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第九話

「大門、合格通知が届いたぞ!」


「やりましたね! ということは……明日から勝負の時ですか!?」


「そうだ。ちょっと緊張するな。敵の子会社に“潜入”するんだから」


「本当に大丈夫なんですか? もし細川社長にバレたら……」

大門は俺の信頼する幹部の一人で、でかい体に似合わず心配性だ。


笑いを噛み殺しつつも、彼の言葉には真剣味がある。

「心配無用だ。今の立場は――まあ、説明は不要だろう。

だが、身は隠して動く。何かあればすぐ連絡する」


「わかりました。くれぐれも気をつけてくださいね。優斗様が死んだら、本当に困りますから」

(跡取りがいなくなって)


大門の過剰な心配は、俺がどれだけ重要かをまっすぐに伝えてくれる。

ありがたい奴だ。



――そして、四月八日。俺は理天商事株式会社に入社した。

会場には新人が溢れていて、どこかピリついた空気が漂っている。隣で面接のときに話した小柄な女性が、声をかけてくれた。

「やっほー!、君も入社できたんだね

よかった」


「あ! 君はあの時の――」


「私は宮﨑さやか。今日からよろしく!」


「鈴木優斗です。よろしく」


さやかは笑顔が素直で、言葉の端々に純粋さがにじんでいた。

得難い人間だと直感する。


そのとき、不快な気配が廊下から流れてきた。会社の課長らしい男がふらりと現れ、俺たち新人を眺め回す。


「おい、新人か。どんなやつが入ってるか、見せてもらおうか」

周りがざわつく。

課長はパワハラとセクハラで有名らしいが、どうやら本当そうだ。

すけべな顔つき、いやらしい目つき。


さやかは顔をしかめる。

「生理的に無理」

彼女の囁きに、俺は小さく同意した。


案の定、課長は俺に目をつけた。

呼ばれ、近づくと、理由もなく平手が飛んできた。

「生意気な顔してるな」


しょうもない理由から、初日から掃除担当を命じられた。

部署の隅々まで――埃一つ許さぬ勢いで。


課長の言葉が刺さる。

「綺麗にしろ。埃があったら殴るぞ」

新人や先輩たちの視線が痛い。

俺は黙々と雑巾を動かした。



午後一時、

全ての清掃を終えたとき、社内は昼休みで閑散としていた。


肩をトントンと叩かれる。さやかだ。

「おつかれ! 新人のみんなでランチ行ったんだけど、優斗くん忙しそうだったから誘えなかった」


「気にしないで。こういうのは慣れっこだ」


さやかは、おにぎりを差し出した。

「コンビニのだけど、よかったら」


「ありがとう! 鮭…好きなんだ」


優しい気遣いに、心がふっと軽くなる。



定時。


新人は帰宅を告げられ、ぞろぞろと帰り支度を始める。

俺とさやかも立ち上がりかけたそのとき、課長が冷たく言い放った。

「お前はダメだ。これ、明日までに終わらせろ」


大量の資料を押し付けられる。

さやかが勇気を振り絞って課長に詰め寄る。

「朝から見てましたけど、優斗くんばかり押し付けるのは……ひどいです」


課長の表情が変わる。あからさまに色めき立ち、声色が変わった。

「さやかちゅわ〜ん! 君をここに入れたのは俺なんだよぉ? 可愛いからさ。ちょっと俺と帰らないか?

ネッ!」


さやかは震える声で

「結構です」

と断って、早足で去っていった。

俺は課長の顔に吐き気を覚えた。(そりゃそう)


鈴木邸に戻って近況報告する。

「ただいま帰りました。」


部下たち「おかえりなさいませ。代表!」

レナ「お帰りなさい、優斗様」


先ほどのことの事情を話すと、レナは静かに資料をめくりながら言った。

「新人たちはまだ怖くて何もできません。あなたは見逃してあげてください。

私も新人の頃は……同じでしたから」


「でもこの課長は度が過ぎる。昼も夜も俺ばかり動かす。新人には帰宅を促しておいて、俺には残業を押し付けるんだ。許せない!」


レナは淡々と答えた。

「私が課長の身元を調べます。問題があればこちらで手を打ちます。

それと関係ないのですが、前に炎上してしまった板前食品の件は心配しないでください。

幹部の大門にあの会社の総監督を任せられるよう手配しております」


「君は本当に、俺の考えていることがすぐ分かるな」(優秀!)


「一緒に長くいたら、読めますよ。笑」


その言葉に、少しだけ救われた気がした。

「じゃあ、明日からまた忙しくなるな。理天商事は一日一歩で変えていこうと思う」


――俺はまだ身分を明かしていない。


効果的に、内部から変える。

帝王学で学んだことを実践するフェーズだ。


だが、危険は必ず伴う。だからこそ、丁寧に、確実に進める。


心の片隅で、さやかの優しさと、課長の卑劣さが混じり合う。

この会社の掃除は、ただの物理的な掃除ではない。


――腐敗した構造を一つずつ剥ぎ取り、光を差し込むための作業だ。

(つづく)

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