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花園の魔道姫アミアン2  作者: 横山優
第2章 いつだってあんたを守るから
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第10話 アーマフィールドの心

 調べものをしたかったアミアン姫は大層喜んだ。蔵書1万冊を誇るアプロディーレ城の図書室を利用してい良いという。騎士とともにその部屋へ行ってみると、保存状態が素晴らしい良書ばかり、手入れの行き届いた棚に保管されていて、その横にも入りきらない書物が山積みで置かれていた。

 司書や係りの者も常時、図書室内を整備するために置かれており、探し物を手伝ってくれるという。至れり尽くせりだ。



「アプロディーレ城内に、リーヴスさまと姫君に部屋を二つご用意致しました。どうぞご利用くださいませ」

 皇帝派の人物が、込み入った事情の中でこれを手配できたのは、一人や二人ではない者たちの一方ならぬ心遣いのお陰だった。だがそうした裏方については、アミアン姫はもちろん、騎士リーヴスに対してでさえも明かされなかった。皇帝派のプライドのなせる業であったろう。

「オレの城へ使いの者を。しばらく帰れぬと」

 どこまでも姫君の気の済むように付き合ってくれる騎士であった。



 <秩序と混沌の神々>の名前や、信仰の歴史について図書室で調べたアミアン姫。それが必要だと、<グレモアの魔導書>に書かれていたからである。秩序の光の化身アーンドゥア神、混沌の力の魔神ベンドルモーリェといった神々が、これまで人間とどう関わったのかを学ぶ姫君。

 またベテランの魔導士は、その「本領」としてこの世の<神秘>を味方にできることを。さらに<魔導書>には、その書物ごとに固有の秘術について、魔導士の術の「真骨頂(しんこっちょう)」という形で記されているのだ。



 <グレモアの魔導書>における真骨頂は、ある種の「世界を救う方法」だと記されている。図書室の書物と自分の<魔導書>を読み比べながら、<人ならざる者>から提示された、「猶予一年」にできる最善の策を探し求めるアミアン姫の姿がここにある。

「そもそも、この世の<神秘>って何かしら? 与えられる試練と戦う覚悟のこと? これを持つ者に力を貸す、目には見えない働きのことかしら。光が幾つも輝いて……あの正体について知りたいわね」



 図書室を出て、城内のラウンジでティータイム。おススメのものをと注文して出されたのは、見た目にも癒される、温かくて本格的なグリーンティーだった。苦みの中に甘味を感じ、二人はしばしリラックスする。

「世界を救う秘術……。アミアン姫、きちんと説明してください」

 これまでも自分に何くれとなく手助けしてくれた騎士へ、<神宿(かみやど)りの木の魔法>について隠すことなく説明するアミアン姫。



「<花園の魔法>を応用して大きな樹木を生み出します。その中へ私が入ったまま、樹木の霊力で<秩序と混沌の神々>に応援を求めるの」

 今の説明の中に「非常に不審(ふしん)な点があった」と、騎士は色めき立つ。

「つまり姫君、その……あなたは魔法で作った木の中に閉じ込められるということですか? どれくらいの間、閉じ込められる?」

「ずっとよ。神々の力で人々に自覚を促す間、ずっと。だと思います」

「それって! ……まさか、命を賭けてではないですよね……!?」



「私の命の保証はありません、たぶん。でも、それで世界が救われるならば、そうします。そうするしかないわ! 私……!!」

「そんな無茶な!! 自己犠牲じゃないですか、それって!? 世界を救うために一人を犠牲にするだなんて! そんなのおかしい!! 神々は人を何だと思っているんですか? そうでしょう!?」

「他に方法はないわ! 私、そうするって決めたんです!」

 並々ならぬ、アミアン姫の決意にたじろぐ騎士。しかしそれでは……!


