは一瞬驚き、すぐに柔らかくはにかんだ。
このカフェの制服は……襟がフリフリの白シャツ、ワインレッドのベスト、漆黒のスラックスと同色のマント。いわゆる、テンプレな吸血鬼の格好……そう、ヒビキ君のお店は吸血鬼のコンセプトカフェだ。
……口からのぞく鋭いその牙は、自前ですか?
『木の葉を隠すなら森の中』という言葉を聞いたことはあるが……まぁ、たしかに本物の吸血鬼達がコンカフェで働いているとは誰も思わないだろう。
親父曰く、長生きしていると色々なことを既にやり尽くしている上、チート能力のお陰で大半のことが思うままらしく……最終的に、思うようにいかないことにやり甲斐を見いだすんだと。まったくもって贅沢な話だ。
コトンッ……
「では、ごゆっくり」
「何かあったら呼んでくれ、翼」
お盆に乗せてきていたジュースを手際良く置き、頭を下げてツバサさんが退室。
ドアが閉まるのをキリッとした顔で見届けてから……ヒビキ君は表情をコロッと変え、ふにゃりと笑う。
「ウチの息子は気が利くだろう?」
「ヒビキ君の眷属?」
「あぁ、俺が拾った。ここのスタッフは皆そうだ。俺が主殿に拾われたように……」
「へぇ……親父にね……」
俺の親父は吸血鬼で、その直属の眷属が七名。ヒビキ君はそのうちの一鬼。俺からしたら、親戚のお兄さんみたいな存在だ。
ちなみに、母さんは人間だから俺は混血吸血鬼……だと、つい最近知った。
「でも、なんで急に? だいたいさ、恋がしたいって……一体、何年吸血鬼やってんだよ? 今どきは幼稚園生でも彼女いる子はいるぞ?」
「ゔっ……だって、オミ君がこの前、主殿の『手紙』を持って来ただろ? で、俺なりに考えたんだよ」
「あぁ、あの手紙か」
人間である母さんの寿命が終わる時、一緒に逝きたいと言い出した親父が、先月くらいから『終活』を始めた。
その一環で、メッセージを未読&既読スルーする彼らに手紙を届けたんだが……親父、自分の眷属達にナメられ過ぎじゃない?
「飽きっぽい主殿のことだ。てっきり、食糧の血を吸い尽くしてポイ捨てするかと思ったら、いつの間にかオミ君が産まれ……まさか最期は、共に逝きたいだなんて……」
過去にヤンチャしてたとは聞いていたが……丸っきり信用ないのな親父。
「あの主殿が死までも添い遂げたいだなんて、一体どんな気持ちだろうかと想像したら……俺もイチャイチャする相手が欲しいーーっ!」
あれ? なんかどこかで聞いたような……あぁ、最近クラスの女子が同じテンションで叫んでいたな『彼氏欲しいーー!』って。アレだよ、アレ。恋に恋しちゃってるってヤツだ。
「いいかい、ヒビキ君。彼女が欲しいって言ったって、自分だけでどうこうできるものじゃない。相手があってこそ……そして恋人関係ってのは、共に思いやり、協力して作り上げていくことが大切なんだよ」
恋愛マスターみたいなコメントで彼を諌める、彼女いない歴15年の俺。まぁ、推定500年のヒビキ君よりはまだマシである……ってか本当、今までの長い月日で何してきたの? 野郎とばかりツルんでいたの?
「それに、彼女が欲しいって言ったって……身近に良さげなお相手いないの? 人間とか吸血鬼とか関係ないなら、出逢いのチャンスはいっぱい……」
「オミ君は……フライドチキンと恋が出来るかい? 主殿とは違って、俺には無理だ! 皆、ただの食糧にしか見えない!」
真剣なトーンで言ってるけどさ、例え方が下手くそだろ。しかも、そんな食糧相手にちゃっかり商売してんじゃん。そこの本棚に、格好良い振る舞い方の研究資料として、少女マンガずらっと並んでるけど?
