果たして【化け物】とは誰なのか
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プシュケ・マリーウェルシュがこの世を去ってから、半年後。その隣には、母であるユリシアの墓が建てられた。
彼女は、デルマに対して愛情を抱いてしまった屈辱に、どうしても耐えられなかった。たとえデルマが、まるでドッペルゲンガーのようにプシュケと瓜二つだったとしても。
【地獄へ堕ちろ、化け物め】
くしゃくしゃの紙に乱れた文字で、そう書かれていた。ユリシアの部屋に遺されていたのは、遺書と呼ぶにはあまりに些末なそれ一枚だけ。彼女は真夜中に寝室で首を括って自害したが、気付いたのは朝だった。アドルフはもう随分、夫婦の部屋には足を踏み入れていないのだ。
「縁起の悪いことだ。せめてアレクサンダーの結婚式まで耐えればよかったものを」
アドルフが彼女の亡骸に向けて放ったのは、たったそれだけ。結局この夫婦は互いに自分本位であり、後に残された者のことなど考えてもいない。
「……延期しましょう。さすがに、日が近過ぎます。王女を蔑ろにしていると因縁をつけられては、今後こちらが不利になってしまいます」
「その件は、お前に任せよう」
「分かりました」
アレクサンダーは無感情の父を見下ろしながら、悲しげに眉を下げる。母を嫌っていたわけではないが、心から死を悼むほどの情もない。
「お母様……、どうして……っ」
この家でただひとり辛酸を嘗めてきたデルマが、清らかな涙を流している。墓の上に白い百合の花を備え、コークハットを小さく揺らしながら泣いている。
愛らしい天使が悲しむ様は、周囲の人々の胸を強く打った。死んだはずのプシュケが蘇ったという異様な事態よりも、彼女を慰めたいという庇護欲に駆られる。
極力屋敷外の人間の目には触れさせず【邪神】の元へと嫁がせたかったが、デルマがどうしてもユリシアの葬儀に参列したいと譲らなかった為、渋々了承したのだった。
「妾の子だというのに、誰よりも悲しんで……。よっぽど心が綺麗なのね」
「これまで姿を見たことがなかったが、あれだけの愛らしさであったなら納得だな」
「ああ、もっともだ。正式な長女とはいえ体の弱かったプシュケ嬢よりも、彼女の方に求婚したくなる」
アレクサンダーはさりげなくデルマの背後に立ち、周囲の視線から隠そうとする。彼の滑らかな頬にひと筋の涙が流れた瞬間、その美しさに男女問わず簡単の溜息を漏らした。
「少し落ち着いた方がいいだろう、あちらへ」
「……はい、お兄様」
ぐすぐすと鼻を鳴らす様さえ可愛らしいデルマと、そんな彼女を優しく支えるアレクサンダーの二人は注目の的。
周囲は最早ユリシアの死を追悼するよりも、観劇を見ているかのような気分にほうと溜息をついていた。