            *     *     *


「姫に魔法の道具を渡すなっ! 神々に働きかけるという自己犠牲の魔法、オレは反対だ!! そんなやり方……認めることはできない!」

 それはアミアン姫のことを気遣っての考えであったろう。だが相手は自分の道を行かんとしている魔導士。心はすれ違う。

「皆の幸せを願うのが王家の者の務めだって、私は教わりました!」

 神経質に成っている騎士は、ハンカチで顔を拭って落ち着こうとする。



「オレは、あんたのことを……! とにかくその魔法は賛成できん!!」

「魔法のことなんてわからないくせに!!」

「ああそうだ。オレには魔法のことはわからない。しかし人として、見過ごせることと見過ごせないこととの違いは見分けられる!!」

 ついに口喧嘩(くちげんか)へと発展してしまった。騎士とアミアン姫に貸し与えられている部屋は、同じ廊下沿いにあり互いに近い。自室に戻って冷静に成ろうと、騎士リーヴスは扉を開けた。立ち去る姫君。感情のまま扉を乱暴に閉めそうになった騎士……我に返って静かに閉めた。



 部屋は良く整えられていて快適だった。窓から城の中庭を、そのずっと遠くにはエイベミクス市の街並みが見渡せる。部屋は三階にあった。一人に成ると、あれこれ考えてしまう。世界を救う方法? ……バカな!

 アミアン姫を犠牲にしてアーマフィールドの滅亡を回避するだなんて、あまりにも卑怯だ。しかし、だからといって、今のところ他に打つ手はなさそうだ。でもあり得ない! オレは彼女のことを……。ふいに騎士はハッと顔を上げた。姫君、今、どこに居る!? 部屋を飛び出す。

「姫はどこへ行かれた!! アミアン姫を見た者は居ないかっ!」



 左手の手のひらの上に、植物のタネが五つ。じっと見つめる。例の魔法に必要な道具はこれだけ。高価なものなど必要ない。それを上着の内ポケットへしまい込むアミアン姫。広いアプロディーレ城の中を歩き回り、ふさわしい「場所」を探している。

「屋外がいいわね……でも、お庭などでは人目についてしまう」

 廊下ですれ違う者たちは皆、彼女にお辞儀をして通り過ぎた。仮にも一国の姫君だった女性である。その話は知られていた。



 使われていない塔を見つけたアミアン姫。人が使っている形跡がない。そっと螺旋(らせん)階段を上り……誰か来た! 足を止める……通り過ぎた。

 上り切ると鉄製の頑丈(がんじょう)な扉が。その向こうは屋上らしい。ノブを回そうとしたがロックされている。勝手にこんなところへ来て、叱られるかしら。でももういいの。私はこれから……。騎士さまにはご迷惑をかけるかも知れないけれど……他には手段がないわ! 

 急ぎ<グレモアの魔導書>の中に錠前を開ける魔法を探す。見つけた……一つぶ分の真珠の粉が必要だ。あいにく持ち合わせはない。すると、パタパタパタ。

「安心してください……ケケ! ほら開きましたー!」



 飛んで来たのは、一見すると魔物のような、人でもモノでもないもの。<魔導書の使い魔>が屋上へ出る扉の(じょう)を破ってくれた。一抱えくらいの大きさのヌイグルミのようで、牙と角と翼を持ち、愛嬌(あいきょう)のある顔をしている。これまでにも「それ」はアミアン姫を導いて来たのだ。

 扉のノブを回し、押し開けると、そこは直径5mほどの屋上。石造りで、かつては塔の見張り番が使っていたようである。ここならば大掛かりな魔法も使えそうね。年明けの冷たい風が吹いている。誰も居ない。誰も。


            *     *     *


 晴れている空を見上げると太陽は高く輝いていて、例えようのないほどに冷ややかな光で地上を照らしている。その中にアミアン姫は居た。

「……これでいいのよね……?」

 清々しい空気。彼女しか居ない塔の屋上で問わず語りする姫君。辺りを見回して何かを探す。<使い魔>は? また見えなくなった。

「今、どういう気持ちで居ればいいのかなあ、私?」



 バッグから<グレモアの魔導書>を取り出して魔法の見直しをする。399ページ、<花園の魔法>を応用した<神宿りの木の魔法>。もう後戻りできない。ここまで来てしまったのだから。魔法の効果と呪文が書かれているのを、もう一度目で追った。

