歪んだ嫉妬心
「……父さん。それはまさか、デルマですか?」
「やっと来たか、アレクサンダー」
ユリシアのきんきんと煩い泣き声に辟易していたアドルフは、眉を顰めながら息子に視線を移す。
プシュケが旅立ってからというものの、ユリシアの意向により屋敷は常に薄暗く、明るい色の花一輪飾ることすら許されていなかった。一瞬でも笑顔を見せたメイドは解雇され、プシュケの名を出したコックは拷問された。
娘を亡くした彼女を不憫に思う感情はとっくの昔に消え失せ、今や「いつまで付き合わせる気だ」と誰もが溜息をついているこの状況で、プシュケの生写しのような少女が現れたことは果たして幸といえるのだろうか。
少なくとも、にっこりと微笑んでいるデルマを叱責する様子はなさそうである。
「……父さんがデルマを使い、なんらかの企てを試みているとは分かっていましたが、この様な使い方をなさるとは」
「あの男との縁を他に譲るのは惜しいからな」
「デルマは貴族としてどころか、人間としての見識すら怪しいでしょうが」
「あれを見ても、そうだと?」
デルマという玩具を突然奪われたアレクサンダーの半年は、それは空虚な日々だった。
アドルフからは「あの子はこちらで預かる」とたったひと言のみで、詳細など聞かされていない。マリーウェルシュ家ではいかなる場合であれ父親に反論は許されず、いくら優秀なアレクサンダーであっても、デルマを取り返すことは不可能。
表面上は穏やかで美しい青年を演じながら、背後に隠したその指先は忙しなく動く。ずしりと思い鎖に反し、綿毛の様に軽いデルマの体。
その細首は簡単に片手で掴むことが出来るし、ほんの少し力を加えるだけでみしみしと音を立てる。そんな貧弱な体であるのに、薄い皮膚の下を流れている紅血は妙に蠱惑的でそそられるのだ。
こちらを見上げるアルビノの瞳には、アレクサンダーただひとりだけが映る。化け物扱いされている妾の子など、誰も本気で相手にしたりはしない。この先も永遠に、あのマリオネットは自分だけのものだと、疑うことすらなかった。唯一可能性があるとするならば、自らの手でデルマの命を握り潰す時だけだと。
「お母様の腕の中は、とっても温かくて落ち着くわ」
「……ええ、ええ!いくらでも、抱き締めてあげる!」
「ふふっ、嬉しい」
側から見れば、異様な茶番。けれどデルマは確実に、ユリシアの萎びた心に水を与えていた。
「……あれは、僕の好きにしていいという約束だったはずです」
「時が経てば、状況も変わるものだ。お前も、結婚式を目前に控えた身。いくら異母妹とはいえ別の女に首輪を嵌めて喜ぶ夫の姿など、王女殿下も見たくはないだろう」
「彼女は寛容ですから、僕の行動には口を出しませんよ。お母様が、あなたにそうであるように」
彼の嫌味も、父には通用しない。ユリシアは直接詰問する質ではなかったが、裏では平気で汚い手を使うような女だった。結局デルマの母シェリが死んだ直接の原因は危険なお産だったが、ユリシアが助産婦を懐柔していなければあるいは助かったかもしれない。
アドルフは無情な人間であったが、それでもシェリにだけはそれなりの愛を注いでいたつもりだった。最も、普通の夫婦間にあるそれとはほど遠いが。




