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花園の魔道姫アミアン2  作者: 横山優
第2章 いつだってあんたを守るから
6/10

第6話 世界を広く学びたまえ

挿絵(By みてみん)


 淑女(レディー)が一人、倒れている。海岸で夜、星々が瞬く。<混沌の渦>も雲間からのぞき、雄大な風景を顕わにしている。女性は疲れて眠っているアミアン姫であった。



 他に人は見当たらなかったが、彼女の頭上、崖の上で馬が岩を歩む音。

「もし……もし……!」

 男性が馬上から声を掛けた。けれど反応はない。水滴が頬を打ち始める。冬の雨で冷えるといけない。

「賊を警戒していて、倒れているご婦人とはな……!」

 やむを得ないという表情で男性は馬を崖へ寄せた。金属のヨロイには騎士の紋章。見事な手綱さばきで10mの崖を垂直に降りる騎馬!



「もし……! どうしてこんなところに」

 ゆっくりと両目を開き男性を見る姫君。

「あなたは? ……人間……?」

「立てますか? 無理はしないでください」

 騎士は姫君を抱き上げて馬のところへ連れて行く。彼の横顔を見上げると、一日の終わりでヒゲが出ている男らしいアゴが目に入った。アミアン姫を降ろし毛布でくるむ。



 パタパタと飛んで騎士を追って来る何かが……ヌイグルミにも見える。それは彼の前へ出て来た。そして何と、口をきいたではないか。

「旦那さま、これを! その女性の持ち物なんです」

 <グレモアの魔導書>を届けようとする<使い魔>。しかし騎士はサーベルを抜いて言い放つ。

「お前は何だ!? この悪魔め!!」

 追い払われてしまった<使い魔>。姫の髪が雨に濡れて寒そうだ。湯を与えたいが、あいにく持ち合わせがない騎士。



 金属のカップに液体を汲み「ご婦人」へ与える。彼女の手が、わなわなと小刻みに震えた。カップを両手の指先で受け取る。

「冷たい! ……入ってるの、何ですか?」

「白ワインです。飲めますか」

 ひと口飲んだアミアン姫。確かにワインだった。身体が少し温まる。

「うん……! ありがとう……ございます。美味しい」



 カップを返された手の冷え方から、女性がかなり体力を消耗し衰弱(すいじゃく)していると見た騎士は、馬を座らせて彼女を乗せた。雨がさらに体力と気力を奪う。自分も女性の後ろで馬上の人となった。

「あなたは……? ……どなたなのです……」

「<騎士 ナイト>です、ご婦人よ。バギャラ=リーヴスと申します。あなたのお名前を伺うことをお許しください」

「アミアンと申します。……他の世界から来たの……!」



「他の世界! どういう意味でしょう」

「滅んだ世界から来ました。特別扱いで。この世界の名は?」

「特別……。私たちの世界の名は、アーマフィールドです。ここは<切断の海>の東海岸。アミアンどの、これから城へ戻ります」

「どこの? あなたはどこの国の騎士なのでしょう?」

「ザイナスの。馬から落ちないように気を付けて。私の居城(きょじょう)へ行きます。ご婦人を助けるのは騎士の本分、体力を回復しましょう」



 馬は二人を乗せてゆっくり進んだ。男性が本当に騎士であるかはわからない。でも彼からは「誇り高い騎士の匂い」がした。

「ありがとう騎士さま。お願いします」

フラフラと<使い魔>が追いかけても気付かない二人。雨が降りしきる中、温かな馬の背に揺られる。アミアン姫は目を閉じた。



規則正しい心臓の音、忘れ得ぬ横顔と。

波に混じる雨音、ここから歩き出せばいいさ。


            *     *     *


 シュメーザー城へ夜中の内に帰還した二人。祭りの最中で、城は金色の飾り付けが外壁にも屋内にも施されている。応接間で身体を拭く、騎士と姫君。暖炉の火がパチパチと暖かな音を立てている。やっと人心地ついたというところで、騎士リーヴスよりも年配に見える男性が口早に質問する。

