【邪神】の花嫁
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「プシュケを花嫁にと……、今そうおっしゃいました……?」
「ああ、確かに言ったとも」
デルマが第四庭園で草を食みながら過ごしている間、豪奢な家具や調度品で飾られたマリーウェルシュの邸宅にて、食事中にそんな会話が交わされていた。
「花嫁なんて聞こえはいいけれど、要は人身御供ということではないですか!私の愛しい娘を、そんな酷い目に遭わせるなんて……!」
辺境にあるこの地において、入手困難とされる極上の食材ばかりが並ぶ、誰もが羨む素晴らしい夕食時。本来であれば穏やかで幸せな食事の光景が広がるだろうに、そこにあるのは重苦しい雰囲気と女性の金切り声。
アレクサンダーとプシュケの母であり、辺境伯の正妻としてこの屋敷を執り仕切るユリシア・マリーウェルシュ夫人。楚々とした佇まいと、常にまっすぐ伸びた背筋。かつては嫉妬に狂いデルマの母を殺すよう仕向けた彼女が、今窮地に立たされている。
愛するプシュケの為、これまで何十人と主治医を変えてきた。いつの日にか、娘の病状が回復すると信じて。けれどこと最近においては、誰もが首を横に振るばかり。
一見平気そうに見えても、プシュケの心臓はもうほとんど壊れかけていた。
そんな悲痛な運命にある彼女が、今度は実の父親の手によってかつては敵国であった相手に売られようとしている。死ぬ前に無駄にならぬよう消費しようと画策するなど、非人道的な行いにもほどがある。
「落ち着くんだ、ユリシア。これは、プシュケにとってもそう悪くない話。あの国は気候が穏やかで、物資も豊富。好戦国という印象を払拭する為、こちらの条件をいくらでも呑むとまで言ってきた。プシュケの愛らしさがあれば、必ず可愛がられるだろう」
「ですが旦那様、いくらなんでも相手が悪過ぎます!よりによって、あの男だなんて……!」
ユリシアのいうあの男の名は、リバーシュ・キース・ウェルガムンド。彼の国においては表向き戦の英雄と讃えられているが、他国からは【無慈悲な邪神】として誰もが戦慄する存在。
勝利の為ならば平気で仲間を盾にし、己が生き残ることを躊躇わず、弱き者は見捨てる。そうして幾戦も勝利を収めた結果、名誉伯爵の称号を手に入れた実力者である。
加えて人並外れた美しい容姿の持ち主であり、珍しい濡羽色の髪と金色に輝く瞳は正に邪神という異名に相応しい。いつ何時も紅く濡れた唇は、人喰いのような恐ろしさを感じさせると同時に、凄まじい色香を放つ。
恵まれた体格と逞しい肢体、そこに美面が乗せられているのだから、正に完璧といえるだろう。
子孫を残すというのみに焦点を当てれば、リバーシュとの結婚はこの上ない良縁であった。