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食堂ご飯と巨大食材

 ミニエルになったお父さんと食堂までの道を歩く。

 お父さんは脚がキャタピラなので走るのはお兄ちゃんより速そうだ。相変わらずお兄ちゃんは抱えて歩くことにした。


 二百人くらい入りそうな食堂は閑散としていた。夕飯時は過ぎてしまったらしい。ところどころ、コーヒーや酒を飲みながら本を読んだり、だべっている人たちがいるだけだ。


 厨房を覗くと明日の仕込みをしているらしく、大きな体で白い割烹着姿の男性が鶏肉っぽい肉を塩麹に漬けていた。

 ぐうううううう、と間抜けな音が私のお腹から響いた。私は慌ててお腹を抑えたが、時すでに遅し。仕込みをしていた人と目が合ってしまった。


「あっ、どうも……」


 恥ずかしさに火照る顔のまま、咄嗟にへらりと軽く頭を下げる。

 割烹着姿の男性はしばらくまじまじと私の顔を見ていたが、「あぁ!」と思い出したように声を上げた。


「あんた、やっとコールドスリープから目覚めたっていう女の子だろ。名前は、ええと……」

「大川あかりです。あかりって呼んでください」

「あかりちゃんか。よろしく。俺は工藤だ。食堂に来たってことは飯か?」

「ええと、来た理由はいろいろあるんですけど……」


 訪問の目的を告げようとした時、またぐううううううとお腹が間抜けな音を立てた。

 こ、これは言い訳できない。

 ついさっきまでは緊張の連続で空腹感はどっか言ってしまってたんだけど、ここに来て体が食欲を取り戻してしまったらしい。


「す、すいません……。まずご飯食べさせてください……」


 観念してそう言うと、工藤さんは「おおさ」と笑って業務用冷蔵庫を開けた。


 とろみのある出汁でくつくつと土鍋で炊かれたおかゆに、ゆるく溶かれた卵がふんわりと回しかけられる。

 そのまま工藤さんが菜箸で優しくかき混ぜると、あっという間に半熟のたまご粥が出来上がった。

 土鍋特有の香ばしいおこげが嬉しい。

 食堂のテーブルの上で土鍋ごと供された卵がゆはホクホクと美味しそうな湯気をたてており、香り混じりの湯気が顔にあたると疲れにこわばった顔もほころんでしまうほどだった。


「目が覚めたばっかりで、今日の献立だったトンカツはきついと思ったからよ。卵がゆだ。簡単なもんで悪いな」

「ありがとうございます。ありがとうございます。すごい嬉しいです」


 思わず工藤さんを拝む。悪いなんてとんでもない。

 正直胃に重いものは食べられそうになかったので、おかゆはとてもありがたい。心遣いに涙が出そうだ。

 さっそく拝んだ両手に木さじを挟んで、いただきますと頭を下げる。


 ひとさじ掬った熱々のおかゆにふぅふぅ息を吹きかける。そのままぱくりと頬張ると、お口の中がお出汁の優しい滋味に満たされる。お醤油の塩気もちょうどいい。美味しい! 

 はふはふと口から湯気を逃しながら、次々とおかゆを掬って口に運んでいく。ぷりぷりの卵も最高。手が止まんない!


「ううう、美味しいです。おかゆがこんなに沁みるものだとは……!」

「へへっ、照れるねぇ。ゆっくり食べな」


 私の食いっぷりが嬉しかったのか、工藤さんが照れたように鼻の下をこすった。

 米の一粒どころかおこげまで全てあっという間にお腹に収めた私は満足の吐息を漏らし、ぺこりと工藤さんに頭を下げた。


「すんごく美味しかったです。ありがとうございました。生き返りました」

「お粗末さん。いい食べっぷりだった。あとはゆっくり風呂入ってよく寝ろよ。歯磨きもわすれんなー」


 工藤さんは空になった土鍋をお盆に移すと、それ持ち上げて席を立とうとした。


「はっ、いやいやすみません。本題がまだでした!」


 慌てて引き止める。工藤さんは不思議そうに振り返って小首を傾げた。

 再び席についた工藤さんにこれまでの経緯を説明する。 


「なるほど。お父さんに自信をつけさせるために料理を振る舞わせたいから厨房を貸してくれと」

「はい、お邪魔はしません。ほんと時々でいいんです。お願いできませんか?」


 すがるように尋ねる。工藤さんは「うーん……」と腕を組みながら難しい顔をしている。


「厨房はいつも人手が足りないからミニエルでの手伝いは正直助かる。料理の腕にもよるがそこは俺が確認できるからひとまずよしとして……」


 「問題は、巨大ロボットだから作れる料理ってやつだな」と工藤さんは顎をさすった。


「巨大ロボットだからこそ作れる料理ってあれだろ、地球が滅ぶ前に毎年やってた山形の巨大芋煮会とか。とにかくロボットの大きさとパワーにものを言わせて大量につくる料理だろ」