「これしかない。成功すれば……! この世界に神々が介入して人々を(ふる)い立たせ、アーマフィールドは救われる。……かも知れないのよね」

 今回の魔法では、成功したかどうかを術者自身が確認できないのだった。



 何度も逡巡(しゅんじゅん)するアミアン姫。口元で微笑んでみようとするが上手く行かない。一体どんな顔で、どんな心で「最後の魔法」を唱えればいいのか。

 さしたる意味もなく呪文を読み直してみる。割り切れない気持ちのまま。城の中では騎士リーヴスを中心として人探しが行われている。

「どこへ行かれたのだ! アミアン姫は居たか!?」

「居ません! どこにも見当たらないのです」

「普段、人が寄り付かないような場所を探してくれ。魔法を使うに違いない。この城のどこかで……!」



 <キュレルボン王家のショートソード>を頭上に掲げる。世界を救う魔法を行使するには<花園の魔法>を応用し、さらにこの世の<神秘>に加勢してもらう必要があった。私は今、どんな顔をしているんだろうという想いが脳裏をよぎる。塔の内側、階下の方で騒ぐ声がしている。

「姫!! 姫君は居られましたか!? アミアン姫は!」

「見つからない! どこだ!? まさかもう手遅れということは……?」

 皆で自分を探している。心配して。彼女は心がチクッと痛むのを感じた。



 急いで魔法を。呪文を間違えぬよう心の中で繰り返す。そして唱えた。

「薔薇の深紅に 神秘宿りしときに、薔薇の神供(しんく)へ わが身を捧ぐ。神々よ来たれ、花の枯れ落ちた薔薇が、辛苦(しんく)とともに大樹へと変貌(へんぼう)せしときに」

 彼女の手に握りしめれている五つのタネの内、三つが成長を始めた! 何のタネかはわからない。しかし急速に伸びて広がるのは、見まごうことなき深紅の薔薇を咲かせた棘のあるツタだ。見たところ、これまでの<花園の魔法>と同じようである。



 だが見るが良い、ツタはとめどなく伸びてアミアン姫が右手にしている小剣に巻き付き、さらにその先へ、大空へ向かって絡まり合いながら、まるで大樹のように木化し広がって行く。屋上の床にもツタはうねくりつつ広がって、石造りのその下へ凄い力で床を割り、幾つも幾つも太い根っこのように侵入して行った。

 姫君は白く太く木化するツタに(から)め捕られている。薔薇の花は枯れ、黒く変色して「死」を暗示しているそのときに、アミアン姫は今こそと、暗い棘の牢獄の中で祈った。

「秩序の神々よ、混沌の神々よ……世界を、人々をお助けください」



 今や薔薇の「花園」は、白い樹木のごとく巨大で醜い植物へ変わってしまった。太く鋭い棘だらけで花は枯れ落ち、もはやそれが薔薇だったとは思えないほど繁茂(はんも)して、世界を救いたいと願う姫君をその内に閉じ込めていた。

 身動きが取れない。息も苦しい。それでもアミアン姫は神へ祈る。<神宿りの木の魔法>は完ぺきに成功したのだ!!

「……これで……いいの……。神さま……お願いします。この魔法が、どこかの誰かの勇気となってくれますように……」


            *     *     *


 異常な現象が発見されたのは、今は使われていない古い塔の内部だった。最上階の天井を屋上の側から突き破るようにして、植物の根のようなものが大量に入り込み、階段の手すりに壁に床に絡みついている! 見つけた者が人を呼ぶ。その中に騎士リーヴスも居た。

「姫!! これは魔法の! あれほど使うなと言ったはず!!」

 階段を駆け上がり塔の屋上に出た者たちは大変なものを目にする。長い棘の多数生えている、木化した植物が、絡まり合って太い一本の樹木と化しているのだった。まるで白い植物のお化けのようなさまだ。