「じゃあ同じ吸血鬼がいいなら、彼女は……」
「あれは駄目だ! 性格が凶暴過ぎる!」
今度は、共通の知り合いの名前を……出す前に却下された。
「もう誰でもいいから、吸血鬼の女性とお近づきになりたいよ〜〜! 俺の側でずっと一緒にいてくれる異性の相手が欲しいよ〜〜!」
うわっ、ヤケクソ? っつうか、節操無えな! 塩顔イケメンの金持ち経営者だとしても、あんた好感度マイナス方向にカンストだよ!
格好つけたヒビキ君しか見てない眷属スタッフ達が、この姿見たら泣くぞ?
「アレはヤダ、コレはヤダ……ヤダヤダ、ワガママ言わないの! 自然な出逢いからお付き合いをスタートしたいって思ってるのは分かったけど……あぁ、だから俺が呼ばれたのか」
なるほど。俺んところに相談を持ってきた理由が、もう一つあったか。
現代の吸血鬼は便利さに慣れてしまったせいか、昔に比べて一部の能力に精細さを欠く。そして、社会に溶け込むよう生活している為、本来の姿を見せなければ、お互いが吸血鬼だとは分からない。
だが、ダンピールは少し違う。身体は人間に近しいが、特殊能力として吸血鬼を索敵する『眼』を持っているのだ。
実際、街中で吸血鬼を見かけることはちょくちょくある。だが、気づいたことに気づかれてはいけない。
俺は平常心を保つ訓練として、何がいいかを真剣に考えた。そして……吸血鬼映画を片っ端から観まくって、つい先日この耐性をゲットしたんだ。多少のことなら動じない……はず。
「『この近辺に住んでいそうな吸血鬼お姉さんをリサーチして』とか言い出さないでよね? 嫌だかんね」
「いや、それはすごく抵抗がある。もっともっと自然な形での出逢いがしたくて……で、このお店だったら吸血鬼の女性もひょっこり遊びに来てくれるかなぁ……なんて……」
「随分と下心ありありで不純なカフェの開業理由だな。そこは嘘でも『俺の可愛い眷属達には、明るい場所で生きていって欲しいんだ』とかの大義名分を吐き出しといてくれよ。まぁ、ヒビキ君の言いたいことはよく分かった。とりあえず、店内のお客さんの中に吸血鬼なお姉さんがいるか見極め……」
ガシャーーン!
「「「きゃーーーーーーーー‼︎‼︎」」」
その時、ドアの向こう側から、女性達の悲鳴がこの控え室にまで響いてきた。
◇
バンッ!
慌ててフロアに出ると、ゴシック調な店内の一角に人だかりが……半円の中心、一人の女性が壁際のソファの上に立ち、何やら騒いでいた。
数名のスタッフが少し距離を空けて囲んでいるが、緊張感がこちらにも伝わってくる。遠巻きでは、他のお客様達が固唾を飲んでそれを見守っていた。
「私の邪魔をするのは許さないわ! さっさと離れなさい! さぁ、早く!」
半狂乱な声を張り上げる女性。その右手にはナイフ、左腕には……見覚えのあるスタッフ、ツバサさんが捕まっていた。熱狂的なファンか⁉︎
「「なっ⁉︎」」
「店長! す、すみません……」
ナイフを突きつけられ、人質のような格好になりながら謝るツバサさん。だが、その顔に怯えは無く、どちらかといえば困っている表情。恐らく、この迷惑な女性をどうやって張り倒していいものか悩んでいるんだろう。一捻りでぶん投げられるけど、他のお客様の目があるからどうしたらいいか……って感じだな。
すると、俺の隣でヒビキ君がそっと指を差した。
「えっと…ねぇ、オミ君。もしかして……アレは……同族? だ、誰でもいいとは言ったけど……アレはちょっと……」
うわぁ……めっちゃドン引きしてんじゃん。顔面真っ青だよ? まぁ、誰でもいいとか言っちゃうヤツは、意外と理想が高いんだよな。
「大丈夫。アレは禍々しいだけのストーカー気質なただの人間だよ」
俺の一言で、あからさまに安堵する彼。
「そ、そうか……うん。時々、頭のネジがフランケン並にぶっ飛んでるお客がいるからな……」
ボソッとそう呟くと、冷静な瞳で前を見据える。すると……俺の隣で、彼が動いた。
たんっ! バサッ!
