朝起きたら、彼と立場が入れ替わっていた ~カナリヤの夢~
夢落ちです。
豪奢なベッドの上で目が覚めた。
慣れた使用人部屋ではない。
身に着けている寝衣も、レースを潤沢に使ったフリルのある華美なものだ。
ここに来てから、ずいぶん贅沢にも慣れたつもりだったけど、さすがに戸惑う。ドアをノックする音が聞こえた。
「ご主人様、お目覚めの時間です」
入ってきた人に目を向ける。綺麗な銀髪に海の色に似ている蒼い瞳。左の顔半分から首筋にわたる火傷跡。そこにはトーマス様が立っていた。伯爵当主であるはずなのに、まるで執事のような格好をしている。
「ご主人様?どういうこと?」
トーマス様は怪訝そうな顔をした。
「どうされたのですか?火事の現場から、下働きの私を助けてくれた時から、あなたは私の唯一無二の主人です」
どういう事だろう?戸惑いながらも試すことにした。
「私の手にキスして」
彼は一瞬だけ顔をゆがめた後、私の右手を恭しく取り、その甲に口づけた。
「それでは朝食のご用意が出来ていますから、着替えて食堂へおいでください」
そう告げると彼は部屋から出て行った。
私はキスしてもらった、右手を眺め続けていた。
どのくらい放心していたのだろう。
我に返り、着替えのために寝台から出た。部屋の隅にあるクローゼットを開けると、色とりどりのドレスが入っていた。一番手近な物を手に取り着替える。
近くに姿見があったので、映してみる。
赤い長い髪の毛に赤い瞳、人より白い顔に細い手足。見慣れた自分の姿。
鏡の前で動揺していると、再びノックの音がした。
「どうされましたか? 朝食が冷めてしまいますよ」
私は慌てて、すぐ行くと伝えた。
朝食を取りながら、傍らに控えるトーマス様に質問して分かったこと。
私が貴族であること。
状況はわからないが、トーマス様は火事で命を落としそうになった時に私に助けられ恩義を感じている。
まるで、私と彼の立場が入れ替わったみたいな不思議な世界だった。
しかし次第に私は変わった状況に慣れていった。そうして大胆になった。
私は次々と、トーマス様に自分の要望を伝えた。
お姫様のように抱き上げて欲しい。
抱きしめて愛していると言って欲しい。
口づけがしたい。
彼はいつも、一瞬だけ苦痛の表情を浮かべたあと、必ず叶えてくれた。
私は有頂天になっていた。彼は私のものなんだ。
もっと、もっと、彼を自分のものにしたくなった。私の欲に限りは無かった。
私は告げた。
「トーマス、結婚して。あなたは私の伴侶になるのよ」
彼は初めて反抗した。
「それだけは! 僕はあなたの望みを叶えてきました。しかし、それだけは無理です」
カッとなった。なぜ! 私はトーマス様の恩人なのに。トーマス様は私だけのもののはずなのに。
「うるさい! あなたに拒否する権利なんてない! とにかく私はあなたと結婚すると決めたの! 」
「待ってください! 」
私はトーマス様に引き留められるのも構わず、部屋を出た。涙を零しながら。
結婚式当日。ウエディングドレスを身に着けた私はトーマス様の控室に向かった。
ノックをしようと扉に手を差し出した途端、どたばたと音がした。
嫌な予感がし、慌てて扉を開けた。トーマス様が開いた窓から逃げようとしていた。
「トーマス、どこへ行くの!? 」
トーマス様はこちらに向き直り言い捨てた。
「もう嫌だ! あなたみたいな我儘な女と結婚なんてしたくない! 」
そう告げながら彼は懐からナイフを取り出し自らの首筋に当てた。
「このまま、僕が屋敷を出るのを見逃さなければナイフで首を切る! 」
そんな、こんなに私は愛しているのに! どうして!?
「イヤ~! トーマス、お願いだから、止めて!! 」
叫んでいると、目の前がぐにゃりと歪んだ。
シリアスはここまでです。




