彼女が、この世に生を受けた理由
デルマがこの国にやってきてから、早数ヶ月。しんしんと降り積もっていた厚い雪は今や見る影もなく、かといって春と呼ぶにはまだ閑散とした日々が続く。
そんな中で、本日彼女はめでたく十五歳の誕生日を迎えた。
「デルマ様、お誕生日本当におめでとうございます」
「きゃあ、ありがとうレイ!」
侍女に飛びつき喜ぶ様は、とても無邪気な子ども。結婚が認められる年齢になったというのに、デルマは相変わらず天使のように無垢で素直だった。
「最初は心細かったけれど、あなたのおかげで毎日が楽しくて快適よ」
錆色だと馬鹿にされていた髪も、今や艶めく真紅の絨毯のように滑らかで、それがレイの手により今日は繊細に編み込まれている。白磁の肌とのコントラストが見栄えよく、アルビノの瞳もいつも以上に神秘的に輝いていた。
「そんな……。あんなにも酷い態度をとってしまった私をお許しくださったデルマ様こそ、本当にお優しい方です。このご恩は、生涯をかけて返していくと誓います」
今やすっかり【天使】に絆されたレイは、ありきたりな色の瞳を潤ませながらデルマを見つめる。
当初アンダールの令嬢の専属侍女となったことで、家族から非難を浴びた。それを知ったデルマはリバーシュに掛け合い、彼女には莫大な「特別手当」が支払われたのだ。
レイの父が治める領地が大変な冷害に見舞われていた時期と重なり、その資金で彼女は一族を救った救世主として己の立場を上げ、馬鹿にされていた姉たちに一矢報いるかたちとなった。
レイはそれを偶然だと思っているが、デルマはすべてを知った上でリバーシュに進言していた。そしてまた彼も、その願いをあっさりと聞き入れ、事態はすんなりと収束した。
しかもレイだけではなく、デルマは似たような手法で次々と使用人たちの不満や心配事を解決していき、結果としてただ可愛らしいだけの天使という不名誉を見事に払拭してみせたのだ。
(他人の心を掴むのが、こんなに簡単な作業だとは思わなかった)
そこには特に心はなく、ただ自分が住み良い環境を整える為にやったというだけ。資料、新聞、信ぴょう性のないゴシップなど、それらに目を通して周囲を観察していれば、大体のことはうまくいく。
デルマ・マリーウェルシュは十五になっても、いまだに感情という不確かなものを学ぶ術は身についていない。
プシュケもデルマも似たようなもので、かたちは違えど『虚構の天使』であることに間違いはなかった。
「そんな大げさに言わないで、もっと気軽にお付き合いしましょうよ!」
「ですがデルマ様は、いずれこの屋敷の奥方様となられるのです。私などとは、身分が違い過ぎます」
「身分、かぁ。大した差はないと思うけれど」
むしろ、レイの方が恵まれた幼少期を過ごしてきたはず。家畜同然の暮らしを経験した貴族の娘など、国中を探してもいないのではないだろうか。
(だけど、もしかしたら案外見つかるかも)
過去の自分を思い返しながら、彼女はそこにぼんやりとまだ見ぬ誰かを重ねた。
「まぁ、いいわ。とにかく私は、今後もあなた以外に専属侍女を任せるつもりはないから、よろしくね!」
「……はい、謹んでお受けいたします」
特段、レイだけを特別大切に思っているわけではない。ただそうした方が扱いやすいし、またいちから他の侍女を懐柔するのも面倒だというだけの理由。
眼前の天使が冷然的な思考の持ち主であるとは夢にも思わないレイは、潤んだ瞳のまま深々と首を垂れる。そんな彼女の頸を見つめながら、他人の感情を変えるのはこんなにも容易いのに、なぜ自身のそれは上手く操ることができないのか、内心首を傾げた。




