酔っ払い姫様と飲み勝負
突然の発言に思考が止まる。王女が、王女を辞めたいとは‥‥‥。
意に介さずぽろっと出てしまったのか、はっと息を吐いた彼女は、俺の手を引き店内へ再度誘導しようとする。
「ごめんね、一度仕切り直そうか。酒は全てを解決するからね。んと、神楽君はこれから時間あるかい?」
「目的の女の子が目の前にいるんだから時間も何もありゃしない、有り余ってるから付き合いましょう」
「‥‥‥ん、恥ずかしい言うね。マスター、デビルズブラッド酒を大樽で2つ」
注文しながらカウンターの丸椅子に座らせてくる。誘導に従い俺もハジメさんの真横に座った。彼女は肘を机に置き、手の甲で頬を支えながらすっと足を組んだ。ホットパンツから伸びるほど良い肉感の健脚が否応にも「女」を主張してくる。
酒が入っているのかハジメさんの感情は随分乱高下しているが、時折からだもうつらうつらと上下に動き、連動するかのように、スポーティな服装に収まった彼女のはだけた胸が大きくたゆむ。
「つらい事も悲しい事も、酒があれば乗り切れる。あたしは酒飲むために王女してるようなものよ」
「酒好きめ、さっきと違って今度は元気が出てきたか?」
「んふふ、神楽君があたしをそうさせてるんだから」
感情がころころ変わる王女様だ。
しばらくすると、店主が大樽をごとっと置いて奥に消えた。確実に大の男性が酔い堕ちそうば凶悪な量の酒がなみなみ注がれている。柑橘と血のような独特の香りが漂う、黒みがかった紅い酒だ。
「神楽くんはこっちの世界に来て初めて飲むのかな。これは収穫して身に切れ目を入れると悪魔の叫び声のような音と血しぶきのような果汁が飛び散るから名づけられた、デビルズブラッドを使った酒だよ」
「随分と物騒な果物だな」
「収穫の際も魔獣の森の近くまで行かないとないんだけどね。美味しいから飲んでみて」
言うも早くこくりと飲むハジメさん。最初はこくこく、一瞬でごっごっごっと殴打のような喉鳴らしを披露し、一瞬で水位が干ばつする。
「ぷは、やっぱおいしいや」
「ハジメさんはとんでもない酒豪だな、そんな量は一度になかなか飲めないだろう」
「あたしの事はハジメで良いよ、神楽くん。酒好き同士仲良くしようぜ。ほら、飲んでみな」
ずいっと樽の如く大きなジョッキを目の前に置かれるので、仕方なく飲んでみる。
その瞬間、口に広がるはかつて飲んだことのない未知の世界。発酵したレモンピールと、僅かに血生臭いものの不快にならない程度の花のような香り、幾重にも複雑に重なった重厚なワインのようなボリュームと、強烈にもほどがある、全ての濃度。
「‥‥‥うまいな、これ」
「んは、でしょ。これはかなり強い酒でね、飲む人を極限まで選ぶから極限酒なんで呼ばれてるんだよ。神楽くんは選ばれし者だねぇ」
「正直かなり強くはあるが、まあおいしく飲めるレベルだ」
「じゃあこの極限酒の飲み比べであたしと勝負しましょう」
「は?」
頬を紅潮させて、大樽の飲み口を指先でついっと円を描く。
「神楽くんが勝ったら、あの女の所でも行くし、なんでも好きな事をしてあげる。神楽くんがしたいっ事、なんでもやってあげる」
なんでも‥‥‥なのか。
「あたしが勝ったら、あたしの望みを一つ叶えるまでずっと味方でいる事。諸条件はあたしが勝ってから話す。それでどう?」
俺を挑発するかの要にハジメはふふんと余裕の表情を浮かべる。きっと過去に同様の事をして、負けたことが無いのであろう。顔つき的におそらく二十歳頃だろうから、年下にここまでなめられては沽券にかかわる。
「まあ、あたしは酒を無限に飲める【飲酒奈落】が常時発動しているから、負けないけどね」
なんだそのスキル‥‥‥。しかもそんなスキルもありかよ。