 ツタのような植物が入り乱れて天高く伸びているのだが、騎士はその中央が膨らんで、中に何かを取り込んでいるようすなのを見て取った。

「アミアン姫!? そんなことはさせません!! たとえこの世が滅ぼうとも、あなたを見殺しにしたりはしない!」

 複雑に絡んでいる木化したツタのようなものに棘がたくさん出ていて、中に閉じ込められているであろう姫君を完全に封じてしまっていた。

手斧(ておの)を持て! 外からは見えないが、中に居られるはずだ!」



 ただ姫を救いたい一心で、騎士は手斧を植物に叩き付ける。しかしわずかに傷つけただけだ。もっと力を込めなければならない。相手は絶望的に分厚く、救出は難航する。直ぐに汗がにじみ出て来た。

「何てことだ!! こんなに絡まり合っている! 手伝ってくれ!」 

 その中にアミアン姫は必ず居る。彼女を傷つけることなく植物を取り除かなければならぬ。男たちは上着を脱いで手斧を振るった。

「聞こえますか!? 聞こえていますか姫君!! オレはあんたを護る<騎士 ナイト>です!! 忘れないでくれっ……!」



 三時間近く掛かって、神宿りの木……お化け植物の中からアミアン姫は救い出された。呼吸をしている。彼女は眠っているように見えた。

「しっかり! 姫君、しっかりしてください。目を開けてくれ!」

 騎士の腕の中で意識を取り戻した姫は、ハッと両目を見開いて叫んだ。

「バカバカバカ!!! 何てことをしてくれたのよっ!! 世界が滅んでしまうじゃない! どうして私の気持ちがわからないの!?」

 自分のことを助け出した男の胸を叩くアミアン姫。騎士は言った。



「世界を救う方法は他にもあるかも知れない! 神々を振り向かす方法も、人に自覚を促す方法も他にあるだろう……! だけど、あんたのことを救う方法は、これしかなかったんだ!!」

 その声が届いたかわからない。アミアン姫は再びぐったりしてしまう。

 城の自室へ戻されベッドへ横たえられた彼女。その部屋の外で待つ騎士。自分の上着の世話をしながら、廊下をうろうろと歩き回る。

「騎士リーヴス、そこに居ますか? 部屋の中へおいでください」



 薄暗い室内で、アミアン姫は窓のこちらに一人立っている。

「私、夢を見たの。世界を救う夢を。実現しなかったみたいだけど……」

 その年頃の女性はネグリジェ姿で、窓から差し込む淡い光の中、下着だけの体のラインがくっきりと浮かび上がって透けていた。思わず背を向ける騎士。こんなとき、何と言えば良いのだ?

「あなたは……姫君。別の世界から来たあなたこそ、オレたちの……私たちの世界、アーマフィールドの心です! ……失礼します」



 部屋の扉を開けようとして、騎士は立ち止まった。少し振り返る。

「オレはいつだって、あんたを守るから……!」


            *     *     *


 木化した植物は、捕らえていた女性が居なくなると、たちどころに枯れてしまい黒ずんでしおれた。その残骸の中、一冊の書物が落ちている。

 <グレモアの魔導書>だ。その表紙に描かれたツタがにょろにょろと伸び出して棘と美しい薔薇の花を生じる。誰も聞いていない笑い声。



ホーーーッホッホッホッハッハーーー!! ケッケケケッケ!!



ときに大陸統一歴1010年、新春のこと。彼らの世界に<秩序と混沌の神々>は戻られた。それは明らかである。なぜならば……。



「荒野を耕そうとする者を、神は決してお見捨てにならない」からである。




「花園の魔道姫アミアン2」終わり。




<登場した称号の剣>


  称号:『開闢終世尽 カイビャクシュウセイジン』

 所有者:<人ならざる者> キル=キシーン=ガミルテリオス、 

     <人ならざる者> ジャヌ=アム=ギュランディミオン。

  真価:<全世界>において、新たな世界の「開闢」を告げ、また

     行き詰って回復不能に陥った世界に「破滅」をもたらす。

     全ての<人ならざる者>が携えている聖剣である。

特殊効果:なし。


以上です。


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