第4話 ウサギが導く不思議の海
暗い広がりだが安定している<秩序の海>を飛ぶように進む。キル=キシーンの指示で、<人ならざる兵士>は四人だけ一緒に行動することとなった。他の兵士はいずこかへ消えた。
「あなたにふさわしい世界を探そう、アミアン姫」
銀色の剣士は理性的にそう言った。<まじない師>のおばあさんは、「朝焼けの中で」銀色の剣士と戦うと予言してくれた。しかし実際にはそうならなかったのである。
「世界から外へ出ても呼吸できるんですね!」
「そう……! あそこに見えている<混沌の渦>が、無限の可能性を放っているためだ。あなたたち人間は、そうした可能性の中に想像力を働かせて<選択肢>を見つけ、自分の意思で選んで自らの運命を変えて行けるのだよ!」
光り輝きながら巨大な渦を形成している場所を見た。あれが<混沌の渦>! 満天に星々の煌めきが映えている。
「<全世界>って、凄く美しいんですね……!」
「気を付けてくれアミアン姫。あの<混沌の渦>が放出している可能性に、吹き飛ばされないように!」
「どうして!? 危ないのですか?」
「あれを見て。他と違うでしょう? <亜空間>だ!」
<秩序の海>とは異なり、赤や青や黄色や緑といった様々な色が混ざり合い、流れて、クルクルと小さく渦を巻いている不気味な場所を発見した姫君。あれがキル=キシーンの言う<亜空間>らしい。
「飛ばされて、あれへ落ちたらそれきりだぞ! 気を付けて」
「気を付けます。それにしても気味の悪いものね。<亜空間>って!」
「どこへ向かっているのですか、私たち?」
「もうすぐ……あの光の中に入ります。皆と離れないで」
星の一つへ近付いて行く。やがてそれは輝く大きな玉となり、キル=キシーンを先頭にして全員がそれへ突入して行く!
「ぶつかる!! あっ! 通り抜けた!?」
アミアン姫は、光の玉の外から内側へと、何の抵抗もなく入り込んで行く。視界が突然、青空へと変わったのに面食らう。
そこは一面に緑が広がる、自然の植物だけの世界だ。彼らはゆっくり飛んで地面へ着地する。たくさんの知っている植物、それと同じくらいたくさんの知らない植物。花や果実がそこいら中になっている。
「何て生命力にあふれた世界なの! 驚いたわ!」
アミアン姫は美味しそうな赤い果実を取って食べてみた。甘い。とても美味だ。果肉は柔らかく、果汁が口の中にあふれて出て来る。
何かが急いで走り近付いて来た。見れば木の「切り株」が槍を持って、怒った風に姫君へ接近して来る。逃げるアミアン姫!
「ちょっと! 動いてるわ、この切り株!!」
<切り株の兵士>はヨタヨタと頼りなげに走って姫君を追いかけ……足元にうねっている巨木の根っこに足を取られて転げた。逆さまになってしまって、もはや自分では動けない……。
「微笑ましいわね。でも私、ここで一人生きるのは無理そうだわ。確かに平和ではあるようだけれども」
「この世界に人間は居ない。もう一つ、お見せしたい世界がある。そちらにも行ってみよう」
* * *
銀色の人々が身に着けているのと同じマントの力で飛び回り、再び世界の外へと空を突破するアミアン姫たち。
「次はどんなところへ行くのですか?」
「あなたのお気に召すかどうかはわからないが、ついて来てくれたまえ。今度は妖精たちの世界へ」
「妖精の!? 私に……向いているかしら……?」
キル=キシーンは人間と妖精との共存を模索したいらしい。アミアン姫の心に期待と不安が去来する。
「次の世界までは遠いのですか? ウサギさん」
「遠いとも近いとも言える。<全世界>において時空は均一ではないし、世界と世界とは目に見えない<糸>によってつながっているから」
「世界はつながっている!? どうやってですか?」
「<大いなる存在>の仕事によって。ほら、あれをごらんなさい」
姫君はまた別の<大いなる存在>を見ていた。その姿は、オーロラでできた巨大な蜘蛛にも似ている。しかし人間めいた頭が二つついていて、オーロラでできた長い脚は十以上ありそうだ。アミアン姫はまだ、天然のオーロラを見たことがないので、それを「美しい色彩の波」として把握する。それは脚を動かして<秩序の海>を渡って行く。
「何という名なのです、あの<大いなる存在>は?」
「ナルガラム・ジェストス。世界と世界とをつなげる存在だ。それと、我にあまり<全世界>について質問をしないように」
そうして一行は別の星へ接近する。近くで見ると光った大きな玉に見える、その内側へ入ると、今度も自然豊かな世界だった。
「ああーーーーーっ!! ウサギさーん!!」
世界へ入る角度が少しずれてしまい、アミアン姫だけが他の者たちとはぐれてしまった。見る見る内に銀色の人々から遠ざかる。
深い森の中へザザザと入って草の上へ着地した姫君。ここは先ほどの植物だけの世界とは異なり、鳥や獣の鳴き声がしている。
ホーッホーッ!! キキキキキ! バサバサ!!
