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莫迦の真似事ー化け物少女は、無慈悲な邪神の妻となるー  作者: 清澄 セイ


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32/37

彼女は本物の【天使】である

「手を煩わせてしまって、申し訳ありませんでした」

「……いえ」


 まるで虐殺者でも見るような視線で、終始治療を施していた医者が帰った後。デルマは彼に向かって、申し訳なさげに謝罪する。


 彼女の足は、ただ軟膏を塗られている様子だけでも痛々しく、コリンのみならず専属メイドとしてデルマの世話をしているレイも顔面蒼白で終始俯いていた。


「なぜ、おっしゃっていただけなかったのでしょうか。やはり我々トルスタンの人間は、信用ならないと?」

「まさか!そんな風に考えたことは、一度もありません!」


 デルマは本心から、強く首を横に振る。彼女に、信頼という概念は存在しない。


「ただ、大したことだと思わなかっただけです」

「これが、ですか?」

「見えない場所だし、構わないかと」


 この場に居合わせた誰もが、そういう問題ではないと口をついて出そうになった。医者の話からも、その見た目からも、耐えうる痛みではないと容易に想像がつく。


 リバーシュほどではないが、コリン自身も戦ではそれなりの場数を踏んでおり、手足を腐らせ痛みに悶えながら命を落としていった仲間たちを、何人も目の当たりにしてきた。


 厳しい訓練を受けてきた屈強な男でさえ、痛みには敵わない。ましてやデルマのような少女ならば、泣き叫んでも不思議ではないというのに。


「心配ありませんよ、リバーシュ様はあなた方を咎めたりしません」

「そういう問題では……」

「もし怒られたら、ぜんぶ私のせいにしてください。言わなかったのは、私の意思ですから」


 口にした後、少し嫌味っぽかったかしらとデルマは反省した。どれだけプシュケを演じることに長けていても、相手の心の機敏を汲み取るのは難しい。


(痛いも悲しいも腹立たしいも、私にはないから)


 本物のプシュケは、常に感情で生きているような女の子だった。怒って笑って泣いて、アレクサンダーをうっとりとした表情で見つめて、デルマが邪魔だといつも憎しみをぶつけてきた。


 ただ真似るだけなら簡単だが、それは他人の皮を借りているだけ。本当のデルマは、もうとっくに消えて溶けているような感覚だった。


「とにかく、気になさらないでください。あ、ですがリバーシュ様には、絶対安静だと言われたことはくれぐれも秘密にしてくださいね?せっかくの顔を合わせる貴重な機会が、減ってしまうと嫌なので」

「貴重な、機会……」


 コリンは先ほどから、どういう反応が正解であるのか混乱してばかりだった。本来、主人の婚約者の重篤な怪我に気付かなかった失態は、手足を切り落とされても不思議ではない失態だ。


 けれど、リバーシュ自身がデルマという存在を拒絶し軽んじていた。加えて彼女は、元敵国からやってきたいわゆる《人身御供》であり、純粋に夫人として扱うにはあまりに立場が悪過ぎたのだ。


「申し訳ありませんでした、デルマ様」

「えっ?」

「言い逃れのしようもない失態です。主の婚約者というお立場の方に、このような怪我をさせてしまうとは」

「私が勝手に馬から落ちただけです」

「それでも私は、あの場におりました。もっと気を配るべきだったと、今さらですが深く後悔しています」

 

 デルマは、深々と陳謝するコリンの腕にそっと触れる。顔を上げた彼と視線が絡むと、アルビノの瞳を柔らかく細めた。


「私は、このお屋敷に来られただけで幸せです。お姫様のようにちやほやされたり、貴賓のように丁重に扱われたいわけではありません。こんな私でも、自分の立場は分かっているつもりですから」

「デルマ様……」

「ですが心配していただけるのは、とっても嬉しいですわ」


 いつもプシュケがそうしていたように、立ち場のある男に媚びる。決して【天使】のイメージが崩れてしまわぬよう、あくまで純粋な少女を装いながら。


 生真面目で頭の固い彼は、派手好きな令嬢も媚を売る娼婦も毛嫌いしている。けれどその反動か、女性の裏表を見抜けぬ騙されやすい男でもあった。


 か弱く他力そうに見えるデルマの、芯の強い一面。そこに潤んだ瞳と薔薇色の頬が加われば、これまでの評価が覆るのは軽石を裏返すくらいに容易いことだった。


(リバーシュ様に感じる気持ちと、全然違う)


 びりびりと肌を焼かれるような殺気と、今にも射殺されそうな鋭い眼光。きっとこの人は世界で一番強いのだと、そう思わせる圧倒的な雰囲気。


 振る舞いがどれだけ非道で理不尽だろうが、それは彼女にとって些細なことに過ぎない。


 私もこんな風になれたらと、憧れの感情は日に日に膨らんでいくのだった。

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