美しい悪魔は、人形を愛する
アレクサンダー•マリーウェルシュは、デルマの異母兄である。ブルネットの髪と瞳は自信に溢れ、精巧に創られた美しい顔立ちと、トルソーのようにしなやかな体つき。加えて由緒ある辺境伯家の正式な嫡男であるという、完璧な出自を持った若男。
そんな彼がデルマと出会ったのは、まだ六歳の頃。産まれたばかりの赤子を初めて目にした時、それが本当に生きているのかを確かめたいと、本能的な欲求に駆られた。
アレクサンダーは、美しく舗装された道の上をただ歩くだけの人生がつまらなくて仕方がなかった。それがデルマという異分子により、少しずつ変化していく。
『殺さなければ、何をしようがお前の自由だ』
父親から、正真正銘の生ける人形をプレゼントされるなど、そうあることではない。誰も真似できないような刺激的な体験をしたアレクサンダーは、まだ幼かったデルマに特注の首輪を嵌めた。
そして、これまでは理性が邪魔をして躊躇っていたあらゆる実験を、彼女に対して施した。それは当然、誰にも内緒の非人道的な行い。
事典でしか見たことのなかったものが、実際に目で見て手に取れる。殺さないという制限を煩わしく感じる瞬間もあったが、逆にそれが自身を試しているようで心が昂った。
人前では優しく清らかで、どこまでも美しい好青年。その裏では、デルマを玩具として扱うサイコパス。
初めて出会ってから今日に至るまで、二人の関係性が変わる瞬間などなく、デルマはいつしか感情を捨てたのだった。
「今年も、お前に素晴らしい誕生日のプレゼントをやろう。この俺が自ら手に取り選んだんだ、感謝しろ」
強引に首輪を外されたと思ったら、すぐに別の首輪が嵌められる。これが、毎年恒例の行事となっていた。
デルマが十四歳、アレクサンダーが二十歳。彼は二年前から本格的に父親に付いて領地経営を勉強しており、半年後には結婚式を控えている。相手は、他国の美しい第四王女であった。
「おい、礼のひとつも言えないのか?」
「……」
「この、生意気な豚め……!」
先ほどまで彼女が身に付けていた首輪を、思いきり投げつける。新しいそれとぶつかり、鈍い音を立てた。
「しゃべるなって、いったから」
「はぁ、馬鹿はこれだから」
「……」
デルマには、知識も教養も何もない。ふと気付いた時には、腕に真っ赤な木炭を押し付けられていた。
熱い、やめて、と発したくとも、言葉を知らない。服を着ること、排泄の仕方、食べものは皿に乗っているのが当然で、普通の人間は這いつくばって兄の靴を舐めたりしないと、彼女はずっと知らなかった。
知らないから、分からないから、ただ受け入れるだけ。痛みも苦しみも、いずれは慣れた。デルマは異常なほどに体が強く、心を持たない正に操り人形なのだ。
十四年経った今も知能は向上せず、ただ黙ってアレクサンダーを見上げるだけ。色のないまっすぐなアルビノの瞳は、彼の神経を逆撫でする最たるものだった。
「見るな」
「はい」
「いや、逸らすな」
「はい」
アレクサンダーの行動は理不尽極まりなく、デルマは振り回されてばかり。だが、ただの一度も反抗したことがない。
(あたらしいくびわ、ちょっといたい)
それに触れる彼女の指先は、すらりとしなやかで美しかった。
「……この、化け物が!」
アレクサンダーはぎりりと奥歯を噛み締め、固く握った拳を躊躇いなくデルマの顔面に振り下ろす。こうすると自身の手が汚れると分かっていても、どうしようもない苛立ちをぶつけずにはいられない。
痛めつけても痛めつけても、デルマはデルマ。気を抜けば魅入られてしまいそうなその魔性性が、憎くて堪らない。いっそ殺してしまいたいが、それを父が許してくれない。どこぞの娼婦と作った子など、どうなろうが構わないだろうに。
興味を持てない女との結婚も、刺激のない領地経営も、張りぼてのような家族も、すべてがつまらない。ただひとつ、デルマを好き勝手に扱っている瞬間だけ、生きているのだと実感できる。
アレクサンダーは、二十歳になっても人形遊びがやめられない可哀想な男であった。