第7話 勇猛なケンタウロスへ問う!
現在のアーマフィールドでは多くの国々でモラルの低下が社会問題となっており、騎士はアミアン姫の言う通り、この世界も危険な状態にあるのかも知れないと考えた。それを姫君に打ち明けると、彼女は応接間で<グレモアの魔導書>を紐解いた。
幸いにして、知りたかったことは巻末近くに記されている。社会のモラルが低下すると生産性も下がり貧困が問題になる。そうすると「力の弱い者、立場の弱い者」にシワ寄せが行く。不正がはびこり社会は腐敗して、挙句、<人ならざる者>から滅亡を言い渡されるほどに回復不可能となる。
「それを回避する方法は……一つ、国の生産力を上げること。例えば<保護貿易>などによって国力を取り戻す。経済的に豊かさを取り戻すということね……。一つ、人々に<自覚>を持たせること。これには「八神」つまり<秩序と混沌の神々>が手を貸してくれると期待したい。これら二つによって<滅亡>を避けられる可能性は高い……ですって、騎士さま!」
この話を<青の吟遊詩人>が聞いていた。彼女はそっとシュメーザー城を後にする。どんな思惑があって? 騎士は今すぐ出発できるよう、執事グレゴリーへ手配を命じた。自身も遠征のための人集めを始める。こうして騎士とアミアン姫と、お供三人は馬で、ケンタウロスのデダを連れて<聖獣の居所>を目指したのだ。
北へ向かう途中、騎士は姫君へ呼びかけた。
「アミアン姫、できたらあなたのことを話してくださいますか」
「ええ。ある晩に私は、世界を救う夢を見たの。そして<まじない師>から<人ならざる者>と戦うという予言をされて、世界の破滅について学び始めました。この世界も滅びへ向かっているみたい。私、お力にならなければって!」
「そうでしたか! 良くわかりました、ありがとう姫君」
騎士たち一行は<切断の海>の北を回り込んで目的地へ近付く。途中、荒れ野でトラブルは発生する。皆が川で顔を洗っていると、頭から尻尾の先まで5mはあろうかと思える、オオトカゲの群れが接近して来た。
「危ない!! 皆、馬に乗れ!」
オオトカゲたちは首からたくさんの棘を長く生やし、鮮やかなターコイズグリーンに黒いまだら模様の、ごつごつした肌をしている。群れの全体像は見えないが恐らく百匹は居そうだ!
お供三人の内、二人はアミアン姫のお世話をするための女性で戦闘能力はない。トカゲたちと、まともに戦う訳には行くまい。彼らはグリーンの爬虫類がバタバタと地を蹴る音と砂ぼこりに巻かれて、身動き取れないでいる。そこへ何者かが乱入して来て、場は騒然となった。
ドドドドドドドド!! オーーウ! ホウホウ!!!
見ればケンタウロスの一団ではないか。オオトカゲを追いやってくれている。彼らは全員が屈強そうな戦士で、弓矢と槍で武装している。
「帰れ!! 人間よ! なぜここへ来た!?」
騎士はケンタウロスを連れていることを話そうとしたが、それより早く「逃げて来たケンタウロス」が叫んだ。
「長老! 帰って来ました!!」
「お前はデダ! なぜ人間たちとともに居る!?」
ケンタウロスの長老らしき者は、彼らの先頭で、強そうな弓を使いオオトカゲへ射かけている。長いボサボサの白髪で、猛々しい雄叫びを上げてトカゲたちを狩る!
「デダ! キサマ、どこへ消えていた!」
「怒らないであげてください! 私たちは彼を連れ戻し、皆さんから智恵をお借りしたく参りました!」
アミアン姫は礼を尽くして馬上から語り掛けた。果たしてその気持ちはケンタウロスへ届くのだろうか?
* * *
「こちらの決意を見せるしかないな!」
そう判断して、騎士はランスを右わきに構え、オオトカゲたちの真っただ中へ突撃して行く!!
