天使な令嬢の呑気な一幕
そのうち足の傷もすっかり治り、覚束ない歩き方ではなくなったデルマ。リバーシュの前ではつい仮面が剥がれがちであるが、彼女はそれ以外では徹底して『天使』の真似事に励んでいた。
「まぁ!今日の人参のスープ、いつもよりおいしい!」
「ありがとうございます、デルマ様。採れたての新鮮な野菜が手に入りましたので、腕によりをかけました」
「今まで苦手だったけれど、これなら食べられそう」
アンダールの人間に料理の良し悪しなど分からない、と不満を溢していたシェフたちも、今やすっかり彼女に心を許している。
ほとんど食事を摂らないリバーシュとは違い、なにを出されても嬉しそうに頬張る姿は素直に可愛らしい。あれやこれやと質問をして、答えるたびに大げさに驚いてみせる。トルスタンの腕利きシェフはさすがだと褒められれば、彼らも悪い気はしない。
部屋での食事がいつしか食堂となり、デルマは堂々と振る舞いながら美味しい食事に舌鼓を打っていた。
「ふん、なによあいつら。でれでれと鼻の下を伸ばしちゃってさ。ちょっと見目がいいからって、簡単に騙されて恥ずかしいったら」
「本当よね。アンダールにろくな人間なんていやしないのに」
「なにが【天使】なんだか」
それでもやはり、まだ彼女を敵視する声の方が確実に大きい。国同士のいざこざはデルマに関係ないことであるが、アンダールの兵に家族や近しい者を奪われた使用人たちにとって、そう簡単に受け入れられるものではなかった。
(悪口を言われたら、怒るのが正解なのかしら)
これ見よがしに色々と言われても、どうするべきなのかいまいち分からない。プシュケならば絶対に許さないだろうが、それはあくまで裏の顔。喜怒哀楽の欠如した彼女にとってまったく気にならないのだが、とはいえ使用人に舐められたままというのもよろしくないのだろう。
「ご馳走様でした。今日もおなかいっぱい、幸せ」
コルセットの締めつけも、デルマの旺盛な食欲には敵わない。マリーウェルシュの家では常に飢えていた為、当然のように出てくる温かな食事をついたらふく腹におさめてしまう。
「年頃の令嬢が、卑しいったら」
「このまま食べ続けていたら、いつか屋敷の食糧がなくなるよ」
毎回ここぞとばかりに言われるのだが、本能には抗えなかった。
「ねぇ、レイ?」
「いかがなさいましたか?」
「私、自分でもなにか作ってみたいわ」
食後の散歩中、デルマはふとした思いつきを口にする。郷土料理のレシピ集くらいは目を通したことがあるし、案外簡単にできそうな気がする、と。
(いつか追い出された時の為に、料理くらい覚えておいて損はないよね)
幸い今は潤沢過ぎるほどに食材があるのだし、リバーシュの気が変わらないうちに少しは自活力を身につけておこうと思い立った。
「わざわざデルマ様が料理をなさる必要はないかと」
レイ自身も、そこそこ良家の出身。本来身の回りの世話などは使用人がすべきとの考えであり、将来嫁入りしたとしても料理などする気はさらさらなかった。
「ちょっとした思いつきだから、そう言わないで付き合ってくれない?」
「ですが、万が一怪我をするようなことがあれば……」
「大丈夫よ、足だってほら。今はもうなんともないのだし」
山吹色のドレスをほんの少したくし上げてみせると、途端にレイの顔が曇る。この話題を出されてしまうと、彼女には従うより他に選択肢がなくなるのだ。
「リバーシュ様には私から許可を取るから、キッチンにはあなたが話を通してほしいの」
「かしこまりました、そのようにいたします」
内心、面倒だと思いながら彼女は承諾した。デルマに恩があるとはいえ、アンダールの出身だという点ではまだ反発心がないわけではない。
「ありがとう、レイ!やっぱり、あなたって頼りになるわわね!」
無邪気な笑顔で抱きつかれると、途端に毒気を抜かれてしまう。本来ならデルマはどんな我儘も許される立場にあるのだが、レイが彼女に横柄な態度を取られたことはまだ一度もない。
「上手くできたら、きっとレイにも食べさせてあげる!」
「……ありがとうございます、楽しみにしております」
るんるんと足を踊らせながら歩みを進める主人の隣を歩きながら、内心「ど素人の料理は食べたくない」と思うレイはデルマよりもよほど生粋のご令嬢であるのだった。