驚きながらも、この勝負はおそらく買った方が都合がいいだろう。必勝の策を考えながら、まずは目の前の大樽に手を伸ばす。
目の前のジョッキを思い切り口の中に流し込み、咀嚼しながら一気に胃に落とした。喉が焼けるように熱く、体が発熱していくのを直に感じる。おそらくウイスキー以上の、元の世界では本来一気飲みに全く適さない強力な酒なのだろう。
「‥‥‥うそ」
ハジメのこぼれる感想をよそに、一気に大樽を空けた。忘年会の逆らえない圧力により無理やり飲まされ続け、「酒豪伝説神楽」と呼ばれた過去が生きる日がこようとは。
「これで飲み続けてたお前と平等だろ、ハジメ?ここからが平等の勝負だ」
そして、必勝の策をひらめいた。ハジメはスキルを常時発動しているから無敗であるなら。
手を回すような動きで、ハジメの太ももに俺の手のひらをそっと置いた。
「っ‥‥‥。強いね、神楽くん。上等!」
唐突に身体を触られ嫌悪の感情が浮かぶかと思ったが、そうでもないようだ。しかし、これで俺の勝利は確定した。
発動を確認できた。
そして、激烈な飲み比べがが始まった。
★
何時間立ったろうか。
互いに大樽10杯ほど飲み、ついに雌雄が決する時がきたようだ。
「んにゅ‥‥‥なんで、あたしが負けるはずが‥‥‥うぷ」
顔を真っ赤にしたハジメが、とうとう本気で突っ伏した。これ以上酒も入らないのだろう、一度びくびくしたと思ったら。死体のようにピクリとも動かなくなった。
念のため真っ赤な頬をつんつんするも、ぷにぷにとした返事しか来ないので、おそらくこれ以上は無理なのだろう。暫定になるが俺の勝ちとしておく。
「やっぱり使いどころによるのか、このスキルは」
先ほど勝負前に発動させた【他力本人】により、ハジメの【飲酒奈落】を拝借し、一時的に自分のものとするようかけると、問題なく発動した。
結果、彼女のより強化された【飲酒奈落】が一時的に俺のものとなり、俺にとって完全無敗の状況が構築できたのだ。
まだまだ【他力本人】はピーキーな所があるが、使い道については更なる研究が必要だろう。
だまし討ちのような気がするも、これも勝ちだ。
「じゃあ、俺が勝ったからお前の事はもらっていくぞ、ハジメ」
突っ伏したハジメの肩へ、膝のあたりへ手を伸ばし、抱きかかえるように持ち上げた。
「‥‥‥んっ」
酔いが回ったのか、強く抱いてしまったのか。ハジメの体の奥から絞った声が漏れる。
長く整った睫毛が伸びる瞼は落ち、強烈な酔いに苦しんでいるのだろうか。
店を出る時に、全てを見ていたであろう初老の店主がほほえましいかのような眼差しをこちらに向けるていた。
「見事でございました、神楽様。気を付けてお帰りくださいませ」
「いいのか?このまま姫様を連れ攫ってしまうぞ」
「はい、問題ございません。我々は神楽様を信用して、ハジメ様とお預け致します」
その物言いから、何か詰まる物を感じる。
このリラックについて何もわかっていないから、もう少し情報収集がしたいものだが、腕の中で苦しむハジメを介抱するのが先だろう。
「‥‥‥何か気に食わないが、ハジメはもらっていく。行き先は赤い旗手、ユウキさんの所だ。問題ないな?」
「ええ、問題ございません。お気をつけて」
踵を返して扉を開ける。外は既に暗く、星が瞬いていた。すっかり夜になってしまったようで、早々にユウキさんの元に戻る必要があるだろう。
外へ出て扉を閉める直前、店主が整然とした姿勢でこちらに敬礼の意を示していた。
「ありがとうございました」
いささか仰々しい退店の儀式に対し、軽く返答する事にした。
「会計はつけ払いでよろしく」
少女を抱きかかえ、夜のエンドを一歩踏み出した。




