第1話 カエルは王子さまだった!?
こんにちは。今回の作品からは、各話のタイトルを前もって提示するのを廃止します。その方がハラハラドキドキできると思いました。楽しんで頂けたら、とても嬉しいです!
ゲーコ! ゲーッ……ゲコ! カエルが跳びはねては鳴く。
ルルボン城の玄関ホールは扉が閉ざされ、城の者、外から来た者たちが大騒ぎしている! 騒動の中心は一匹のトノサマガエルだ。
「王子さま!? いやはや、なぜまたカエルに?」
「レイドネン王子! まさかこのカエルが!?」
「申せ! 何とめでたい。カエルは前にしか跳ばぬ、出世の象徴、子だくさんをも意味している。めでたいことじゃあ!」
王子であったはずのカエルを捕まえようとする諸侯……いや、逃げている者も居る。ホールは、踏むな押すなの大騒ぎだ。
「王子を魔法でカエルに!? よもや、そのようなことが……!」
「誰です? 魔法を解いてください! 何、アミアン姫が!?」
「本当に!? 姫君、どこに居られます!? 姫君!!」
「ほら、そっちへ行ったぞカエル! くれぐれも踏まぬようにな!」
玄関ホールにアミアン姫の姿。キラキラとお化粧をして、普段着ながら見目麗しいキュレルボン王国の姫君はここに。
「魔法を解いて王子さまを元に? イヤよ。私、これからこの騒ぎを利用してルルボン城を出るの! 邪魔はさせないわ」
わからず屋の「じいや」と「ばあや」が現れる前に行動を起こさなくてはならない彼女。ぐずぐずしては居られないのだ。
「こうするしかなかったの、今の私には。ごめんなさい……!」
どうやらこちらも魔法を使いそうな雰囲気の、小柄なおばあさんが一人、アミアン姫の背後で彼女を呼んだ。振り向いて身をかがめる。
「何でしょう、商人のおばあさま。お洋服なら足りています」
「私めは商人ではございませぬ。<まじない師>にございます。アミアン姫、良く聞いてくだされ。これから申し上げることを」
青紫のフードをかぶった<まじない師>は、一匹のカエルに大騒ぎしているホールの隅で不思議なことを言い始めた。予言だという。
「姫さま、この世界は今、滅亡しようとしておりますじゃ。世界の終末が近づいていて、あなたは朝焼けの中、大きな銀色の剣士と戦います」
「そんな。急にそんなことを言われても! 戦うなんてできないわ、私」
「姫さま、ここでしたか! さあ早く、レイドネン王子を元の姿に戻してください。大急ぎで!! これは国際問題に発展しかねません!」
王国の大臣が泣きそうな顔でお願いしてくる。やむなく姫君は、王子さまにかけた魔法を解除した。カエルからヒトへ戻り、少しぽっちゃりしている王子は茫然自失。目を丸くして思わず両脚で跳んだのだ。
「私、行かなくては。砦へ! 何が起きているのか知りたいの!」
「お待ちくださいアミアン姫! 外出する許可がでておりません。それに、急にどちらへ!? しかもお一人で?」
「賢者たちに世の中を教わりに。バベル砦へ行きます。通して! お城の扉を開けて! 私、決めたの。自分に正直になるって……!」
大臣たちは、もたついている。今まで姫君が、こんなに行動的な女性へ成長していたことに気付かなかったのだ。アミアン姫はもう一度、しっかりした口調で門番へ命じる。
「外出します。扉を開けて!!」
ガゴゴゴゴ……ギキィィ……! ルルボン城正面入り口の大扉が開いた。
でもちょっと隙間ができただけ。アミアン姫はそこからサッと外へ出る。庭園で薔薇の花びらを集めて――魔法に使うのであろう――袋に入れた。家来たちが十名ほどついて来る。お供しましょうと言う。
「いいえ、一人で行くわ。私、夢を見たの。昨日の夜に。私が行動して、今にも破滅しそうな世界を救う夢を。確かに……!」
* * *
馬を駆ってアミアン姫は丘を三つ、川を一つ越えた場所に建つ<バベル砦>にやって来た。古い小さな建物で、以前に商人から「賢者たちが住む砦だ」と聞かされていた。何か教えてもらえるかも知れない。
馬を降り柵へつないで、砦の出入り口の扉を叩く。
「こんにちは。ルルボン城の者です。こちらに賢者さまは居ますか?」
……薄暗い室内で、いささかけばけばしい賢者らしき男が蠢く。
「誰か来たゾ! 我らから我らのものを奪いに来たのでは」
何だかとても疲れた顔の賢者らしき男が、面倒臭そうに立ち上がる。
「もし一人なら……いたぶるのも面白いかもな……!」
そしてもう一人、妙に愛想の良さげな賢者らしき男が、他の二人に目くばせをして現れた。三人とも、格好だけは賢者だが……?
