第2話 神秘への扉を開いて
「世界が滅びるんだってば!!!」
「そ~んなこと~っ……ありませんよ、ねぇ~~っ!?」
「考えすぎですってアミアン姫さま。アハハハ!」
こちら側には姫が一人。あちら側には、その他のお城の者たち、大勢。アミアン姫は完全に孤立してしまっていた。誰も耳を貸そうとしない。
「縁起でもない……そんなこと、言うもんじゃありませんよ、姫君。そういう物騒なことは、ねえ? もう少しお口を慎んでください」
入り口のホールへ向かう、一人っきりの姫。その背中を指さしてヒソヒソと笑う大臣たち、出入りの商人たち、城で働く者たち。クスクス……ハハハ……! こともあろうに、アミアン姫を白い目で見て笑っている。侮辱しているのだ。振り向いて、一人悲しげな姫君。
<まじない師>のおばあさんは、今日も来ていないみたいだ。もう一度話をして、予言を信じて良いか考えてみたかった。
「たまに居るんです、世界の破滅を語る人って。まさかあなたまで」
ニーレッツおばさんは冷ややかにそう言った。城の中に知人はたくさん居るけれど、心の通じ合う者は一人も居ない。孤独な姫君。アミアン姫の取り巻きの人々は、顔に薄ら笑いを浮かべて彼女の言うことを笑殺し、その上で小ばかにしている。手のひらを反して。
「いいわ、もう!! 一人で調べるから! でも邪魔はしないで!」
凄い剣幕だ。怒った顔で、しかし血の気の引いた顔で歩き去ろうとする姫君。エラい人たちは、その後をこっそりついて行こうとする。ニヤニヤと、若くて迷っているアミアン姫をバカにして。
「ついて来ないで!! 来ないでったら!!」
カンカンカン! 金属のラセン階段を降りて図書室へ向かう。何かわかるかも知れない。世界を救う夢を見た。世界が破滅すると予言された。
……自分を信じたい。図書室の前では、ふんぞり返った兵士が扉を守っている。取っ手を掴む姫君。兵士は二人とも「そっぽ」を向いた。構わず中へ入る。ランタンの灯りを頼りにしながら、アミアン姫は幾つもの書物を手に取って調べる。世界について詳しい本を、ついに見つけた。
「やっぱり! 私たちが住んでいる世界は、<全世界>にたくさん存在するものの内の一つでしかないのね。この世界はアシェーヌトピカという名前で……個々の世界は滅ぶこともあるって書いてあるわ!」
図書室を出て玄関ホールへ戻ろうとする姫君の前へ、パタパタとヌイグルミのようなものが飛んで来た。牙と角を生やした愛嬌のある顔。ちょっと悪魔にも見えるけど<魔導書の使い魔>だ。
「正面玄関は無理です。裏口の兵士を眠らせておきました。そちらへ」
ツカツカと靴音高く歩いて行く姫君。裏口ではなく正面玄関へ向かう。
「私、ルルボン城を出ます。扉を開けて!」
きっぱりとした口調で告げた。大扉の番人たちは顔を見合わせる。
「もう一度だけ言います。城を出るので扉を開けて!」
ギギィィ……グゴゴゴ……大きく開かれた大扉。凛として歩み出る姫君。
* * *
どこへ行くというのだろう、アミアン姫は? 馬ではなく歩きで、王都ダバハを見物する。城下町に人はたくさん居るが、誰も彼女のことを気に掛けない。気付かれていない? それとも他人に興味がないのか。街は汚れていた。それでも他人に無関心な人々……何を考えているんだろうと、疑問が姫君の表情を曇らせる。
「痛っ!! ……段差に気付かなかったわ……!」
慣れない石段でつまづいたアミアン姫。その周囲で一瞬、人の流れが止まった。しかし直ぐ普段通りに戻る、王都の城下町。何も起きていなかったかのように、まるで。姫君は自分が持っている情報を心の中で整理する。世界を救わなくては。だけど、誰のために? 何のために?
夕方が近い。アミアン姫は王都の広場へ続く、幅の広くて長い下り階段を降りようとしていた。その背後から西日が照らして、下り階段に一人分の長い長い影を落とさせる。他に周りに人は居ない。彼女一人だけだ。頭を下にして伸びきっている自分の影……その孤独に気付く。
「……私……! 一人で何をしているのかしら?」
立ち止まっているアミアン姫の周りを、やっと人が通り過ぎる。でも誰も彼女に関心を持っていないようす。姫君は突然、思った。
「この人たちのために、私は一人で一生懸命行動しているの!?」
すれ違う人が不審そうに彼女を横目で見る。不審なのはどっち?
