目を逸せないのは、ただ物珍しいからというだけ
「お前は、なぜこの国へ来た」
リバーシュは不遜な態度に眉を顰めるでもなく、普段通りの濁った声で尋ねた。
「それは、お父様に言われたからです」
「死んだ姉の代わりを務めろと?」
「ええ、その通りです」
「さぞ絶望しただろう」
その瞬間、アルビノの瞳にぱっと光が灯る。本来の自分など、存在しない。ただ流れる時間に、揺蕩うだけの日々。そこに差し込んだ輝きは、彼女の人生を一変させた。
「いいえ、むしろ逆です!」
知識も教養もない家畜同然だったデルマは、実に人間らしく成長した。プシュケを真似ることで、姿形だけは一丁前に。
「あの時は、本当に嬉しかった!」
少なくともデルマには、自身のこの感情が本物に見える。
「だって生まれて初めて、自分で考えたんです!こうしよう、ああしよう、それも、あれもって!だけどやり方が分からなかったから、姉をお手本にしました。私と違ってみんなから愛されていたから、たぶん正解なんだろうなって」
とても嘘や嫌味を口にしているようには見えない、純粋な表情だった。
「それからあなたに出会って、私は雷に打たれました。人は本当に感動するとこんなにも心が震えるものなんだと、身をもって知りました」
「ただ恐怖に支配されていただけではないのか」
「さすがの私でも、恐怖と感動の違いくらいは分かりますわ」
ふんと顎を突き出して見せたが、そう言われてみれば確かにそうだと納得もできた。初めての体験なのだから、どんな言葉が当てはまるのか正解は導き出せない。
「とにかく私は、自分の意思で希望を持ってここにやって来ました。それだけは事実です」
「では、今は?」
「今、ですか?」
鋭い光を放つ金瞳に、デルマ姿が映る。予想外の質問に、彼女は何度も瞬きを繰り返した。
「腹を立てたことなど、一度もないと言ったな」
「それは、はい。言いました」
「お前は俺に期待を裏切られ、それに対し不快感を感じたからこそ、今夜は訪ねてこなかった。違うか?」
「不快感……」
彼女その言葉を、ゆっくりと噛み締めるように反芻する。あの晩からずっと、考えても考えても答えが出ないまま。そのうちに疲れてしまったから、もうリバーシュの部屋を訪ねなくてもいいかな、などと思ってしまった。
(幻滅、失望、期待外れ。辞書で調べたから、意味は分かってる)
改めて並べてみても、しっくりこない。
「まぁ確かに?天下の【邪神】ともあろうお方が、自ら麻痺毒を飲んで恐怖を紛らわしているなんて、不思議というか本末転倒というか。そんなに嫌なら行かなければいいのに、なんて思ったり思わなかったり」
「……この俺にそんな口を聞くとは、いい度胸だ」
「ご自分で臆病者だっておっしゃったんですよ?怖いわけないじゃありませんか」
大体最初から、微塵も怖がっていなかっただろう――。彼のじとりとした視線から、そんな台詞が滲んでいる気がした。
「ですが、本当に不思議です」
デルマはまんまるとした瞳のまま、ずいっと顔を近付ける。不躾にリバーシュのテリトリーに踏み込み、顔の傷を見つめた。
「こんなに立派な勲章をお持ちなのに、臆病だんて信じられない」
「勲章?この醜い傷がか?」
「人は普通、刃を向けられたら反射的に顔を背けるはずでしょう?それを堂々と受け止めているのだから、皇帝から叙勲を賜る以上の栄誉があると私は思いますけれど」
その言葉に、リバーシュの表情が歪んだ。普段見せる威圧的なものとは違う、どこか後悔を滲ませたような瞳。
(傷の話をすると、なんだか悲しそうに見えるのは気のせい?)
彼女にとっては、心からの憧れ。アレクサンダーから受けた見るに耐えない腹の傷とは、天と地の差がある。布で覆ってしまうなんてもったいない、いつでも見せつけていればいいのにと本気で思っている。
「やっぱりリバーシュ様は、その傷を含めご自分のことがお嫌いなのですか?」
「なぜそう思う」
「私だったら、もしも自分が【邪神】と呼ばれたら思わず笑ってしまうくらい嬉しいのに、リバーシュ様はいつも険しいお顔をなさっているから」
いつまでも凝視されているのが不快で、彼は逃れるように顔を逸らした。唯一無二のアルビノは、腹の底まで探られている感覚にさせられる。
「俺には、お前の方が異常に見える」
「具体的におっしゃってくださらなければ、分かりません」
「普通の人間は【邪神】と呼ばれても、嬉しいとは感じない」
「それはリバーシュ様も?」
「当然だ」
ここまで話すつもりはなかったと、リバーシュは思わず口を噤んだ。そもそもにして、自分はなぜわざわざこの少女を部屋に招いたのか。感情に蓋をして生きてきたこれまでの人生を、根底から崩されそうで腹が立つ。
関わらなければいいと頭では理解していても、どうしてかそれができなかった。