「ムチャな! あの人間、ただでは済まんぞ!! この土地のオオトカゲは雑食だ。人間を食うこともある!!」
しかし騎士は見事な手綱さばきでトカゲへ迫り、その硬い皮フへランスを突き立てた。弾かれるランス! それでも果敢にオオトカゲと戦う姿を見て、ケンタウロスの長老という者は加勢した。
「オオトカゲの肉!! 焼いて食うと旨い!!!」
豪快なそのケンタウロスは叫ぶ。あっけに取られる騎士。地を蹴る凄い足音の中で……! 集団の先頭に居る者が告げた。
「ワシはスハインゴード族の長老じゃ! 勇敢な人間の男よ!ワシらについて来られるか!?」
ワハハハーーーッ!! 白髪のケンタウロスはオオトカゲの大群の間を、ひらりひらりと縫って走る。これを見て、すぐさま騎士も馬を操り、その技を真似して見せた。素晴らしい腕前だ。
「お話を聞かせてください、スハインゴード族の長老よ!」
「ウーン……ウム!! よかろう! ついて来い!!」
こうして彼らは十五名のケンタウロスたちに導かれて、スハインゴード族の集落へ向かった。途中、とてつもない巨木<ジャイアント・セコイア>の森を通る。木の一つひとつが直径11m、高さ100m以上もある。直射日光が遮られていて涼しく、風の通りも良かった。
たまに倒れている巨木は、まるで高く長い壁のようだ。そして木の陰のそこかしこでケンタウロスたちが見張っている。
「彼らはぶしつけな人間や魔物から、この森と神聖な地域を守っているんじゃ。他の部族のケンタウロスも入っている」
長老を先頭にケンタウロスたちに囲まれて、騎士たちは夕方、スハインゴード族のテントが立ち並ぶ集落へ到着する。テントは見渡す限りどこまでも張られていて、その大きさは様々だった。
「こっちへ来なさい、人間たちよ」彼らは一つのテントへ案内され、馬を降り歩いて中へ入った。とても温かく快適で、あの勇猛な戦いぶりからは想像の付かない、豊かな文化を感じさせる住居である。
「食事をとりなさい。温かいスープを出そう」
アミアン姫たちも騎士について入り、恐る恐るケンタウロスの言うことに従う。出されたスープは旨そうだが……「肉」が入っている。そこで代表して騎士が尋ねた。
「この肉は? ……どんな生き物の?」
実は騎士は、カエルやトカゲのたぐいが苦手なのだった。オオトカゲとの戦いは、よほどの勇気を必要としたに違いない。
「それはトリの肉だ。安心して食べよ。オオトカゲたちは人間を食う。だがケンタウロスたちはオオトカゲを食う! ガハハハハハ!!」
ケンタウロスの男が人数分のスープを出しながら笑った。しかしまだ、お互いに慣れていないせいか他人行儀である。彼らの話を聞けるのか心配しているアミアン姫。そこで騎士は、こう切り出す。
「オオトカゲの肉を食いたい。……もしあればだが……!」
世話をしてくれているケンタウロスは少し目を丸くした。
「もちろん用意できるとも! ならばこちらへ来い!!」
高さ30m近く、二十名のケンタウロスが一堂に暮らせる大掛かりなテントへ案内された一行。
「我らの長老、モンドゥドゥのテントだ。入るがいい。直ぐにトカゲの肉を調理して持って来る!」
白髪ボサボサの勇敢な長老モンドゥドゥは、胸の前で太い腕を組んで待っていた。両目を閉じていて、凄い威厳だ。
「人間たちを連れて来ました、長老!」
「ウム……! どこの国の騎士かな、そして名を申せ」
「バギャラ=リーヴス、ザイナスの騎士です」
長老は、やおら自前の勇壮な槍を手入れし始めた。輝く槍の穂先。息を飲む人間たち。モンドゥドゥの目も輝き始める。
* * *
直径50mはあろうかという大掛かりなテントは幾つもの柱で支えられ、たくさんの部屋に仕切られている。長老の部屋は広く、彼の両側にも武装したケンタウロスが一名ずつ控えている。
「実はな……ワシは長老であってスハインゴード族のリーダーは他に居る。今は旅に出ている。その者はな。自分の力を試す旅じゃ……もう半年、まだ戻らぬ」
「それであなたが率いていたのですね。モンドゥドゥよ、知恵を貸してください。この世界は滅ぼうとしているのですか?」
自分たちはすでに受け入れられたと思い、騎士は質問をした。長老は下唇を突き出して嫌悪を顕わにする。
「そうだ! 滅ぼうとしている。人間のせいで」
その部屋には騎士とアミアン姫だけが入室を許可されている。姫君が礼を尽くして問う。
「お願いです長老。どうかその理由を……滅ぼうとしている理由を教えてください!」
「<傲慢さ>が原因じゃよ」
そう言って槍を立てかけ腕を組んだモンドゥドゥ長老。下唇が突き出ている。少し機嫌が悪いらしい。そこへ料理を持ったケンタウロスが入って来た。焼いたオオトカゲの肉だという。騎士は黙ってそれを両手で持ち、真ん中にかじりつく。
「これは……旨い! 鶏肉のササミのようです」
「ウム!! ……そうか……それならば良い」
笑顔になったモンドゥドゥ。両側のケンタウロスも笑っている。機嫌を良くしたらしい。
「話を続けよう。大切なのは自らの<傲慢さ>と向き合うことだ」
腕を組んで背を反らせているモンドゥドゥ。彼も少々、傲慢に見えて騎士とアミアン姫は目くばせした。笑わないように。長老はそれを片目でギョロッ!と見ているが。