「こんな夜更けに若いご婦人と……! どちらさまです!?」

「話せますか、アミアンさん」

「はい。私はアミアンと申す、王家の者です」



「アミアン姫だそうだ。グレゴリー、温かい風呂と食事の支度を頼む」

「もうしてあります。それにしても、素性も知れぬ、しかもご婦人を伴って戻られるとは……(あき)れます」

侍女(じじょ)を呼んでくれ。彼女に部屋を用意して欲しい。アミアン……姫君のための」

グレゴリーと呼ばれた男は一礼して去った。

「彼は長年、この城で執事をしてくれている。話し方に癖のある男だが悪い人間ではない。グレゴリーを許してやって欲しい」



 ひとまず侍女が婦人服を着替えとして持って来た。それで間に合わせ、与えられた部屋へ行こうとするアミアン姫。

「何から何まで、ありがとうございます、騎士さま」

「ケガがなくて良かった。後ほど食事をご一緒に」



 熱いお茶と食事を整えて執事が戻って来る。

「どちらの姫君なのです。……本当にご身分のある方?」

「別の世界、滅んだ世界から来られたそうだ」

「本当に!? そんなことが……! 何か証拠でもあるのですか、別の世界から来たという!」

「まだ見ていない。しかし弱っておられるご婦人を助けることこそ騎士の務め。よろしく頼むよ、グレゴリー」



 翌日の朝、城の応接間で。昨晩のものよりも広い別の部屋だ。窓から外を見る騎士。晴れていて日差しに目を細める。侍女たちに付き添われてアミアン姫が入室した。

「お具合は、姫君? 眠れましたか」

「平気です。ご厚意に感謝します騎士さま」



 部屋にはもう一人、全身を青い衣装で着飾った女性が居る。竪琴(たてごと)を抱えて。城や宮廷を出入りできる吟遊詩人らしい。ソファーに脚を組んで腰掛けている。物腰の柔らかい人物だ。

「ごきげんよう、お姫さま。一曲いかがでしょう?」

「まあ素敵ね! お願いします。どんな歌かしら……!」

 優雅な身のこなしと落ち着いた視線をした<青の吟遊詩人>は、竪琴に合わせて情熱的に、けれど理性的に歌い始める。



「<闘士バイロンの歌>を。バイロンは屈強な男、大陸の半分を手に入れた。戦って、戦って、人に情けを掛けることなく征服した。闘士バイロンは王となった、王となった、その昔。しかし求めるものに巡り合わぬ。何かが足りぬと嘆く、ずっと昔に」

 吟遊詩人は演奏しつつ騎士とアミアン姫を見た。微笑んで歌う。



「祭りの日、侍女がツボを割った、王の大切な。闘士バイロンは激怒する、侍女へ情けをかけぬ。ある女、侍女をかばった、王の大切な。バイロンは教えられた、情けを掛けねばならぬ。強き者こそ人を思いやらねばならぬと女は言う。

優しさを知らぬは世界の半分を知らぬと同じ。

大陸の半分を手に入れても世界の半分を知らぬは(はじ)

バイロンはこれを教わって心満たされたという。目に見えぬものも財産と知った、昔の王のはなし」



 歌を終えて<青の吟遊詩人>は一礼した。聞き入っていた者たち、騎士リーヴスやアミアン姫、城の働き手の拍手。


            *     *     *


「故郷ではお城で庭園を造っていました。私は特に薔薇の花が好きなの。香りもとてもいいわ! タネから育てていました」

「素敵ですね。ぜひ一度見てみたかった。あなたが育てた薔薇を」

 アミアン姫がうつむいたので、これはいけないと、騎士は直ぐに反応して詫びた。もうこの世にない故郷を思い出させてしまったようだ。

「ごめんなさい……そういうつもりでは……!」

「いいの。気にしていないわ。それよりも私、調べたいことが……」



 そこで騎士は城の二階にある、毎日手入れされていて換気の良い図書室へ姫君を案内した。彼女たちの世界で「書物」と言ったら、木版印刷(もくはんいんさつ)か書き写しのいずれかだ。そして高価である。騎士は三千数百冊の蔵書と二人の司書を抱えていた。図書室に入り、アミアン姫は目を輝かせる。

「素晴らしいですわ! 多方面の書物が、とても良い状態で保たれている……! どこから見ようかしら」



 姫君は先ず、アーマフィールドの地図を見せてもらった。現在地を確認しなければならない。騎士は地図上を指さして語る。

「あなたと出会った<切断の海>の東海岸はここです。我らがザイナス帝国はここ。そして私たちが今居るシュメーザー城は、この国の北西の隅……この地点です、姫君」

「ありがとう騎士さま、良く分かりました。本を読んでも?」



 室内を歩く二人。アミアン姫は「ある目的」を持って本のタイトルを見ている。女性司書二人にも手伝ってもらうことにした。

「どのような本をお探しでしょう、アミアン姫さま」

「ではお言葉に甘えて。どうであれば世界が滅ばなくて済むのか、その方法を教えてくれる本を求めています」



 驚く二人の司書! 顔を見合わせる。騎士も今さらながら、ことの重大さに気付く。この女性は本気で、話も本当なのだろうか?

