憎しみに満ち溢れた出迎えの儀
道中から前途多難な旅であったが、そうして辿り着いたウェルガムンドの屋敷ではさらに悲惨な待遇がデルマを待ち受けていた。
足の怪我も満足に治らず、ひょこひょことした不恰好な歩き方。彼女が落馬した事実を知らない屋敷の使用人たちの目には、それがまるで小馬鹿にしているような仕草に見えてしまい、皆一様に冷ややかな視線を投げた。
先の戦争で、アンダール王国の評判は最悪。か弱い女子どもから率先して狙うこの国の兵士に、誰もが嫌悪を抱いていた。自分の家族を殺された者も多数いる中で、元は敵である国の令嬢を歓迎する人間などいない。
形だけの友好条約など、誰ひとり納得していなかった。アンダールなど根絶やしにしてしまえばいいものをと、特に戦に加わらなかった者たちはそう考えている。
帝国側にとっても瀬戸際に掴んだ勝利であり、そんな余剰は残っていなかったことを、皇帝は公に公表していないのだから。
「まぁ、素敵なお屋敷ですこと!マリーウェルシュとは違って、荘厳で知性的な雰囲気ですね」
デルマは凍てつく視線を跳ね飛ばしながら、覚束ない足取りで屋敷を巡る。
(このまとわりつくような重々しい雰囲気は、リバーシュ様と一緒だ)
首をぐるりと一周回しただけでは到底見切れぬほど、広大な敷地。わざと生い茂らせた草木と、デルマより何倍も高く頑丈な塀。目を楽しませる為の装飾はなく、要塞という言葉がぴたりと当てはまるこの屋敷。
ぐうっと腰を反らしながら遥か上を見上げると、幾つもある塔からそれぞれ大砲の砲門が覗いているのが見える。
ここは首都中心部でもないのに、なぜこれほど迎撃体制を取る必要があるのだろうと、デルマは上を見上げたまま首を傾げた。
「……マリーウェルシュからの使用人が見当たりませんが」
自己紹介すらされない為定かではないが、執事長だろう初老の男が怪訝そうにデルマに質問を投げかける。
「まさかおひとりでいらっしゃったわけではありませんよね?」
通常、たとえ人質としての扱いだろうと辺境伯令嬢がお付きのメイドすら連れていないなどありえない。のだが、ついこの間まで家畜と同等の扱いしか受けていなかった彼女に、専属メイドなどいるはずがなかった。
「ええ、私ここではすべてウェルガムンドのしきたりに従う覚悟でやってまいりましたから。アンダールの人間は、この私デルマ・マリーウェルシュただひとりで十分だと判断いたしましたの」
彼女の雰囲気は柔らかく、周囲を慮るような口調でそう言った。アンダールの人間というだけで不快感を示されることを受けいれ、それに配慮しているかのように。
(本当は違うけれど、まぁ似たようなものでしょう)
当の本人は、悪びれもなくけろりとしていた。
「こうしてアンダールの皆様とお会いできたことを、とても嬉しく思います」
「……私どもは、ただの使用人でございます」
「今後ゆっくりと時間をかけて、一人ひとりとお話しができたらと」
「必要ありません」
ぴしゃりと拒絶され、それ以降は目も合わされなかった。義務としてこの場に整列していた者たちも、蜘蛛の子を散らすように去っていく。形だけの出迎えにさえ、当然のごとくリバーシュの姿はない。
(早く、あの方にお会いしたいなぁ)
彼にしか醸し出せない、心臓を握り潰されているような圧迫感。己の感情的に任せ暴力を振るうアレクサンダーとは、雄の格がまったく違う。
狭い豚小屋で暮らしていたデルマは、ただ食べられるその時を訳も分からず待つだけの日々を過ごしていた。生まれて初めて外の世界へと放逐された彼女は、たとえそれがさらに肥え太らす為だったとしても楽しくてたまらなかった。
これからデルマに待ち受けているのは、幸福な結婚とは真逆の辛い毎日だろう。むしろそれを待ち侘びてすらいる自分は、本当に化け物なのだと彼女は思う。
(だったらそれらしく、ぜんぶ食らい尽くしてやる)
ルビーレッドに輝く髪を靡かせながら愛らしく微笑むその姿は、正に天使という表現にぴたりと当て嵌まっていた。