「我ら賢者は何だってお見通しよ。この世の森羅万象に通じている!」
三人は入り口の厚い鉄扉を開けた。首だけ出して問いかける。
「確かに我らは賢者だ。いきなり何の用だね。あんたは誰だい?」
アミアン姫は三人の「賢者らしき男たち」が、獣のような体臭を発しているのを我慢して尋ねる。だが本当に賢者かどうかとは疑わなかった。
「賢者さま教えてください。この世界は今、滅ぼうとしていると聞いたのですが本当でしょうか!?」
「そんなことはないよ~。世界は滅ばない。我ら賢者が居る限りは!そうだなあ、お前がつけているその美しいネックレスをくれたら、いいことを教えてやっても良かろう。イヤかね?」
姫君は大切な、ゴールドとダイヤモンドのネックレスに触れた。これは王家に伝わる大切な品だ。だけどもう世界が滅ぶのだとしたら、持っていても意味がなかろう。ネックレスを外し賢者に手渡す。我先にと手を伸ばして、ひったくるように奪った三人。
「こいつァ凄い! 娘さん、いいことを教えてあげる!」
再び馬に乗り北を目指すアミアン姫。<毒の棲む森>と教わった場所へ向かっている。そこに歳をとった賢いマンティコアという魔獣が居る。そいつに訊けと言われたのだ。砦の賢者らしき男たちは嘲笑う。
「ものを知らない娘! ……小憎らしいっ!」
「世間知らずめ。人食いマンティコアのところへ!」
「何度、思いだしても愉快だな。シッシッシッシ!」
そうとは知らずに教えられた森へ入る姫。魔獣を呼んでみる。そのとき、森の奥で何かの動物の骨をかじっていたマンティコア――獅子の身体に老いたサルの顔、大きなコウモリの翼を持ち、大サソリの尻尾を生やしている魔物――が振り返った。その口によだれが滴る。
「あれは……!! ニンゲンの声だ! オレサマの大好物の!!」
そして風のように走り、森へ入った娘の元へ来たのだ。ところがその期待は外れたようだ。人食いマンティコアは嘆く。
「オオオ……何ということだ! せっかく久しぶりにニンゲンの肉を食えると思って来てみれば……! 臭い! 臭い!! オマエは臭くて食えぬ。さっさとこの森を去れ、真ニンゲンめ!!」
「お待ちくださいマンティコアさん。あなたの知恵を借りたくて来ました。世界が滅ぶのを、どうやって止めたらいいのでしょう?」
「誰に教えられてここへ来たのだ、娘よ!?」
「バベル砦の三人の賢者たちに教わりました」
「ハーッハッハッカカカ!! バベル砦! あのエセ賢者どもか。さてはオレサマに、オマエを食わそうとしてここを知らせたに違いない。あいつらが賢者だなんてとんでもない! ニセもニセ、エセもエセの賢者もどきだ。……とにかくオマエは臭くて食えない。帰るが良い!」
「帰ります。でも一つだけ知恵をお授けください! マンティコアさんの言う<真人間>とは、どういった意味でしょう」
「フン! 教えてやるから森を出よ。真ニンゲンとは己の分をわきまえ、他人の痛みを知ろうとし、真実をもって偽らない者のことだ。そう、バベル砦の三悪人とは真逆のニンゲンのことだ」
アミアン姫はお礼を言って立ち去ろうとした。その背後から、老いた人食い魔獣は助言めいた言葉を投げ掛ける。
「大切なことは、ものごとを大切にする値打ちを知っている者に訊くがいい、真ニンゲンの娘よ!」
* * *
ルルボン城へ戻った姫は知人の中で一番の仲良し、料理長のニーレッツおばさんと会った。何でも打ち明けられるし何でも聞いてくれる、信頼できる人だ。しかし……いつもは話の合う二人だが、今日はなぜか話が嚙み合わない。焦りを感じ、感情が高ぶるアミアン姫。
「本当らしいんです! 世界が滅ぶって!」
それを聞いたニーレッツおばさんは姫に諭して聞かせる。
「幸せになりなさい、姫さま。王子さまは待ってくれていますよ」
「私の幸せは……私だけの幸せじゃないの……!」
「世界の終末だなんて、そんなのただの迷信に決まってます」
そのニーレッツさんの言葉の裏に、世界の現実を直視して認めたくないと考えている「逃げ」の響きを感じ取った姫君。とても悲しいことだ。
これでもうルルボン城に留まる理由がなくなった。姫はこの真相を確かめるべく一人旅に出る決意をする。そして自分から、いつもは避けていた「じいや」と「ばあや」に相談した。止められるだろう。でもあいさつだけしておきたかった。
「私の幸せを心から願うなら、行かせてください。私の自由にさせてください。じいや、ばあや、わかって!?」
