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莫迦の真似事ー化け物少女は、無慈悲な邪神の妻となるー  作者: 清澄 セイ


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天の使いになれなかった、哀れな魂

♢♢♢

「ああ、愛しい私のプシュケ!どうかお願いだから、嘘だと言ってちょうだい‼︎」


 アレクサンダーは、ベッドに縋り泣き崩れる母ユリシアの姿を見てもなんの感情も湧き起こらない自分を、不思議だと感じることすらなかった。


 プシュケは談話室にて、ユリシアと共にどうしたらデルマを身代わりにできるだろうと画策している最中、突然胸を押さえて苦しみ出したらしい。


 もともと出来損ないの心臓は、一度壊れてしまえばもう修復は不可能で、医者が駆けつけた時にはすでにプシュケの呼吸は止まっていた。


 目の前で突然死した娘を、ユリシアはただ抱き締めてやることしかできなかった。大粒の涙を流しながら、どうしてこんなことに……、と神を恨む。なぜ我が子がこんな酷い目に遭わなければならないのか、と。


「プシュケ、お願いだからお母様を置いていかないで……っ‼︎」


 先天性の心臓病を患っていた彼女は、遅かれ早かれ死に導かれる運命であった。けれど、齢十四という若さではあまりにも早過ぎる。親にとっては、我が身を引き裂かれるよりも辛い。


「……よりによって、婚約前に死ぬとはな」


 親、ではなく母親、だけ。父アドルフの脳内は、娘を失った悲しみなどよりも家の名を上げる機会を失ったという悔しさに臍を噛んでいた。


「それが、たった今息を引き取った実の娘にかける言葉ですか⁉︎」


 ユリシアは半狂乱になりながら、夫に詰め寄る。行き場のない悲しみを、どこに向ければいいのか分からない。


「この子はまだたったの十四歳だったんですよ?それがまさか、こんなに早く別れる日が来るなんて……!貴方があんな男との結婚を無理に進めようとなさるから、プシュケの心臓に負担がかかったんじゃないですか!」

「マリーウェルシュ家の為に尽くすことは、娘として当然だ。あの子が欠陥を宿していたのは、そもそもお前の腹が欠陥品だったからではないのか?」

「な、なんですって……⁉︎よくもそんな……っ」


 ユリシアは目に鬼火を燃やしながら憤慨するが、それを向けられたアドルフの態度は冷ややかだった。娘の亡骸を見下ろしながら、妻にとどめのひと言を突き刺す。


「それに比べ、シェリはよくやった。自らの命と引き換えにしてでも、健康な私の子を産んだのだから」


 その人物は、彼女がこの世で最も忌むべき相手。殺せど殺せど、その怨恨が尽きることはない。

 

「……今、その名は聞きたくありません」

「馬鹿馬鹿しい嫉妬は、碌な結果しか招かない」

「……っ!」


 ユリシアは、心の底を震わせた。言葉にならない感情が駆け巡り、指の先すら思うように動かせなくなる。


「そうして産まれたのがあんな化け物だなんて、お気の毒ね」


 愛する夫の愛は、シェリがあの世に持っていった。もう二度と――、いや。ただの一度も、愛されたことなどなかったのだ。


「欠陥品よりも、化け物の方がいくらかマシだな」


 彼女の皮肉も、アドルフには届かない。まだほんのりと温かな娘の手に触れることもなく、彼は踵を返し部屋を出ていく。


「……本当に、どうしようもない男だわ」


 それでも憎みきれない事実が、ユリシアは悔しくてたまらなかった。


 今しがた眼前で繰り広げられた茶番に辟易しながら、アレクサンダーは形だけ悲しむ素振りをみせる。隣国の【邪神】との婚約は、当然白紙となる。そうなれば、万が一にもデルマを差し出す可能性は消えるだろう。


「く……っ」


 端から見れば、妹の死を悼む美しく優しい兄。小さな顔を覆う綺麗な掌に隠された表情は酷く歪んでいたが、それすらも絵画のようだった。


「お母様。僕も可愛い妹がこの世から去っていった現実を、すぐには受け入れられません」

「ああ、アレクサンダー!お前だけは、私の味方でいてちょうだい」

「もちろんです。ですがお父様に盾を突く行為は、お母様の立場を苦しめるだけ。華々しくプシュケを送ってやる為には、従うふりをしなければ」

「……そうね、あなたの言う通りだわ」


 ユリシアの両親は他界し、彼女の生家である子爵家は叔父の子息が継いでいた。そことは折り合いが悪く、頼ることは難しいだろうと、ユリシアは唇を噛む。


 結局どれだけ苦渋を舐めさせられようが、自分はアドルフの言いなりになるしかないのだ、と。


「思えば、婚約を結ぶ前で幸だったのかもしれないわ。顔を合わせてしまえば、いくら【邪神】だろうと必ずあの子を愛したでしょうから」


 涙に濡れた頬もそのままに、ユリシアは再び娘の亡骸に抱きついた。ふわりと香る優しい匂いに、胸が締め付けられる。


「好きでもない男に好かれるなんて、そんな地獄を味合わせずにすんだもの」

「……ええ、本当に」


 ――では、父にとってはあなたこそが地獄なのですね。


 そんな台詞を、足で踏みつけて隠す。アレクサンダーは動かないプシュケを見下ろしながら、死体ならばぐちゃぐちゃに解剖しても咎められないだろうかと、少しの好奇心に胸を疼かせていた。

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