第七話
夜の東京。
アーステック本社の灯りだけが、雑居ビルの中で孤独に光っていた。
机の上の契約書の束はすべて白紙に戻されている。
取引先五社、すべて突然の契約破棄。
理由はどこにも書かれていなかった。
「……細川、か。」
拳を握る音が、静かなオフィスに響いた。
レナが静かに頷く。
「ほぼ間違いありません。細川グループが裏で動き、あなたの顧客に“圧力”をかけています」
「圧力って……どんな？」
「“契約を続けたら、次の入札から外す”――そういう脅しです。
彼らは金よりも、“恐怖”で人を動かします」
静かな怒りが胸の奥で煮えたぎった。
ようやく掴みかけた光が、また闇に覆われようとしている。
だが俺はもう、昔の俺じゃない。殴られて泣いていた高校生は、ここにはいない。
「……レナ、情報部を使えるか？」
レナはわずかに目を細めた。
「それは会長の許可が――」
「俺が責任を取る」
短い沈黙。そして、彼女の唇が少しだけ緩む。
「わかりました。あなたの覚悟、確認しました」
〜鈴木財閥・情報部〜
翌晩、レナに案内され、俺は鈴木邸の地下へと降りた。
そこはまるで異次元の空間だった。
壁一面の巨大スクリーンに、情報の波が流れている。
スーツ姿の職員たちが次々と報告を交わし、誰もが無駄なく動いていた。
「内部情報解析班、取引先監査チーム、通信傍受部隊――」
レナが淡々と説明する声に、どこか誇りが滲んでいた。
「ここが“情報部”。鈴木財閥の心臓部です。 政府よりも早く動き、警察よりも深く潜ります」
俺は思わず呟いた。
「さすが……鈴木財閥の情報機関。まるで国家の中枢みたいだな」
「では、早速ですが――細川グループの投資先を全て洗い出します」
数分後、巨大モニターにずらりと会社名が並んだ。
関連企業、子会社、海外口座、ペーパー法人……その数、五十を超える。
「……よし、細川が持つ全ての会社を一つずつ、僕の会社に併合していこう！」
「な……何を言ってるんですか！？ 五十社以上ですよ！？
それに、どうやって？」
レナの声が一瞬裏返る。だが俺は静かに笑った。
「忘れたのか？俺たちは“鈴木財閥”だ。 おじいさんも言ってた――鈴木の名は“メンツ”で動く。
この名前に泥を塗った細川たちを、放っておくわけにはいかない
だから細川が所有してる会社と投資先の会社をを少しずつ、細川の敵に回していく。
絶望へと導いていくんだ。
正面から潰すのではなく、内部から変えていく。 “帝王学”の基本だろ？
敵を破壊するんじゃない。中から取り込み、支配する」
レナは少しだけ目を見開いた。その表情に、驚きと尊敬が交じる。
「……さすがです。優斗様...
ですが……危険です。
細川側に潜入すれば命を狙われます」
「安心しろ。俺が言ったこと、覚えてるだろ？ “部下は俺が守る”――あれは本気だ。
レナ、君も……絶対に守る」
その一言に、レナの頬がほんのり赤く染まった。
彼女が顔色を変えるのを見たのは、初めてだった。
（こんな表情をするんだな……）
俺の胸に、不思議な温もりが広がった。
