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ダンジョンマスターの刑を執行します。  作者: 瑞雨ねるね
00.The World Without the MORALITY
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第二話 倫理

〈倫理のない世界〉のたのしい法律。

 第四〇七項――異世界迷宮追放刑について。


 異世界迷宮追放刑とは、その名の通り流罪の一種である。流刑地は正しく異世界であり、受刑者は現地にて迷宮を管理・運営する無期限の労役を担う。

 受刑者は政府から施工される魔導技術によって迷宮管理人(ダンジョンマスター)と呼ばれる特異な存在へと変質しており、彼等はその命を自らの分身体であり迷宮核(ダンジョン・コア)の化身たる迷宮案内人(ダンジョンキーパー)と共有することで、一種の共生関係を結ぶことを義務付けられている。偏に自らが犯した罪の重さを自覚させ、更生に従事するための環境を整える為の措置だ。

 総じて異世界迷宮追放刑とは、隔離、抑止、矯正の三拍子が揃った、非の打ち所のない完璧な自由刑であると言わざるを得ないだろう。



 ―――パタン



 分厚い本を閉じ、対面した少女を見やる。


 年齢は十に差し掛かった頃だろうか。

 軍服とエプロンドレスを折衷(せっちゅう)したような、奇妙な蒼い装束を(まと)った彼女――俺の頭を殴り気絶させた怪女は、にこにこと微笑んで俺の顔を見下ろしていた。


 一体何が面白いのかと詰問したい衝動を、蟀谷(こめかみ)の痛みと共に押し殺しつつ、彼女に本を返す。


「おおよその事情は理解できました。要は自分に、異世界への侵略の手伝いとして工兵の真似事をしろと。それがあの世界の意向なのですね?」

「あらあら、ふふふ。概ねその通りなのですが……侵略だなんて、そんな。はしたないですよ、管理人様(マイ・マスター)?」


 少女は自身の頬に手を当てて、恥じらうように。熱のこもった(とろ)けそうな笑みを浮かべて、(ささや)くように言った。


 彼女の名はBB(トゥ・ビィ)という……らしい。


 彼女には人間に与えられるような名前はなく、もっぱら個体名――機械類につけられる型式番号のような、通称で呼称される決まりなのだという。何故なら、彼女はヒトではないからだ。


 先程の法律書に書かれていた迷宮案内人(ダンジョンキーパー)なる存在。彼女の正体はまさしくそれである……らしい。


 無論、詳細は謎である。


「確かにダンマスの刑の主目的は罪人の更生ではなく、異世界における資源蒐集の方にあります。貴方はその為の、都合のいい捨て駒(ロストナンバー)ですわ。なのですが……オトナであれば、建前の裏を侵略などと口汚く暴く無粋は慎むべきであります。時にはその場のノリに従うのも肝要というもの。ほら……思い起こしてみて下さいまし。飲み会で性が乱れ交わっている時とか、大体そんな感じだったでしょう?」


「貴方は何を言ってるんだ」


 恐らくは揶揄(やゆ)の類なのだろうが、その例えを持ってきた意図が計り知れず困惑する。いや、もしかしたらそもそも意味などないのかもしれないが。


 ともかく、これでこの異世界迷宮追放刑なる刑罰の真意が侵略行動にあることがはっきりした。


 罪人である迷宮管理人(ダンジョンマスター)には、いわゆるノルマが課されるのだという。


 並行世界の如く無数に存在する異世界――通称〈匣庭(はこにわ)〉。


 その一つ一つへ転移する度、俺()は政府から資源蒐集の労役(ノルマ)を負わされる。そしてそれを回収するために与えられた術こそが、迷宮の創造とその管理・運営の技術なのだそうだ。

 現地にて迷宮を創造し、魔物を錬成し、それらを使って資源を獲得する。その方法はぼかされてはいるものの、それが暴力に依るものなのは最早疑いようがない。


 ―――何故なら、あの世界に倫理なるものは()()()()()()()からだ。


 ……〈匣庭〉と呼ばれる各異世界は、それが物質であれ概念であれ、当たり前にある筈の“()()()”が一つだけ欠如している場合が多いのだという。俺が生れ育ち、今となっては追放された世界も例外ではない。