少し傲慢に見えるモンドゥドゥは<傲慢さ>についての話を進めた。
「我々の内なる敵の中で、最も基本的で最も手ごわい、そして最もやっかいなものこそ<傲慢さ>なのだ。これまでに数多くの世界が、そのために滅んだと聞いておる」
モンドゥドゥの話は熱を帯び始めた。彼の目が鋭く輝く。
「傲慢な者は真に愛されることがない。人々が傲慢になると愛し合わなくなりバラバラに生き始める。そうして社会は人が集まる意義を見失うんじゃ。そこはすでに社会ではなくて、単に<人の集まり>に過ぎない。こうして皆が皆、自分勝手に堕落して行く」
その語らいをアミアン姫が引き継いだ。
「それで<人ならざる者>から破滅を宣告されるのですね?」
モンドゥドゥはうなずいている。彼によれば<傲慢さ>の中でも特に<思い上がり>に気を付けるべきだそうだ。自分だけは大丈夫、自分だけは許される、自分は優れているから他と違うと考える<思い上がり>には注意せよとのこと。
「そうしないと、傲慢だから謙虚になれず、謙虚でないから自分の傲慢さに気付かないという<悪心の穴>に、はまってしまう」
「どうすれば謙虚になれますか、モンドゥドゥ長老?」
騎士も彼の前に礼を尽くして尋ねる。長老は腕組みを解いた。ケンタウロスが一名やって来て、お茶を振る舞う。
「これは……! とてもニガい!!」
顔をしかめる騎士とアミアン姫。
「そうとも! 我らの格言にこういうものが。ニガい薬を避けてばかり居ると、後でとんでもなくニガい薬を飲まなければならなくなる。どうじゃ? フハハハハハ!! それは消化を助ける薬じゃよ!」
モンドゥドゥ長老は、そう言って豪快に笑った。
* * *
「<謙虚さ>……それは『身の程を知る』ところに始まる。これを欠くとトラブルを引き起こし易くなる。謙虚になるには自分の<傲慢さ>と真面目に向き合うことじゃな」
ケンタウロスのスハインゴード族長老は話を続ける。
「<傲慢さ>は身の底から次々と湧き上がって来る。それを認め、自分は今、傲慢ではないかと自らへ問い続けよ。そして良質な負荷を自分へ掛け続けること」
「負荷ですか? ……例えばどんな?」
「本を読む、何ごとかを教わる、人と腹を割って話し合う、感謝を欠かさない……とりわけ、何ごとかを学ぶこと。<無知>は大変な傲慢じゃ。そうした少し大変な刺激を受け続けることで<謙虚さ>を学んで行ける」
「長老!! 大変なことが! モンドゥドゥ長老!!」
部屋の外で声がした。三名のケンタウロスが招き入れられる。どうやら緊急の要件らしい。
「<人ならざる兵士>たちが南東へ……ザイナスの方角へ集結しつつあるようです! 彼らを目撃した者が何名も……!」
「いよいよだな。<人ならざる者>も動くかも知れぬ。覚悟せねば」
モンドゥドゥは騎士とアミアン姫を交互に見た。
「行かなくては! 手遅れになってしまいます!」
アミアン姫はそう言って、騎士の顔を覗き込む。それでもなお、信じられないという表情のザイナスの騎士。
「慌てるでない。タイミングが大切じゃ。銀色の人々を追って早く着き過ぎてもイザコザになるであろう。支度をせよ」
騎士は困惑する。祖国ザイナスは大きな国であり、国内のどこへ行けばいいのかを教えて欲しいと。
「オレが行く!! このリードリオが案内しよう」
ケンタウロスの一人が胸を叩いて歩み出た。彼はスハインゴード族の中でもベテランに数えられる者だそうだ。
「では、<命の水>の使用を許可してください、長老」
騎士とアミアン姫は、お供三人と合流して出発の準備を始めた。それにしても気になる、<命の水>とは何だ!?
リードリオを含む五名のケンタウロスたちが、騎士らを安全に<人ならざる兵士>の集結地点へ連れて行くために選ばれた。500ml以上は運べそうな、液体の入ったビンを三本持って行く。青いビンは女性用で茶色いビンは男性用、黒いビンは馬用だそうだ。
「中身は? 水か……それとも酒かな?」
「<命の水 エリクサー>だ! これからの旅で我らの生命を支えてくれることになる霊薬だよ」
ザイナスの帝都へ向け、五つの騎馬と五名のケンタウロスは出発した。長老たちには丁重にお礼を述べ、騎士は<聖獣の居所>とザイナスで友好的な関係を持ちたいと申し出た。スハインゴード族のケンタウロスらは喜んでいたようである。
彼らは昼も夜も徹して走り続ける。野も山も小川も駆け抜け、一度も休まず帝都エイベミクスへと進む。なぜそんなことが可能だったのか?空腹も疲れも眠気も身体の痛みも、全て霊薬エリクサーが癒してくれたからだ。騎士は果てしなく液体の湧くビンの秘密について試してみたいと言った。リードリオは答える。
「だが人間の騎士よ! 神々にせよ女性にせよ、魔法や霊薬にせよ、この世の<神秘>については試してはならない!そうしたものに対しては、本気で向き合うかどうかなのだ……!」
三日目の夜明け、ついにザイナスの帝都であるエイベミクス市が見えて来た。<黄金客船>の寄港を祝う祭り<輝染め>は終わったはずの年末、まだ金色の飾り付けが目立っている。宙に浮く人影を見た。
「<人ならざる兵士>だ! ざっと十人以上は居るぞ! もっと集まって来る!! きっと銀色の剣士も現れよう……!」