それは、とても鮮やかだった。
一瞬でテーブルを飛び越えると、ツバサさんのマントを使って、女性をぐるりと包みつつ、背面に回り込む。片手で彼女の顔面をガッツリと覆い、そして……その首筋にガブリと容赦なく噛みついた。
ゴクンッ!
「‼︎」
「ふははは。今宵は、この女を攫っていこうか……」
「「「「きゃーーーーーーー‼︎」」」」
ヒビキ君の決め決めセリフ&ポーズに、黄色い歓声が沸き上がる! どうやら、何かの臨時イベントだと思われたのだろう。お客のお嬢様方は大興奮。
「あぁ、スマホがあったなら……」
「駄目よ、吸血鬼は写真に映らないんだから〜〜」
このお店のコンセプトをしっかりご理解されているお嬢様方が口々に残念がる。カフェの入店の際に、スマホお預かりにしてるのか。
バサッ!
「ふはははは! この女を連れて行けーー!」
「「「はっ!」」」
小芝居を続ける彼と、それに追随するスタッフさんによって迷惑客はバックヤードへとあっという間に運ばれていった。
「では、皆々様、引き続きお楽しみを……」
ひらりと頭を下げ、ヒビキ君もツバサさんを連れて奥へと下がる。
『おっ! 立ち回り、カッコいいじゃん!』と彼を見直しかけた俺は……聞き逃さなかった。
「あぁ、俺も一度でいいから吸われてみたいよ……」
恋人ができたら彼はきっとお願いするであろう……好奇心旺盛な彼が発した、欲望まみれな独り言を……。
◇
先程の迷惑客は、ちゃちゃっと記憶を操作して店外に放り出し、スタッフの皆は何事もなかったかのように、またフロアへと戻って行った。
「なんかごめんね、騒がしくって……」
「まぁ、予定外なことが起こる日だってあるよ。あ、さっきの話だけど……お客様の中には吸血鬼の女性いなかったよ」
「そうか……」
「そんな残念そうな顔しないでよ。ってか、俺の前とスタッフさん達の前で……態度違くない?」
「子供らには、恥ずかしいところを見せたくないからな」
「ふぅん……素直なヒビキ君も魅力的だと思うけど……まぁ、もしも俺に吸血鬼さんの知り合いが出来たら、必要とあらば紹介するよ」
「ほ、本当か⁉︎ オミ君、ありがとう!」
「あぁ、必要とあらば、ね」
◇
従業員通用口から外に出ると、空はすっかり茜色に染まっていた。そこで、ゴミ捨て作業をしていたツバサさんにバッタリ遭遇。お互いに揃って、頭を下げた。
「今日は自分のせいでお騒がせしてしまい、本当にすみませんでした」
「いえいえ、大丈夫ですよ。ジュースご馳走さまでした。あの〜〜ツバサさん、頑張ってね」
「え?」
「ヒビキ君、すごく鈍感だから。じゃ」
「あ、は、はい! さようなら」
手を振りお別れをして、表側にある駐輪スペースへと足を向ける。
ヒビキ君はたぶん気づかないだろうな。ツバサさんが彼を見つめる時の瞳……あれは、親父が母さんを見てる時の眼にそっくりだ。
初見で思わず彼女をガン見してしまった。男装してる子がいるなんて思わなかったから……ってか、自分の眷属の性別くらい分からなかったの?
それとも何か事情があって、ツバサさんはヒビキ君に知られないよう、女の子なことを隠しているのか? 俺には分からない。
「灯台下暗し……彼の恋活はまだ続きそうだな」
そう、ぽつりと呟いてから、俺は自転車を漕ぎ家路を進んだのだった。
おしまい
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
評価、感想、いいね等、頂けたら幸いです。
『終活バンパイア』の続編として書いてみたので、もし宜しければそちらもどうぞ。




