第八話 侵蝕 2
「ドチラヘ?」
「森へ狩りに向かう。何人か人造人の娘を借りていくぞ。餌に使う。ああ、生死に関係なく返す気はないからそのつもりでリストを更新しておけ」
「また人造人を消費なさるのですか?」
「それは諫言か? 造り物とはいえ、殺すために殺すのは気が咎めるか、マジパナ?」
「いいえ。彼女達の血は清潔で綺麗ですから、私は好きです。食屍鬼もよく釣れますし」
マジパナの形の良い唇が弧を描き、冷徹且つ玲瓏な笑みを浮かべる。
ゲヴランツとマジパナ。二人の胸中は、ぴたりと一致していた。
心底憐れだ――と、侮蔑と憐憫の念を抱くことを禁じ得ない。
幾ら造り物とはいえ――己やその同族が道具として使い潰されているにも関わらず、何の反感も抱かず粛々と従う人形共。
その健気な姿に憐れみを抱く程度には傲慢であり、そして彼女等を酷使することを一片も躊躇わない程度には人でなしであった。
〈太陽のない世界〉において、人間以外の存在に尊厳などありはしない。決して。
故にマジパナは、あくまでも副官の立場としての言葉を口にする。
「ただ、鉱山の運営に支障を来たしているのは事実ですから。これ以上数を減らすのは如何なものかと」
「ならばその分、学士共を働かせればいい。尻を叩いて人造人の製造を急がせろ。さて、これで問題はないな。人造人達には、我々人類が栄えるための礎となって貰うとしよう。尊い犠牲だ。その命の代価として悪が潰えるのなら、奴等も本望だろう。我等が天上の主も喜んで下さる。―――では、後のことは手筈通りにな。任せたぞ」
「了解デス」
来た時と全く変わらぬ歩調で、ゲヴランツとマジパナが退室する。
その背中を見送ってから、村長は大きく欠伸を漏らした。
色素の薄い唇が限界まで開かれ、湿った呼気が漏れる。口の端から、粘性のある涎が滴り落ちた。
―――ぞろり
死相を浮かべた村長の口の奥から、青白い液体生物が這い出す。
それは蛇のように鎌首をもたげると、体内にある金色の瞳の目玉をぐるぐると転がして周囲を一瞥した。
忙しなく動く魔物の眼球。その視線が、不意に天井を舐める。
そこには何もない。ただ薄汚れた木の板があるだけだ。
だが液体生物は、親に愛情を訴えるように、ぶるぶると粘液で出来た自らの体を震わせる。まるで――天上に坐す創造主に向かって、恭しく祈りを捧げるかのように。
―――ずるり
魔物は宿主である村長の体内に戻った。そして内側から肉体を動かし、先程までと同じように執務を続行する。
おかしなものは、なにもなかった。
* * *
「ホラーだな」
「ホラーでありますね」
珍しくBBと感想が一致する。出会ってからもう一週間も時が経っているのだが、恐らくは初めての事態だ。きっと近い内に天変地異が起こるに違いない。
机上――つまりは〈太陽のない世界〉から意識を迷宮管理室の肉体に戻し、深く溜息を吐く。集中し過ぎたのか、眼に疲れを感じた。
軽く眉間を揉み解し、掌で瞼を擦る。そして凝った肩をぐるりと回し、脱力した。
意外に疲れるな、これ。
「お疲れ様です。―――さて、どうでしょうか。〈太陽〉を手に入れる算段はつきましたか?」
「まだまだ時間がかかるな。魔物は順調に増えているが、それだけでは戦力としては不十分だ。それに種類も少ない。他に手駒がいるだろうな」
渡された資料の情報を頭の中から引っ張り出して大雑把に計算し、結論付ける。彼岸と此岸にはそれだけの戦力差があった。
敵が擁する戦力は人間の兵士が二百前後と、戦闘型の人造人がおよそ一万ほど。更に連中は護りの硬い城塞都市に引き篭もっている。
最終的にはあの牙城に攻め入らねばならないのだと考えると気が重い。
まあ――自分が直接切った張ったをする訳ではないので、そこまで深刻に悩んではいないが。
ともあれ、重要なのはこれからどうするかだ。
今後の方針を決めるのなら、その前に今なすべきことをはっきりさせておく必要がある。その為に、まずは状況を整理しよう。
〈太陽のない世界〉は事実上の統治国家だ。
国土は世界全域――と言えばあまりにも広々とした印象だが、実際はそれほど広くはない。〈匣庭〉というだけあって、空間には限りがあるようだ。面積はちょうど島国一つ分程度。いや、規模はもっと小さいか?
この世界は酷く狭い。
あるものといえば聖都という名の城塞都市と、それを守護する十の砦。そしてそれ等を取り囲む深く暗い針葉樹の森と、〈匣庭〉世界の外周を縁取る五つの大山脈群。それ以外には何もなかった。
……ちなみに。
我等が迷宮は、〈太陽のない世界〉の北東部にある巨大な鉱山――この世界の住民は第2鉱山山脈と呼んでいる――の左端の地下に建造されている。丁度、坑道の一部をそのまま間借りしている形だ。巧妙に偽装してあるので、すぐに所在が敵に発覚することはあるまい。
敵――そう、敵だ。
どういう訳か、この世界には俺達の敵がいるらしい。なんでも連中は迷宮の存在を知っており、恐ろしいことに全力で迷宮核を潰しにかかるのだとか。
その名は曰く――天使。
彼等は無知全能の神の使者としてこの〈太陽のない世界〉の住民と接触し、人間に光と力を与えた。
結果として太陽が存在しない筈のこの世界に〈太陽〉が生み出され、食屍鬼や吸血鬼などの闇に生きる原住民が排斥されるに至っている。
異世界迷宮追放刑の刑役中に天使なる存在による武力介入は割とよくあることなのだそうだが、その正体は謎に包まれているらしい。
ちなみにこれは情報が制限されているのではなく、本当に謎なのだそうだ。
分かっているのは、彼等が俺達と同じく他の異世界から干渉してきているということ。そしてその干渉は、神託という形で現れるらしいということ。この二点のみである。
よって――俺は見えざる相手の戦略を予想し、策を練り、兵を動かさなければならない。
なるほど、確かに事態はまさしく盤上遊戯の様相を呈していた。