邪神と悪魔が集う時
立て続けの訃報に、さすがのアドルフも表立ってデルマの婚約話を進めることは自重していた。アレクサンダー自らの申し出により彼の結婚式も先送りにされた為、彼は婚約者である第四王女に何度か手紙を認めた。ぐちぐちと不満を口にされぬよう、純粋な愛の言葉を並べたてて。
妹と母の死を利用し、デルマを引き止める。綿密に練られた計画というほどではなかったが、母に「本物のプシュケがあの世で嘆いている」と耳打ちする程度には、事が上手く運ぶように仕掛けておいた。
周囲からの同情も誘い、悲劇の主人公を演じる。第四王女も、アレクサンダーによく思われたいが為に内心の不満を隠し、私のことは気にしなくていいからと、理解のあるふりをした。彼女の父である王もその意見に傾倒しており、結婚式はまんまと延期された。
そうしてこのまま、少なくともあと半年はデルマとともにこの屋敷に留まるつもりだった。その間に再度調教を施し、今度こそ完璧に誰が主人であるかをその身に刷り込んでやるはずだったというのに。
ユリシアが愛しい娘の元へと旅立ってからまだ十日と少し、
「あっ、お迎えが来たわ!」
デルマは無邪気な声色と可愛らしい笑顔で、アレクサンダーの思惑をすべてぶち壊す台詞を口にした。
地面を力強く蹴り上げる流麗な雄馬に跨るのは、ひと目で「普通」ではないと分かる偉丈夫。
被り付きの上張りを見に纏い、さらに顔の下半分を黒い布で覆っている。頭の天辺から足のつま先まで、全身が漆黒に包まれたその男は、無遠慮に屋敷に踏み入った。
使用人たちは見て見ぬふりをしたり、思わず凝視したり、異形のものに遭遇したような表情を浮かべる者もいた。
「デルマ……。お前、一体なにをした?」
真っ白なドレスの裾を翻し、螺旋階段を軽快な足取りでたたっと降りていく彼女を、アレクサンダーが階下で引き止める。乱暴に引いた手首は以前よりも太く張りがあり、それすらも癪に触る。
「なにって、未来の旦那様にお手紙を書いただけです」
「手紙だと?」
「ええ、私を迎えに来てくださいって!」
可愛らしく微笑むデルマに、アレクサンダーは訝しげに片眉を上げた。たかだかそんなもので、あの【邪神】がわざわざ出向くはずがない。
プシュケでもデルマでも、どちらでも構わないとほざく打算的で無情な男だ。
「だから言ったでしょう?私は、お兄様の式には出られないって」
デルマは相変わらずプシュケの真似事を徹底していたが、それでも日に日に本物を越しているのは誰の目にも明らかだった。
ただわがまま放題をする莫迦ではなく、彼女は貪欲だ。心や体に受ける感覚や感情、知識や体験などそのすべてを吸収し、学んでいく。自身の中でゆっくりと噛み砕いていく感覚は、デルマに多幸感を与えていた。
(別に、どうしても結婚したいわけじゃないけど)
そもそも、拒否権などない。それがどれだけ残虐無慈悲な人間であり、たとえ嫁いだ初日に殺されようとも。
生まれて初めて屋敷から離れ、外の世界へと足を踏み入れるのだ。それには、相応のリスクを負って然るべきだと彼女は思っていた。