広場では子供たちが<お姫さまゴッコ>をして遊んでいる。途方もない違和感。突然、アミアン姫は自分の置かれている状況を悟った。
「どこの国の姫君なのかしら、私って。誰にとっての姫君なの?」
糸杉が公園の周りを囲んでいる。中央には誰だか過去の偉人の像、噴水池の中の台座に立っている。人はまばらに居たが、アミアン姫が公園へ入ると夕方の4時半を告げるチャイムが鳴り、皆どこかへ消え去った。もう誰も居ない。姫君一人だ。一人だけである。
「皆、自分のことしか考えていない。こんな……こんな国民のために必死で! ……私は……!」
パタパタパタパタ! ……ケケッケ! <使い魔>が現れた。
「緊急事態ですアミアン姫! 魔法を唱えてください! 早く!!」
「魔法って!? どんな魔法を使えばいいの?」
「テレポーテーション」
え……。……それって、かなり高度な魔法だったはず……!
「そんな魔法、使えない! どれにどこへ行くの!?」
「<神秘>ですよ姫君! この世の<神秘>を味方につけてください。さあ、早く! さあさあ……ケケケ!!」
ずっと遠くで二、三人の人影がこちらのようすを伺っている。人に見られてもいいのかな、<使い魔>。その心配はさえぎられた。
「あなたは以前にも<神秘>の力を借りてテレポーテーションをしています。思い出して! さあさあ、ケケッケ!!」
えっ!? ……あっ、あのとき……ダンジョンから脱出するときに!それならば憶えている。あれは<花園の魔法>だった。武器を振るいながら呪文を唱えたのを鮮明に思い出すアミアン姫。
「それです! さあさあ、早く唱えてください! さあ、さあ!」
呪文……思い出せるかな? 姫君は<王家のショートソード>を手に取り振りかざした。刃がオレンジ色に輝いている。
「アルシュミィ・レイギニ・レイギミ・ツファルグン。お庭のタネを……」
こうしてアミアン姫は再び<花園の魔法>の呪文を唱えた。何か輝くものが見える。気が遠くなる……この世の<神秘>は今回も味方した。
* * *
木漏れ日が地面を揺らしている。太陽は傾きかけていて、一人の女性が倒れている木陰を際立たせている。眠っているその女性は、ウェーブのかかった金髪で身長は人並み。右腕を伸ばし、そこへ頭を乗せて、身をよじって横たわっている。
彼女が身につけているものは高価そうな品だ。清楚なデザインの水色のニット、黒のパンツとブーツ。その上へベージュのコートを着て皮手袋をはめている。大人の女性の気品を感じさせた。今、目を覚ます。彼女はキュレルボン王国の姫君アミアン。
「うーん、目が回る……ここは? どこかしら」
立ち上がると腰にショートソードを帯びているのがわかる。姫君は遠くに人が集まっているのを見た。ここはどこかの街のようす。人だかりの方へ行くと、その輪の中にとても背の高い銀色の人物が十名ほど居るのが見えた。顔も身体も髪も、目や口の中まで銀色らしい。
「通ります! 道を開けてください!! 私を通して!」
群衆をかき分けて中心へ近付く。身長2mくらいある、槍で武装した銀色の兵士たちが、彼らよりもさらに背の高い銀色の剣士を取り巻いて護っている。図書室で読んだ本にあった「銀色の剣士」!
「<人ならざる兵士>たちだ! この世界もお終いだ!」
「見ろよ! <人ならざる者>も居るぞ! ……世界の破滅を言い渡しに来たのだろう。神よ、お助けください!!」
本当に? ならばあれが<予言>にも言われていた剣士!? <人ならざる者>って言うのかな。姫君は、あんな強そうな者と戦うのかと、とても心配そうな顔をしている。身の丈2m10cmある剣士は言った。
「我はキル=キシーン=ガミルテリオス。この世界を任されている<人ならざる者>だ……この世界はこれから破滅する」
やっぱり!! 集めた情報通りだわ! どうしよう!?
「アシェーヌトピカの人々は『滅びへの道』をひたすら走っている。それは人として許されないことだ! よって<人ならざる者>である我は、この世界の破滅を宣告する……!」
「待って! そんなことは認めないわ!!」
アミアン姫が銀色の人々へ近付く。小剣を抜いて右手に持った。反対側の手には、何やら赤いものをたくさん掴んでいる。
彼女は<神秘>の助けでここへテレポーテーションして来たらしい。ならばもう一度、<神秘>を呼んで「銀色の剣士と戦う」という予言を実行するまで! <人ならざる兵士>たちは、やけに威勢の良い娘を警戒している。
夕陽の中、彼女は小剣を振るって<剣豪になる魔法>を使う。「薔薇剣士」アルガトの霊の応援を頼むのだ! 姫君は薔薇の花びらを撒きながら呪文を唱えた。輝く光が周囲に……あれこそが<神秘>の加護を得ている証なのだろうか?
