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戦闘

 無意識に漏れた一声。


 その声を部下らしき盗賊は一笑に付し、親方とよばれる盗賊は表情を無とし、マイは心の底から嬉しそうに僅かに微笑んだ。


「‥‥‥もう、兆しがあるのですね。その力‥‥‥」


「え?」


「‥‥‥ふふっ。やっぱり神楽さんは私の見込んだ男性です」


 ずっと探していた思い出を拾いなおした少女のような、無垢な音色。心の底から安心したかのような、そんな声だった。


 そして、マイは力強く右手を眼前に掲げる。その胸に、決意を宿して。


「集って、無垢なる精霊たち」


 わずかに震えたマイの声音。


 その指先で産まれる、光の粒子。それに呼応するかの如く、空と大地、あらゆる場より生み出されし小さき力。無限に続く樹木の彼方からも届く手のひらの光が無数に溢れ、一瞬のうちに宿主の手中にて凝集した。


「お、親方‥‥‥。これは‥‥‥」


「浮足立つな。思考を削いで、目的の達成だけを意識しろ」


 女盗賊の動揺を抑える親方と呼ばれる男の眼前で、光の結集が完了した。


 非現実な光景は一瞬のうちで立ち消え、奇跡のような一瞬はマイの元で現実となった。


「目覚めて、破断の太刀《《はだんのたち》》」


 光が再び一瞬で姿を変え、命を奪う存在へと変貌した。


 その刃に一分でも触れれば最後、取捨もなく末路は同一になるだろう。そう思わざるを得ないほどの逸品だ。


「お願いです。これ以上近寄らないで下さい。でなければ、私は貴方達を斬らなければなりません」


 マイは臨戦の構えを取る。一振りさえすれば間違いなく男達の胴元は切り裂かれ、命は地に還るのだろう。その強大な力をマイが手にした瞬間。


 女盗賊が眼前より消えさった。


「マイ!!」


「速いが———無駄です」


 唐突に、マイが俺の周囲の空間目がけて何十にも袈裟切りする。


 数え切れぬ程の毒針が作り上げた包囲を、マイの【破断の太刀】が捉えた。無数の金属音が響き、火花が幾重にも華開いた後、真っ二つに折れた針が無残に散った。


「っ‥‥‥!」


「下がれ!俺が抑える!」


 気づけば俺達の背後にいた女盗賊にマイが全力で跳躍し、その胴体を切り裂かんと横薙ぎをしかけるが、横から飛び出た別の影が右腕に装備した鉤爪で受け止める。


 その隙に女盗賊は対峙している別方向へ転がり込むように退避し、鉤爪を装備した男盗賊とマイは鍔迫り合いの後、後方へと飛び戻った。


「次は斬ります。‥‥‥眼前から消えて下さい」


 マイの警告。凛とした宣言は、盗賊をたじろがせた。


 ———親方と呼ばれる眼前の男と、俺を除いて。


 何故かとは言えない。だが、確信はある。


(マイは、怯えている‥‥‥?)


 素人の俺に分かるはずもないが、胸の奥で確かにそう感じている。マイは、殺める事を極度に恐れているように感じる。


(いや、何か、もっと別の何かを隠している)


 同じ結論に至ったのか、対峙している盗賊もまた声を上げた。


「‥‥‥始末か?ならしてみろ、嬢ちゃん。」


 親方と呼ばれる盗賊が、遠慮なく一歩を前に踏み出す。


「貴方、死にたいのですか!」


 マイが気炎を吐くも、意に介さぬ口調で返す。


「死にたかないし死ぬ気もないよ、嬢ちゃん。だがね、何百何千と返り血を浴びた経験がら察するに…‥」


 魔術師の手品の種に気づいた観客による独演会が始まる。


「嬢ちゃんに俺は殺せない。確信ではないが、十中八九当たりだ」


「‥‥‥っ」


「もちろん俺の勘が外れればこのまま俺の体は真っ二つ。鮮血乱れてサヨナラバイバイさ。だがね、昔っから人を殺して、他人の尊厳も哀願も何もかも踏みにじり続けるとな、時期に分かってくるんだよ」


「何が、ですか」


「‥‥‥本音と、建前かね」


 不気味な程、男の口角が上がり切った。その瞬間、増幅する明確な殺意。


「‥‥‥神楽さんは下がってください、来ます!」


 この“リラック”と呼ばれる世界では、マイは世間から追放されているであろう盗賊でさえ知るほどの存在だ。終末第五戦争とやらで英雄に上り詰めた存在が、ここまで恐れを抱く可能性とは。


(さっきから、なんでこんなどうでも良い事が引っかかる‥‥‥?なんで、あらゆる事が目に入る?)


