穏やかな夜、スコーンを頬張りながら
そうして、同夜。リバーシュの自室にて、デルマは身振り手振りを交えながら昼間の出来事を話して聞かせた。
「好きにしろ」
当然、彼の反応は薄い。黒衣を脱ぎ捨てたリバーシュは溜息を吐きながら、束の間の休息を邪魔する小娘に一瞥をくれた。
ここ最近戦争の回数は激減し、形だけの和平を保っている。勝利に貢献した【邪神】への感謝は薄れ、現在はただの目障りな成り上がり貴族と裏で囁かれていた。
味方であろうと容赦なく見捨ててきた彼は、帝国の人々からも多く恨みを買っている。戦さという名目があれば簡単に剣を取れたが、場外ではそれが難しい。
本来臆病であるリバーシュにとって、今自分が置かれている立場は苦痛以外の何者でもなかった。
「リバーシュ様は、どんな料理がお好きですか?」
「口に入ればなんでもいい」
「あら偶然、私と一緒ですね!」
デルマは足をぱたぱたと遊ばせながら、持参したスコーンを頬張る。この部屋には無駄なものが置かれていない為、小腹が空いても水を飲む他に選択肢がない。そこで彼女は、自ら持ち込むことにしたのだ。
「お前は、相変わらず変な女だ」
こんなにも適当な答えに腹を立てない令嬢は、彼女以外に帝国中を探しても簡単には見つからないだろう。リバーシュは彼女を知れば知るほど、デルマがただ甘やかされて生きてきたようには思えなかった。
「そういえば最近、私のことを『貴様』とは呼ばなくなりましたね」
特に深い意味はないが、なんとなく思ったままを口にした。
「気に入らないのならば、戻してやろうか」
「どうせなら、名前で呼んでいただけませんか?」
手に取った六個目のスコーンを皿に置き、彼女は期待に満ちたアルビノの瞳でリバーシュを見つめる。
「いずれ夫婦になる間柄ですし、いい機会ですからもっと仲を深めましょう!」
「……お前の話は、どれも唐突過ぎる」
先ほどまで好きな食べ物の話題だったはずが、一体どこで方向が変わったのだろう。リバーシュは長い前髪を掻き上げながら、不機嫌そうに眉を寄せた。彼が話すたびに、頬に深く刻まれた古傷が小刻みに震えている。
「ですからお前、ではなく!デルマ、とお呼びください!さぁ、遠慮なさらず!」
ずいと顔を近付けるデルマと、さっと避けるリバーシュ。
「遠慮しているわけではない」
「では、照れているとか?」
「黙れ、調子に乗るな」
威嚇されても、強い口調を投げられても、ちっとも怖くない。元からこの【邪神】に恐怖を感じたことなど一度もないデルマにとっては、どんなに威圧されようが無意味だった。
「たかが名前を呼ぶだけなのに」
「そう言うなら強要するな」
「まぁ確かに、無理強いはよくありませんよね」
言われてみれば、呼ばれ方などどうでもいい。ただ漠然と、夫婦はそういうものだと考えているだけ。いつだった読んだロマンス小説のように、好いた男性から名前を呼ばれるだけで胸が高鳴る、という現象とはデルマには無縁だった。
「今後も、リバーシュ様のお好きなように呼んでください」
執着のない彼女は、あっさりと引き下がる。
「ですが、どんな呼び方でもこの私以外を呼び寄せてはいけませんよ!」
「なぜお前に指図されなければならない」
「なぜって、一般的にはそういうものだから」
質問返しをされる想定はしておらず、彼女は再び首を捻る。相手を名前で呼ぶことにしてもそうだが、デルマ自身の感情ではなく「みんながそうである」という理由以外に答えられなかった。




