第五話 無理難題
訝しく思い、胡乱に目を細めてBBを睨む。
彼女はこの世界を〈太陽のない世界〉と呼称した。にも拘らず太陽を奪い取れとは、無茶振りにもほどがある。……いや、もし仮にここが〈太陽のある世界〉だったとしても、それはそれで途方に暮れる他ないのだが。
ともあれ、最初からないものを奪って来いというのは明らかに論理的ではない。破綻している。そんな指令を果たせる訳がない。
……もしかして、俺は今、遠回しに「死ね」と言われているのだろうか?
などと考えていると、BBは「違いますよ」と頭を振った。
「こちらをご覧ください」
そう言って、彼女は地図の右側寄りの中央を指差す。そこにあるのは白い煉瓦造りの街並みだ。
城壁で囲まれた白い都市に、汚れは一つもない。分厚い壁の内側には背の高い建物が行儀よく並び、その間隙は道路として一分の隙も無く整備されている。街道には等間隔に街灯が設置され、夜の闇を執拗に払拭していた。
総じてその街は、建物の配置は元より。街道が描く軌跡の一つ一つすらもが美しく設計された、清廉な芸術品だった。
そしてその中心にあるのは――球形の試験瓶、か?
祭壇の如き人工物の高台の上に、硝子か何かで出来ていると思しい透明の丸い物体が設置されている。そしてその中には、歪な球形を描く青白い繭のようなものが浮いていた。
心なしか、ほんのりと光っているように見える。
「街の中央にある巨大な祭壇――その壇上にあるものこそが、この〈太陽のない世界〉における太陽です」
「……ああ、なるほど。ないから、人工の代替品を用意したのか」
「その通りであります。この〈太陽〉は、夜闇しかないこの世界で生きるためにこの世界の住人達が智慧と勇気と血肉となにかの汁などの代償を支払って作り出した、何物にも代えることのできない、それはそれは大切な逸品なのですよ?」
肉食獣めいた笑みを浮かべ、愉快そうにBBが言う。
まるで高価な玩具を前にした子供のようだ。無邪気に、無遠慮に、目の前のものを取り上げることに執心して愉悦している。そんな表情だった。
倫理に反する、と思う。
単純に趣味が悪い、とも思う。
〈太陽のない世界〉から、〈太陽〉を奪う。それが一体どういう意味を持つのか。
太陽なくして生物の繁栄は有り得ない。
光がなければ目は見えず、熱がなければ気温は際限なく低下する。当然、作物は育たず、生態系は根本から成り立たない。……にも関わらず、一見した限りそこには緑があり、街がある様子だ。
それは紛れもない偉業だ。
どれほどの努力の末にこの環境が出来上がったのか、想像することすら不可能な難事。その果てにコレがあるのだろう。果たして、そんなものを奪い取り、この世界を再び不毛の闇に閉ざすなどという暴挙が俺に許されるのかどうか―――
「…………」
面倒になったので、俺は考えるのをやめることにした。
「ゴールは分かった。それで、俺はこれから何をすればいい?」
「まずは迷宮の作成から始めましょうか。今回は初回ということですから……そうですね。私が下地となる部分をランダムに形成しますので、その他の拡張やらなんやかんやを貴方が担当する、ということで構わないでしょうか?」
こちらに確認を取るBBに、やや投げやりに首肯を返す。
察するに今はまだチュートリアルの段階だ。司会役の提案に素直に従っておくのが無難な選択であると言えるだろう。たぶん。ここは大人しく、彼女の指示に従っておくべきだ。きっと。
「承りました。迷宮の作成を開始するであります。完了には暫しの時間を要しますので、その間にこちらにお目通し願えますか?」
そう言って、BBは一冊の本を差し出してきた。先程の法律書とは異なるもののようだが……どこから取り出したのだろうか。
内心で小首を傾げつつ本を受け取り、革の表紙に視線を落とす。
著者の品性を疑わざるを得ない奇抜なデザインの装丁には、『とってもよくわかる! 僕の私のクッッッソ強い迷宮の作り方・入門編~死んだ魔王は糞野郎だ、死なない魔王はよく訓練された糞野郎だ』という題が書かれていた。
…………。
なんとなく、目指すべき方向性が分かったような気がした。