「そこまで言うのなら止めません姫君。そう、こんなときにこそ、あなたにお渡ししたいものが」
そう言って「ばあや」は何かを取りに行くため席を外した。
「ショートソードが必要なのでしょう? 姫さま」
戻って来た「ばあや」は細長い宝石箱のようなものを持っている。開けると美しく飾られた「小剣 ショートソード」が出て来た。王家の紋章が入っており、昔の女王が愛した薔薇のモチーフの彫刻とルビーがあしらわれている。それは<キュレルボン王家のショートソード>だ。
「これを私に? ありがとう!!」
「……それを持って旅をするといいですよ、アミアン姫さま」
二人はどこかよそよそしい。どこか今までとは違っている。視線も定まっていないのがわかる。だがどの道、お別れなのだ。
姫は<王家のショートソード>に慣れるため、兵士を相手に剣術の稽古をつけてもらった。しかし簡単には勝てない。戦闘の厳しさを知った。風のない、日当たりのよい中庭で。
「そうだわ。新しい魔法を使ってみようかしら!」
新たに覚えた呪文をたどたどしく唱えつつ、薔薇の花びらを撒く。<剣豪になる魔法>は成功した。まるで大ベテランのような剣さばきで兵士と戦うアミアン姫。キン! キキキン! エイッ!!
「参りました姫さま! 私ではとても敵いません」
凄い効果だ。これでもし戦闘になっても、すぐには負けたりしないだろう。姫は左腰に帯剣する。
* * *
あれから<まじない師>のおばあさんを見かけない。アミアン姫は、おばあさんの名前を聞いておけば良かったと後悔した。レイドネン王子もご自分の国へ引き上げられたようす。これからどうしようか思案する。
「そうそう、今の内に<グレモアの魔導書>をもっと良く読んでおこうかなー。まだキチンと順番に読んでいないから」
自室に戻り、バッグから<魔導書>を取り出す。そして今度はパラパラ読みではなく丁寧に文章を理解して行くことにした。それにしても、気になるのは<魔導書>の著者が誰なのか、それに、いつごろ書かれたのか。それらしい記述はどこにも見られないのである。
もしかすると、もっと大切なことも見落としているかも知れない。慎重に読み進めて行く。こうある。
「……自分は何をしたい者なのかを突き詰めようとすれば、いつかそれは一つの<道>になる。<道>には終わりがない。どこまでも続く……」
「<道>って何かしら? もっと詳しく知りたいな……」
さらに読み進めると、<魔導士 ワーロック>についての重要な情報を得ることができた。魔導士の「本領」さらには「真骨頂」とある!
<グレモアの魔導書>によると、魔導士は武器を振るいつつ魔法の呪文を唱える「極限状況」の中でこそ本領を発揮するというのだ。
「武器で戦いながら呪文を唱えるということかしら……実際にやってみないと、わからないかも知れないわね」
そして魔導士が本領を発揮するときには、この世の<神秘>が味方をしてくれる……そう書いてある。
「<神秘>が味方する……か! 私、それを利用して世界を救いたい!」
そのためには、もっと基本的な情報が必要だと思い至ったアミアン姫。ルルボン城の地下にある図書室へ向かった。入り口に兵士は居ない。扉が開くので室内に入る。
ランタンで周囲を照らした。図書室の古い本を探って行くと、かなりカビてしまっている、大昔の一冊に行き当たった。タイトルは「この世の終末」。
「あった! こういうのを探してたの!」
ページとページが貼り付いてしまっている部分もあるため、大事に扱って読んでみる。その本には<全世界>とか<大いなる存在>という、知らない言葉が幾つも出て来る。読んでいて実に面白かった。
そしてついにアミアン姫は見つける。ずっと知りたかったことを。
「第4章 世界の始まりと終わり、第3節 世界が破滅するとき……ですって!! ここだわ、見つけちゃった!」
そこには世の一般の人が知らないような、<深淵の真実>について書かれている。姫はメモを取りたかったけれど、あいにく持っていなかった。
「世界というものは<全世界>において永遠ではない。各々の世界の終わりには銀色の大きな剣士が現れて、世界の破滅を言い渡す。エ~ッ!」
「やはりここでしたか、姫さま!!」
「じいや」と「ばあや」が兵士たちを連れて図書室へ入って来た!またこんなタイミングで! 来て欲しくないときにーっ!!
「姫さまをお連れせよ! キケンなことに関わろうとしておられる!」
「イヤ!! 離して! もう!!」