たくさんの生き物の息吹を感じる彼女。……そして視線をも感じる。鋭い視線を……!
木々の間の茂みを踏み分けて現れたのは、小柄で屈強そうな人間に似た妖精だ。ヨロイを身に着けて斧を担いでいる。話に読んだドワーフという妖精のようである。そのとき姫君は別の方向から鋭く呼ばれた。聞いたことのない言葉だった。そちらからも人に似た妖精が現れたが、背は高く身体は細い。耳が長く尖っていて「ウサギさん」の耳に似る。
シュン!! 横の立ち木に矢が一本、突き刺さる! 細長い妖精エルフが弓で放ったものだ。何かしゃべっているけれど言葉がわからない。こちらには戦う意思はない!
「アミアン姫! ここでしたか」
キル=キシーンと四人の兵士が合流して来た。ドワーフとエルフは逃げてしまったらしい。
「彼らと仲良くなれば楽しいかも知れませんよ、姫君?」
アミアン姫は笑った。どう見ても凄く警戒されていた!
「仲良くなるには言葉が通じないと。それに、ここでも人類は私だけになってしまいますね」
「……ならば人間の住む世界で良いですか? 争いなど絶えませんが」
「ええ、構いません。連れて行ってください」
彼女らは再びキル=キシーンを先頭にして世界を出て行く。
* * *
妖精の世界を早々に後にして、あることを思い出したアミアン姫。キル=キシーンへ問いかける。
「そういえば、世界にはそれぞれに固有の名前が付いているのではありませんか? ウサギさん」
「知りたいかね。最初の植物だけだった世界の名はレンティリズタンス。今の妖精の世界はスーメラチェザイルだ」
良い経験ができたなと感じている彼女へ、キル=キシーンは告げる。
「今の名前は憶えなくていい。もう来ないだろうから」
「やっぱり人間の文明が発達している世界に行きたなあ」
「そうだな、それでいい。さてしかし、どこがいいだろう?」
アミアン姫をどんな人間の世界へ連れて行けば、最も彼女のためになるのか思案する<人ならざる者>、キル=キシーン=ガミルテリオス。そのとき、またしても姫君が大声を上げた。
「キャーーーーーッ!!!」
彼女は今、<全世界>の中心で輝きつつ回転する、<混沌の渦>が放っている無限の可能性に吹き飛ばされそうになったところだ。
「危ない!! 我につかまれ、早く!!」
キル=キシーンの銀色の手につかまったアミアン姫。もっと飛ばされていたら、それこそ<亜空間>に落ちていたかも知れない!
