落胆、という言葉が頭を過ぎる
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崇拝していた【邪神】の真実を知ったデルマは、その日から数日の間まるで抜け殻のようにぼうっとした時間を過ごしていた。
この屋敷には目を楽しませる綺麗な花などなく、侵入者を確実に知らせる為に敷き詰められた砂利を、窓辺に座ってただ見下ろしていた。
「デルマ様、そろそろご夕食の時間となりますがいかがいたしましょうか?」
「ああ、うん」
「いつも通り、部屋にお運びしてもよろしいですか?」
「そうね」
生返事ばかりの主人に、レイも煩慮がつのるばかり。怪我の一件で彼女に庇われてからというもの、レイの態度は一変した。アンダールの人間は変わらず嫌いだが、デルマには一目置いているのだ。
「やはり、リバーシュ様となにか……」
つい言いかけて、すぐに口をつぐんだ。
「申し訳ありません、口が過ぎました」
「ねぇ、聞きたいのだけれど」
そんなことは気にも止めず、デルマはアルビノの瞳でレイを見上げた。
「あなたの目に、私はどう映ってる?」
「え……?」
「不自由なく愛されて育った辺境伯家の令嬢?それとも、豚小屋で暮らしてきた化け物かしら」
質問の意図が分からなかったが、予想外の二択に彼女は思わず声を荒げて否定する。
「まさか、デルマ様が化け物だなんて!そんな風に思う人間は、どこにもいません!」
「あら、どうして?」
デルマは、純粋に疑問だった。天使と化け物の、明確な違いとはなんだろうか、と。
「デルマ様はとてもお優しく、寛容な方です。慈しみ愛されて育ったからこそ、他人に愛を注ぐことができるのだと思います」
「では、愛されなかった人間はどうなるの?」
「……個人差はありますが、前者に比べどこかが歪んでしまうのかもしれません」
レイは自らを見透かされているようで、驚きに目を見開いた。デルマの予想通り、彼女はそこそこの貴族の令嬢であるが姉たちに比べ出来の悪い五女の為、ほとんど見放されていた。
恐ろしい【邪神】の屋敷に勤めているのも、一矢報いようという意地だった。先の一件で解雇されなかったことは、彼女にとってとても大きな恩となっていた。
「みんなから愛されていたのは、私じゃなく姉なの」
「ですがデルマ様は、素晴らしい方です」
「そう、なのかしら」
(プシュケは、素晴らしかった?)
アレクサンダーの玩具としてしか生きる道のなかった自分は、確かに普通ではない。けれど、なに不自由のない暮らしをしていたプシュケやアレクサンダーが善人だったかと言われると、それもまた違う。
ということは、あの二人も人には分からない苦悩を抱えていたのかもしれないと、デルマは思う。これは同情や優しさではなく、ただ俯瞰的に見てそうだと考えただけ。
今目の前に昨日焼いたパンを出されたとして、デルマにとってはご馳走だがプシュケたちにとっては違う。生まれ育った環境や両親、思想や性質などによって考え方は千差万別で、満ち足りているかどうかは本人にしか分からない。
「変な質問をして、ごめんなさいレイ」
「……私などでよければ、いつでも話し相手になります。ですから、おひとりで抱え込まないでください」
そう口にする彼女の表情に、嘘は見られない。初対面ではあんなにも嫌悪感を露わにしていたというのに、たった数ヶ月でこうも態度が変わるとは。
可哀想だと見下されても、一向に構わない。今のデルマにとっては、それが不快だという感情を生み出すことはできない。プシュケを真似て、それらしく振る舞うのは容易だが。
「とりあえず、夕食を食べましょう」
「はい、すぐに準備いたします」
レイは本当の主にするように、恭しく礼をする。踵を返すよりも先に、デルマに呼び止められた。
「それから今夜は、普通の夜着にしてくれる?」
「……よろしいのですか?」
「ええ、もうずっとそうでも構わないくらい」
だんだんとどうでもよくなってきて、再び窓外に視線を移す。あんなにも焦がれていた想いが、今は不思議なほどに萎びている。
本を読むのは好きだが、感情については苦手。いくら慮ったところで、答え合わせなどできやしないのだから。
「かしこまりました、今夜はそのようにいたします」
静かに部屋を去っていくレイに意識はいかず、デルマは頭を空っぽにしているようで無意識のうちに自身の頬に触れていた。
醜くただれたあの傷を再現するように、細い指でなぞる。そんなことをしたところで、彼女の頬に傷がつくはずなどなかった。