「‥‥‥神楽さん!!」


「まずは愚鈍な奴から狩る!お前は左から突撃、続けて右から””幾億毒針””で牽制しろ!」


 号令の直後、盗賊が左右に跳躍し、三方向からの襲撃をしかけてくる。すぐに逃げないと、必ず俺の命は刈り取られる。


 それなのに、マリオネットのように、俺の主導権が何者かに移っているような感覚に支配される。体が動かない。だが、不快ではない。感覚が恐ろしく鋭敏になっている‥‥‥。


 俺の異変に気付いたのか、マイが突撃し敵を牽制する。


 一刻、一刻。周囲がスローモーションがかかったように、時の流れに抗い始める。己が存在を別の存在に上書きされてゆく。


(何だか分からないが確信した。マイは秘密を持っている。親方と呼ばれている男はマイの秘密を握っている。しかも目的は金なんかじゃない。マイの命だ)


 俺自身が知らない、力強い感覚が胸の奥から解放されてゆく。心の施錠が下りるような感覚。内部が開放される。


(‥‥‥そしてマイの素性は知らないが、心の底から俺の事を守ろうとしている。俺の幸せを祈っている。その為に、強大な力を振るっているんだ)


 胸の奥から湧き出る力が足元を伝播するかのように、大地が揺れ、大気の雲が俺を中心に各地へ飛散する。


(‥‥‥過去も今も空っぽな俺にも、やれることがあるのなら)


 力の共鳴は止まらない。震え、ぶつかり、高まりゆく。


「‥‥‥っ、まずい。お前ら!下がれ!」


「え、どういうことですか親方!」


「良いから黙って下がれ、死ぬぞ!」


 そんな逃避は赦さない。一度刃を向けたのならば、向けられる覚悟を持っているだろう?


(‥‥‥口が、思考が。勝手に動く)


 ———心と感情。勇気と絶望。比類なき人類原初の力。


「目覚めろ、そして抹消しろ」


 力の奔流が、金色の大太刀となり、形となった。持ち手はなく、体躯を優に超える刃が二本が頭上に浮遊し、宿主の指示を今かと待ち構えている。


 その悠然たる力を前に、マイは驚嘆を以て意を示す。


「‥‥‥神楽、さん。なぜ、その力が‥‥‥?」


 驚く共に、マイの手に持つ【破断の太刀】が流砂の如くさらさらと消失した。まるで最初からなかったかと如く、所有者の意志がそこに介在しないかのように。


「なんで、私の太刀が‥‥‥?」


 マイの呟きに答える余裕などなく、発現した力の制御に勤しむ。地は絶えず揺れ、小さき生命は一目散に逃げだし、警告を示す鳴き声が周囲に満ちる。自身が持ちうるには過剰な何かを、一寸でも早く目の前に叩きつけたい気分だ。


 マイの【破断の太刀】の消失に合わせ、より一層俺の力が高まった、そんな気がした。

 使い方は、分かる。全身に満ちたその力を、無造作に敵へと向くように指示。


「‥‥‥やれ」


 巨刀が目覚める。己が敵、三人の盗賊に向かって。


「‥‥‥来る。親方、指示を」


「ぼさっとすんな、一目散にずらかれ!!任務はどうでも良い!早く逃げろ!」


「親方っ‥‥‥」


 人間三人を始末するには過剰すぎる力の奔流が、横薙ぎに迫る。いかに盗賊が俊敏であろうと退避は間違いなく間に合わない。


 ———狩る。


「神楽さん、ダメ!その力は強すぎる!世界が消失する‥‥‥っ!」


 力の奔流が俺の意識を飲み込もうとした瞬間。


 制御が効かない俺の体躯が最後に感じたのは、マイの健気な抱擁だった。最後に覚えた感覚は、強烈な破壊音と、とても優しき一声。


「大丈夫ですよ、神楽さん。大丈夫‥‥‥」


 それから俺の意識は飛び、意識は暗黒に包まれていった‥‥‥。


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