「ウサギさん、ありがとう。あなたの手って、思っていたよりもずっと温かいのですね」
「冷たいと思っていたかね?」
<人ならざる者>と手をつなぐなんて、こんな経験は滅多にできないと姫君は感じ入った。
「ねえ、武器で戦うってどういうことかしら、魔導士として?」
アミアン姫は長い間、疑問に思っていたことを口にする。それを聞いてキル=キシーンは何かに思い当たったようだ。
「ならば、こちらへ行こう……! ついて来なさい」
一行は<秩序の海>を、なるべくかたまって渡って行く。
姫君が何かを見つけたようである。
「見て!! 黒い影が羽ばたいて行くわ! 何かに似ている……そう!ペガサスに! あれは伝説のペガサスかしら!?」
その黒い影へ近付こうとする彼女を、キル=キシーンは引き留めた。
「近付いてはいかん!! あれは<高次元の幻像>だ」
「良く見ると、あちらにもこちらにも……! 何ですの、それ?」
「ああしたものは人間界よりも高次元へ出入りできる者だ。触れるのは危険かも知れないから近付かないで欲しい」
遠くには<竜 ドラゴン>と思しき黒い影が、光ったり黒くなったりしながら飛んでいる。幾重にも「層」を作っているように見えた。
「世界の外って面白いわ! どうすれば来られるのかしら?」
「各々の世界から外に出るには限られた手段によるしかない。そう簡単には来られないのだよ」
今自分がしている体験が特別なものであることを、アミアン姫は改めて悟った。かつて書物で学んだ。こういう知識を<深淵の真実>と言うと。
「ここだ、アミアン姫。この世界を目指していた」
* * *
寒さに震えが止まらない。実際には、その場所が特別に寒かったのだが、アミアン姫は極寒の世界へ来てしまったのかと思ったほどである。<猛吹雪 ブリザード>が吹き荒れていて、そこに人が住んでいるなどとは全く考えられなかった。
一行は雪山へ着陸し、姫君のために予備の衣服を<人ならざる兵士>が与えてくれた。雪風は次第におさまる。
「見る限り、ここにも人間は居ないみたいね……!」
「人間は後回しだ、姫君。先にこの地に居るというセンキを探す」
「えっ、何? センキって言ったかしら?」
彼女はキル=キシーンたちに任せた方が良いと考えて、彼の直ぐ後ろをついて行った。さらにその後を四人の兵士が守っている。見渡す限り、一面の雪の世界! 太陽はぼんやりと灰色に頭上で輝いている。
雪が降っている。他に何もない。また風が出て来た。太陽が出ているのに吹雪とは! 銀色の人々とアミアン姫は構わず目的地へ歩いて行く。
「ところで、お目当ての場所までどれくらいで着くのですか? ウサギさん、とっても寒いわ!」
「この山のもっと上の方! ……そこにセンキは居るはずだ」
「これは教えてくださるわよね。この世界の名称は?」
「アーマフィールドという名の世界だ、アミアン姫。そしてこの山々の名はバリサリイン。バリサリイン山脈だ」
アーマフィールド? ここには人類が居るのかしらと、姫君は雪に目を細めてキル=キシーンの背中を見る。
「人間が生活している場所へは後ほど行く。今は<戦鬼>を探す」
「センキ? それどういう意味!?」
「戦うことを宿命づけられている者たち。かつて元々は人類とわかれて生きる、大昔の巨人だった」
「ああ、戦う鬼で<戦鬼>なのですね。やっとわかりました。でもどうしてこんなところに居るのですか?」
「それに、ウサギさんたちは吹雪でも寒くないの? 平気そうだけど」
キル=キシーンは一度、アミアン姫の方へ全身で振り返った。そしていつにも増して真剣な表情でこう言う。
「あなたの側からは、あまり質問をしてはならないのだ、姫君。<人ならざる者>は人間と深く交流しないように命じられている」
誰から!? と、アミアン姫はまた質問しそうになり口を閉ざした。彼には彼の立場がある。それを考えて今回は自我を飲み込む。
「もうすぐだ! <戦鬼>たちは、戦いについてのあらゆる意味を探すように定められた存在。あなたの疑問に答えてくれるだろう」
「ありがとう、ウサギさん! 雪が止んで来たわね。もう夕方」
陽が傾いて来た。すると……エイヤアー!! ハアアア!!! キン! キキイン!! 戦いの音と勇ましい声だけが聞こえ始めた。
「音がします!! でも見えない。恐いわ!」
ここでやっと歩みを止めた、キル=キシーン。
「彼らは霊魂だからだ。我にも見えない。夕陽の中でだけ、その姿は見えるそうだ。もうしばらくここで待とう」