「まさにそれです」


 山形の芋煮会は直径六メートル五十センチの大鍋に三万食分の里芋や長ネギなどの食材と調味料を投下しショベルカーで鍋をかき混ぜる。

 ショベルカーは新品で関節部には食用油とバターを使うので衛生的にも安心だ。

 ああいう豪快な料理はすごく盛り上がるし、ロボットにしかできないと思う。


「じゃあ問題は、食材と道具だな。どんな料理にするかもそれで決まる」


 食材か。大量に用意できる食材って何があるだろう。というか、何人分用意すればいいんだ?


「シュトラウスって何人ぐらいいるんです?」

「ざっと五百人だな。だが、よく食うやつらばかりでな。それ以上は必要だ。俺たち調理部も食材調達部も苦労してる」

「調理部はわかるんですけど、食材調達部ってなんですか?」


 耳慣れない言葉に頭に疑問符が浮かんだ。野菜の栽培とかするんだろうか。


「読んで字のごとく食材を調達するんだよ。凄まじいぜ。畳の大きさのイワシから、お屋敷くらいの大きさの鶏、森のようなブロッコリー、自動車大の玉ねぎ、その他諸々、なんでも狩る。あれくらいの大物はエルヴァじゃないと仕留められないからな。もはやモンスターハントだよ」


 想像の斜め上だった!


「いやいやいやいや、なんですか。そのびっくりわくわく巨大生物大集合は! 恐竜の時代じゃないですか!」


 流石に嘘ですよね、と突っ込む。

 工藤さんはニヤリと笑った。


「ははぁ、あかりちゃん、さては基地の外をあまり知らないな。コールドスリープで人類が眠りについた数百年の間に、巨大化した家畜やら野菜が野生化したエリアがあってな。食材調達部はそこで食材を狩り集めてくるんだよ」

「えぇぇ、それ食べても大丈夫なんですか!?」

「大丈夫だろ。食って死んだやつもいないし」


 おおう、人体実験済みだった。流石悪の組織……!


「まぁ、冗談はさておき、巨大化した食材は未来の食糧不足に備えて数百年前に研究されてたんだよ。人類が眠っている間に設定した大きさまで進化するはずだった。まぁ巨大って言ってもまだぎりぎり常識的なサイズだったんだが、生物設計図をある馬鹿が間違えて大きさを百倍に設定しちまってよ。人類が起きたら巨大食材が闊歩していて、それはもうえらいことになっていた」


