【邪神】とは、そうあらねばならない
そんなことがあってから、約十日が過ぎた。医者が目を見張るほどの驚異的な回復力で、壊死しかけていたデルマの足は色を取り戻していく。もとより痛みには鈍感であったが、歩く時に力が入らないのが不便だった為彼女も素直に喜んだ。
が、この長い間リバーシュは屋敷に戻らず当然夜の訪問もなし。コリンの話ではただの定期的な登城らしいが、理由などどうでもいい。
脅してまで夜の時間をもぎ取ったのに、怪我だ仕事だとなにかしらの理由をつけて会ってくれない彼が、憎たらしくてたまらない。
(こんな気持ちになるのって、初めて)
ほとんどのことを「まぁいいか」で済ませてきた彼女にとっては、誰かを思いやきもきとした気分にさせられた経験などない。多くの時間をともに過ごしたアレクサンダーも、デルマにとってはただそこにいるという認識でしかなかった。
リバーシュのように、強烈な吸引力で引き寄せられる人間などきっと他にはいない。
数度のノックの後、特に返事もなく扉が開く。彼女はそれを許可だと受け取り、部屋の中へと足を踏み入れた。
格好はもちろん、レイに用意させた深いスリットの夜着。包帯の巻かれた足が、これみよがしにさらけ出されている。
「リバーシュ様、やっとお会いできました!」
「相変わらず騒々しい」
デルマは飛びつかんばかりの勢いだったが、リバーシュは普段と変わらず嫌悪した表情で彼女を一瞥する。それでも毎度応対はする辺り、意外と律儀な性格なのかもしれないと思う。
(薬の件で脅しているからかもしれないけれど、そもそも知られたからって動揺するような人に見えない)
「リバーシュ様は相変わらず、とても素敵なお顔をしていらっしゃいます!」
アルビノの瞳を輝かせるデルマに、彼が答えることはなかった。日中必ず身につけている漆黒の外套や顔当ては外され、頬に走る大きな傷痕が露わになっている。
それを見るたびに、えも言われぬ衝撃が振盪のように脳を揺さぶる。リバーシュだけに与えられた、誰も真似できない圧倒的な強者の証。
「まず、お礼を言わせてください」
彼に倣い、一人がけのソファに腰を掛ける。
「リバーシュ様のおかげで、大切な足を失わずに済みました。本当に、ありがとうございます」
「嘘を吐くな、白々しい」
深々と陳謝したデルマだったが、彼はそんな言葉とともに退屈げに足を組んだ。
「お前はあの怪我を、俺に近づく手段として用いた。言い出さなければ、治療する気などさらさらなかっただろう」
「……私って、昔から痛みに鈍感で。確かに、あなたの言う通り自分の体をおざなりにしていたかもしれません」
ほんの少し眉尻が下がり、声色が落ちる。
「ですがリバーシュ様も、私と同じなのでは?」
すぐにぱっと切り替わり、デルマは表情を煌めかせた。
「どんなに劣勢でも決して最後まで諦めず、たったひとりになったとしても敵に立ち向かうその姿勢!死という恐怖をものともしない鋼の精神は、誰にも真似できません!」
まるで戦神を崇めるかのように、両手を胸の前できつく握り締める。戦場という名の地獄は、文字として起こされたものしか目にしたことがない。いつか体験してみたいと、そんな馬鹿げた考えさえ湧き起こる。
その場に立たされた自分は、一体どんな感情を抱くのだろうという好奇心が、デルマの心臓を揺さぶった。
「お前は、俺が死を厭わない人間だと思っているのか」
「ええ、もちろん!」
「なぜそうだと?」
質問の内容が想定外だった為に、彼女は首を傾げる。
「だって、死ぬことを怖がっていては誰にも勝てませんわ。手足が斬り落とされようが、親が目の前で殺されようが、そんなことに気を取られているようではとても【邪神】とはいえません」
「……ほう」
それは誇張や去勢ではなく、純粋な思考だった。
「その点リバーシュ様は、本当に素晴らしいです!ただぼんやりと毎日を過ごしているだけの私とは、大違い。どうすればあなたのようになれるのか、ぜひお話しを聞かせていただきたいのです!」
何度か足を組み替えていたリバーシュは、ぴたりと動きを止める。目を伏せながらも、何重にも包帯の巻かれた足を、躊躇いなくさらけ出すデルマに、ちらりと視線を向けた。
以前から、何度も彼女のそういった場面を見た。首を絞められても、平気な顔で笑う。落馬をしてもすぐに立ち上がり、足を失いかけても怖がる様子すら見せない。
僅かな薬の残り香に気付いたのも、やはり偶然ではない。なにも考えていないような莫迦のふりをしているが、彼女を知れば知るほどそれが巧妙な擬態だと思えてならなかった。
「先に言っておく」
「はい!」
どんな鮮烈な話が聞けるだろうと、わくわくしながら肩を上下させるデルマは、次の瞬間瞬きを止めた。