槍を構える<人ならざる兵士>たち。だが今や魔法で剣豪になったアミアン姫は、彼らの間をスルスルと通り抜けて銀色の剣士のところへ、瞬く間にやって来た。剣を抜き放つ<人ならざる者>キル=キシーン! キキキン! カン!! キキンッ!! 姫君と剣士が、ほとんど対等に戦っている! 彼女は自分でも凄いと思った。
「ええい、やっかいな小娘め! 小癪なマネを!!」
どうやら本気になったらしいキル=キシーン。長大な剣を器用に扱ってアミアン姫の小剣を叩き落とした。彼女は慌てたが、直ぐにそれを拾おうとする。しかし<人ならざる者>は地面に落ちた小剣を蹴り飛ばす。
「滅びゆく世界に、まだそなたのような気概を持った者が居ようとはな……! しかもまだ若い女子が……正直、驚いたぞ!」
* * *
<剣豪になる魔法>は解けてしまったようだ。周囲で輝いていた白い光は消えて、<神秘>の援護も消滅してしまったことを知らせていた。もはやなす術なし! けれど諦めないアミアン姫はバッグから<グレモアの魔導書>を取り出して読み始める。その場で!
「何かいい方法はないかしら!? どんなリスクでも覚悟して受け入れるわ! 何か方法があるはず……!」
大きな<人ならざる者>は彼女へ、長大なグレートソードを突き付けている。そして頭をのけ反らせて人間の娘へ言った。
「何をしている、娘よ? すでに勝負はあったのだ」
アミアン姫は必至でページをめくり、素早く読み進める。この場を乗り切る、この窮地をしのぐ何らかの手段を求めて。彼女の額を汗が流れている。追い詰められた者が流す「冷や汗」ではない。人々のために、滅ぼうとする世界を何とかしようとする術を見つけるために、働く者が流す熱い「労働の汗」だ。<人ならざる者>であるキル=キシーンにはそれがわかった。そしてその汗が「尊いもの」であることも。
「それほどまでに……! 人間の娘よ。見たところ、そなたにこの場を切り抜ける手はなさそうだぞ。お終いにしたまえ」
「諦めないわ!! 私……」
「何……? 今、何と言った、人間の娘」
「私はキュレルボン王国のアミアン姫。必ずこの世界を救う方法を見つけます! バカにしないで!!」
手の甲で汗を拭いながら<魔導書>のページをひたすらめくる彼女。
キル=キシーンの目つきが次第に変わって行く。
「立派だ、アミアン姫とやら。そなたの心意気を買おうぞ」
遠く蹴りやった<王家のショートソード>を、銀色の兵士に持って来させ、姫君へ返却する。柄にはまった見事なルビーが輝いた。
「もうこれ以上おかしなマネはしないように」
疲れた汗まみれの顔を上げて、アミアン姫は泣いた。世界を救えなかった! くやしい! それに悲しみが腹の底から湧いて来て、涙があふれ出した。キル=キシーンは抜き身の剣を彼女の前に差し出し、言った。
「これを見よ。我ら<人ならざる者>にのみ与えられる聖剣だ」
それは全長1mと80cmもある巨大な「大剣 グレートソード」。漢字五文字で銘が打たれている。ブレードの表側にも裏側にも。
「これは剣の称号で『開闢終世尽 カイビャクシュウセイジン』と読む。世界の始めと終わりに振るう、言葉の剣と呼ばれるものの仲間だ」
アミアン姫はその、とても美しい、強そうで大きな剣に魅入られた。もう泣いていない。キル=キシーンの落ち着いた声を聞いて冷静さを取り戻した。バッグから出したハンカチで涙の跡を拭き取る。
「なぜ私にそんな説明をしてくれるのですか?」
<人ならざる兵士>たちが人だかりを解散させている。その場に人間はアミアン姫ただ一人となった。キル=キシーンは細長く伸びた両耳をピクンをさせて質問に答える。
「そなたの目があまりにも澄んでいて、他の者たちとは違うな、と感じたからだよ。今もまさに、真っ直ぐ我を見すえている……!」
「この世界は……やっぱり滅びるんですか?」
銀色の剣士、キル=キシーンは剣を鞘に収めてきっぱりと応えた。
「滅びる。我らが人の世を見て<破滅>だと判断すれば。しかしそれは必ずしも悲しい滅びではない。輝かしい滅びなのだ」
やっぱり滅ぶのか……アシェーヌトピカの世界は救えなかった。だけど「輝かしい滅び」って何かしら? 私も……一緒に滅びるのね……。