 工藤さんは肩をすくめた。


「一定のエリアで侵攻は止まったんだけどな、狩ろうにも中々手強くてエルヴァでどうにか互角ってレベルだ」

「ひぇええ……」


 えらいことを聞いてしまった。私がコールドスリープで寝こけてた間にそんなことになっていたとは。 

 私はファミリアに乗ってお母さんと一緒に空を飛んだけど、化け物サイズの食材を見かけなかったってことは、そのエリアの上空は通過しなかったらしい。

 いや、しなくてよかった。起きてから色々ありすぎたけど、そんな情報を寝起きに叩き込まれたら倒れそうだ。


「じゃ、じゃあひとまず食材はそいつらを使いましょう。お父さんいけるよね?」


 急に水を向けたらお父さんはびくっと肩を跳ねさせた。


『ま、まてまて。それってお父さんが戦って食材をゲットしてくるってことかい?』


 引きつった声が、戦いたくない、料理だけしていたいと言外に伝えてくる。

 戦うのが怖いっていうのは本当だったんだ。

 気持ちはわかるけど、食料調達部が命懸けで獲ってきた食材を横取りしたら反感を買うだけだろう。


「お父さん、私もお兄ちゃんも一緒に行くから、がんばろ?」


『俺もかよ! 嫌に決まってるだろ。テメェだけで行けや』


 しれっと巻き込んだら怒られた。ゲームしてたみたいだし、バレないと思ったんだけどなぁ。ちぇー。


「じゃあ、私だけでも行くよ。うまくいけばファミリアを撃てるかもだし」


 正直私が乗ったファミリアでガンガン殴られるのは、三半規管的によろしくないし、すんごく嫌だけど。

 この間の不発は何かの間違いで今度こそ撃てるかも。

 私が覚悟の決まった顔をしてるので、お父さんは驚いたようだった。


『……あかりは怖くないのか?』


「怖いけど、でもやるしかないじゃんか」


 優等生的な答えに聞こえたらしい。お父さんは不機嫌そうにため息をついた。


『なんでそこまでするんだい?』


「家族だから。家族が助け合うのは義務だからね」


 ごく当たり前のことを告げる。お父さんはうろたえた。まるで変なことを聞いたかのように。


『義務ってそんな……』


 わかってる、わかってる、みなまで言うな。私がいたらないだけなのだ。

 私はお父さんの反論をさえぎった。


「いい? お父さん、ファミリアが動かなかったのは、私の家族愛が足りなかったんだよ。だから私はもっと家族のために動くことにした。それだけ!」


『……死ぬかも知れないのに?』


「そうだよ? 家族のためになら死ねるよ。それが義務ってものだし」


 意気揚々と宣言すると、シンと沈黙が落ちる。 

 お父さんも工藤さんもなんか変な顔をしていた。いや、お父さんはロボットだから表情はわかんないけど、気配がそんな感じだった。


「あ、あれ。私なんか変なこと言っちゃいました?」


 お母さんだったら『またラノベ主人公みたいなこと言ってる』とでも言われそうなセリフが無意識に口から出ちゃう。しかし、この沈黙はいたたまれない。本当に変なこと言っちゃったのかな。

 工藤さんとお父さんが目配せした。


「お父さん、娘さんにここまで言われたらやるしかないぞ」

『え、ええ……そう、なりますね……』


 お父さんがうなずく。嫌々そうではあるけど、お父さんがやる気になってくれてびっくりした。

 これがお父さんの義務。やっぱり家族愛は義務なんだ。


「がんばろうね、お父さん!」


『ああ……。でもあかり、無理はしちゃだめだぞ』


「……? うん、わかった」


 変なお父さんだ。義務って無理をすることなのに。

 国民の三大義に定められている教育も納税も勤労も、皆嫌々ながら、無理をしながらやっている。

 喜んで授業を受ける同級生も、喜んで消費税払ってる人も、喜んで働いている人もいなかった。

 全部やめたいって言ってる人は大勢いたけど。だから家族愛も無理をしてやるものなのに。


 ああ、そうか『無理をしないでね』って定型句か。

 『あなたの頑張りをみていますよ』って意味で『お疲れ様』って言うようなものだ。

 労りはあるけど、咎める言葉じゃない。


 私はにっこりと笑った。

 労られたら笑顔で「大丈夫だよ!」でオッケー。


 しかしその通りにしたら、お父さんからは戸惑いの視線、工藤さんからはいたましそうに眉をひそめられた。

 解せぬ。

 

 工藤さんはこほんと咳払いをして、なぜか微妙になった空気を仕切り直した。


「まぁ、食材調達部には連絡しとくから、明日一緒に行ってみな。明日の朝八時に格納庫に集合だ。だから今日はもう風呂入って寝な。色々あって疲れたろ」


 そう言われると非常に慌しかった今日の出来事を思い出して、途端にずしーんと疲労感にのしかかられている気がしてきた。たまご粥でお腹いっぱいになったので、眠気も少々……。


「そ、そうですね。確かにだいぶ疲れました……。今日はもう休むことにします。明日の朝、狩りに連れてってもらいます。お父さんもお兄ちゃんもそれでいいよね?」

『まぁうん、そうだね……』

『…………』


 煮えきらないながらも返事を返してくれるお父さんはましだけど、お兄ちゃんはまたゲームに夢中だ。

 どうしようもないなぁ。口にはしないが、軽蔑に値すると思う。


 お兄ちゃんに家族愛は期待できないし、お兄ちゃんの分も私が頑張らなきゃ行けない。

 むん、と気合いを入れる。


 私たちは工藤さんに手を振って食堂を後にした。


 しばらくとことこと歩いて気づく。

 あれ、私の部屋どこだろ? というか、部屋、あるんだろうか?

 お父さんたちは格納庫で寝るんだろうけど、まさか私もあの底冷えのする格納庫で寝るんだろうか。

 い、嫌すぎる。


 私はざっと顔から血の気が引くのを感じながら、格納庫に小走りで向かうのであった。

 私にはもはや田中さんしか頼るあてはない。


 助けて〜! 田中さ〜ん!!


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