 あの世界に住む人の全てが、持ち前の倫理観に何らかの欠陥を抱えているのだ。


 だからこそこのような頭のおかしい刑罰と法律があり、平然と冤罪や犯罪が横行している。実に反吐の出そうな話だった。


「……初めて、貴方を見た時から思っていたのですが」


 思考に没頭している途中で、BBの声が鼓膜へと流れ込み、我に返る。顔を上げると、彼女は驚きと困惑の中間のような、実に興味深そうな表情で俺を見ていた。


「なんというか……貴方は、変わっているのですね?」

「それは喧嘩を売っているのだと解釈してよろしいか」


 こちらが下手(したて)に振る舞っているからか、殊更下に見られているように感じる。

 一応俺と彼女は迷宮核を介して命を共有する迷宮案内人と迷宮管理人――つまり、立場だけで言えばそれなりに対等である……筈だ。この際、言葉遣いを改めてみるのも悪くないかもしれない。


 というか、幼女と敬語で会話するというのはなんだか、こう……妙にむずむずして、個人的に気持ちが悪いのだ。


 そんなこちらの思惑を完全に無視して、BBはなんだか陸に打ち上げられた魚のように打ち震え、同時に水を得た魚のようにも見える度し難い顔をする。


「フ、フフフフフフフ! 気分を害したのなら謝りますわ、管理人様(マスター)。ですのでどうか、折檻は蝋燭(ろうそく)と鞭打ちでご勘弁してくださいまし!」

「いや、蝋燭も鞭打ちもやらないが」

「あら、まあ。するのがダメなら、まさか……挿入()れられる方が、お好みでありますか?」

「いや待て。それでは対象が俺に移っているぞ! お前を反省させるための折檻ではなかったのか? というか、プレイの内容が明らかに変化しているのだが!?」

「いやですわマスター、プレイだなんて……はしたないであります。それに内容も大して変わっておりません。挿入するのは蝋燭のことだと相場が決まっているではありませんか」

「蝋燭は、人体に挿入するものでは、断じてない……ッ!」


 固く拳を握って断言する。しかしその直後、何か途轍(とてつ)もない虚脱感に襲われた。


 完全に相手のペースに呑まれてしまっている。


 俺は眉間を指先で押さえ、軽く溜息を吐いた。まともに受け答えしていては(らち)が明かない。少しでも冷静に振る舞えるよう、自重することを心に誓う。


「はあ……まったく。どうやら、お前は随分と愉快な趣味をしているようだな」

「おや、分かりますか? ですが(なぶ)るだけが能の女と思われるのは心外であります。私は侵略するのも好きですが、蹂躙されるのはもっと好きなのでありますからして。―――ああ、良い機会ですし、折角だから試してみますか? ささ、遠慮なく私をぐちゃぐちゃにして下さいませ。本能の赴くままに、ペドフィリアという名の鬼畜(リョナ)道へ堕ちてしまってよいのですよ、我が管理人様(マイ・マスター)?」

「遠慮する。あとで万倍にして返されそうだ。それにお前の場合、ペドフィリアの求愛対象としては不適切だろう。アリスフィリアというべきだ」

「容赦ない冷静なご指摘、流石はマスターと感服する他ございません。やはりその手の異常性癖を患っていらっしゃるのでありますね」


「…………」


 もう否定するのも面倒になってきた。


 眩暈(めまい)(こら)え、眉間を指先で揉む。

 まったく……見た目は真っ青、腹の中は真っ黒なくせに、頭の中はピンク一色と見える。駄迷宮核め。案内人(キーパー)を自称する割に、仕事をする気は一切ないようだ。


 なにはともかく、このままでは遅々として話が進まない。この話題はここで打ち切ろう。


「……ともかく、話を前に進めよう」

「あぁん、いけずなマスターが私を焦らしていらっしゃる!」


 強引に下ネタを打ち切ろうとしたものの、無理やり再開させようとする変態(BB)。彼女は乗ってこないかとチラチラこちらの様子を伺っているので、全力で無視することにする。


 咳払いを一つ零し、俺は先程から気になっていた疑問を口にした。

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