「あなたが滅んだ世界から来たというのは真実なのですね!?」

 執事が主人を呼びに来た。退出する騎士。その後、アミアン姫は自力で一冊の本にたどり着く。「世界の真相」……こう記されている。



「<全世界>に存在する各々の世界は、滅亡することがあって……聖剣によって<破滅>させられる。そうした世界の多くはモラルが崩壊した状態にあり、ルールを守らない者も多く……」

 やっぱり! アミアン姫はそう思った。そして世界を救う方法を見つけなくてはと考え始めた。



 パタパタパタ。姫君が一人になったところで<グレモアの魔導書>をつかんだ<使い魔>が現れる。ヌイグルミのような「それ」は言う。

「アミアン姫、その続きは<魔導書>にあるみたいですよ」

「あなたって本当に神出鬼没(しんしゅつきぼつ)ね! 神さまの側? それとも鬼の側かしら。ありがとう、<魔導書>を読んでみます」

 <グレモアの魔導書>に世界を救う方法が!? 急ぎページをめくる。しかし別の記述を見て手が止まった。

「何かしらこれ……<カミナリの魔法>! 強烈な雷撃をお見舞いする。ゴールドのアクセサリー一つを消費して……」



 そのままボソボソと呪文を口ごもった彼女。すると……。ガガン!!! バリバリバリバリッ!!!

 青白いカミナリがアミアン姫の右手の人差し指から発せられて、図書室の一部を破壊してしまう! ひどく焼け焦げた匂いが充満する。もの凄い音と威力だった。慌てて騎士が戻って来る。散乱している書物。

「どうなされたのです、一体これは!?」

「ごめんなさい!! 私の魔法の暴発です!」

「魔法の!? 姫君が使った? ……凄い力だな!!」

 彼女の右手の指からゴールドのリング一つが消滅していた。


            *     *     *


 その日の夜、割り当てられた清潔な部屋で眠ろうとしたアミアン姫は、いつもの就寝のときに着ていたパジャマがなくて困っていた。淡いピンクの大きめパジャマを気に入っていたからだ。彼女は、いつも騎士がくつろいでいるリビングへ戻って来て言った。

「あの……自分のパジャマじゃないと眠れなくて……」

「気が付きませんでした、姫君。直ちに仕立てさせます。1時間、いや30分だけお待ちください」



 騎士はそんなことをワガママだなどと言わずに対応してくれる。待っている間、ニットのカーディガンを貸し与えられて、暖炉の近くで温まっていた。眠れるように、侍女がホットミルクを出してくれる。

「そうだわ! 明日の朝のメイク道具も足りない。それに、メイク落としとスキンケア用品も!」

 これにも部屋で待機していた侍女たちが応じてくれる。

「ご安心ください姫君。スキンケアブランド<ウィーン>の品々をご用意できます。メイク道具もお持ちしますので、お待ちください」



 シュメーザー城の侍女たちは直ぐさま、それを運んで来た。まるで宝石箱のようなバニティーポーチに入れられている。彼女はそれをとても気に入ったようす。

「嬉しいわ! とっても美しい品で。ありがとう、皆さん。ありがとう騎士さま!」

 これへ騎士は、やや形式張ったお辞儀で応える。くつろいだ衣装で。

「もう時間も遅いです。パジャマも仕上がりました。ご就寝を」



 そこへ一人の侍女がやって来て告げる。

「こちらのショートソードは姫君のものではありませんか?」

「ありがとう。見てください騎士さま、これは私の出身地、キュレルボン王家のゆかりの品なのです」

 騎士が見たところ、そのようだ。しかしその国の名は知らない。

「別に、信じてくださらなくてもいいの」

「オレは信じます。あなたが、滅んだ世界で姫君であったことを」

 そう言って彼は、アミアン姫へ()()()()()見せたのである。



 城での生活に慣れ、ザイナスの食事にも味覚が合って来た数日後、アミアン姫は騎士と馬で外出することを提案した。幾つかの魔法の道具を手に入れるためである。二人はそれぞれ馬に乗って山へ入り、植物を見て回った。と言っても季節は冬、草木は枯れているものが多い。

「それでいいの。植物のタネが欲しかったのですから」

「魔法の道具の? まだ見たことがありません、魔法というものを」



 お供も三人連れて来たので、安心して散策できる。アミアン姫のお気に召すタネは1時間もかからず見つかった。山から帰る途中、彼らは峠の近くで小休止する。馬から降りて水を飲む。

「誰だっ!? ……そ……そこに居るのは!!」

 岩肌に開いた穴の中から声がするではないか。

「そっちこそ誰だ! こんなところに隠れていようとは」

 騎士は出て来るように言った。穴から一頭の、やつれたケンタウロスが出て来る。やせ細っていて、目がギョロッと人間を見回す。



「なぜこんなところにケンタウロスが!? そう言えば彼らは厳しい指導で知られていて、ときおり嫌気の差した若いケンタウロスが集落から逃げて来るとか」

 疲れ果てているように見えるケンタウロスは取引を持ちかけた。

「腹も減ったし、もう逃げ疲れた。おいらを集落まで送ってくれたら、できるお礼をするぞ」



「それはいい。世界の破滅と救いについて、賢いケンタウロスたちの智恵を借りられるかも知れない! どうですアミアン姫?」

「それはぜひ! どこですか、彼らの住まいは?」

「ここから北へ行った<聖獣の居所>という場所です!」


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