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メカ料理プロジェクト、始動

「お父さん! 私だよ。あかりだよ!」


 大声で下から呼びかけるも、お父さんのエルヴァは沈黙を保ったままだ。

 ひゅっと、息が詰まる。

 まさか本当に世を儚んでしまったのだろうか。

 最悪の予想を振り切るように何度も何度も呼びかける。

 私の物々しい様子に「なんだなんだ」と、おじさんたちが整備の合間にこちらを心配そうに見つめているのを感じる。

 ほとんど叫ぶような声でお父さんを呼んでいたら、イライラしたお兄ちゃんにお腹を蹴られた。


「痛い……」

『耳元で叫ぶな、やかましい』

「だってぇ……」


 涙目で訴えると、お兄ちゃんは機械の身なのに器用にため息をついた。


『親父はスリープしてるんだよ。ロボットに改造されて落ち込んでんだ。ちんけな現実逃避だな』


 そういえば、私がコールドスリープから目覚めた時、お母さんも同じこと言ってた。色々あってすっかり忘れてた。


「じゃあ、お父さんは無事ってこと?」

『さぁ? 叩き起こせばわかんじゃね?』


 いかにもどうでも良さそうに言われる。お兄ちゃんは早くゲームに戻りたいようだ。


「じゃあお兄ちゃん、お父さんを起こして。私、話がしたいの」

『やだね。付き合ってらんねぇよ』


 とりつく島もない。だが、こちらにも切り札があった。


「ねぇ、私のお願いを聞いてくれたら、私、お兄ちゃんのWi-Fi探し、ずっと手伝ってあげる」


 ぴくりとお兄ちゃんが反応したのを私は見逃さなかった。


『……二言はないだろうな』


 食いついてきて、私は心の中でにんまりした。

 お兄ちゃんの足ではWi-Fiを探すのも一苦労だろうし、お兄ちゃんの性格からして自分から人に頼ることなんてできるわけがない。


「ないよ」


 私の答えを聞いてお兄ちゃんは器用に電子音で舌打ちすると、シンと動きを止めた。

 何してるんだろ。頭にはてなマークを浮かべながら、じっと見守る。

 お兄ちゃんのゴーグルのランプが不規則に激しく明滅する。

 しばらくして、お父さんの機体からシュゥウウーンとO Sが起動する音がした。お兄ちゃんは約束を守ってくれたらしい。


『あかり……? お前なのか……?』


 機械音声だが、この気弱そうなイントネーションがお父さん本人だと示していた。


「そうだよ! お父さん大丈夫?」

『大丈夫なものか。ロボットになっちゃって、人の世話どころか自分の世話も焼けやしない。全部人に頼らないと何もできない。私は役立たずだ……』


 あ、あちゃー。本当に心の病になってる。思った通りギリギリだったようだ。

 しかし、悩みがお父さんらしくてちょっと安心する。人の世話を焼くことで充実感を得ていた人なので。


 なんだ、家族愛があるんじゃないかと思う人もいるかもしれないが、別に家族じゃなくてもお父さんは世話を焼く。

 いや、家族じゃないからこそ焼ける世話もあるんだろう。

 ファミレスや電車の中でこの世の終わりかと思うほど泣く赤ちゃんと、それに絶望するほど困っているお母さんのために、お父さんは百円均一に通ってシールブックや小さいおもちゃを買い込んでいる。

 そして実際に大泣きの赤ちゃんにプレゼントして、うまいこと泣き止みお母さんにめちゃくちゃ感謝されると、お父さんはそれはそれは嬉しそうに笑うのだ。

 ちなみに私が幼少期に泣いていても同じ対応をされたことはない。

 お母さんは構うとますます泣くと思い込んでたし、お父さんはシールブックの在庫が減る方が嫌だったんじゃないかな。赤ちゃんは世話を焼いても感謝しないからね。


 それより、今のお父さんだ。とりあえず、励ましてみる。


「役立たずなんて、そんなことないよ」


『気休めはよしてくれ。食事、というか燃料かーーはオイルだから自分で作れないし、給油も人任せ。ミニエルでは小さすぎて基地内の掃除も効率が悪い。繕い物も機械の手ではやりづらい。洗濯機には届かない。アイロンもかけられないし、布団も干せない。戦闘ロボットだから戦えと思うかもしれないが、……その、怖いんだ』


 わ、わぁ。状況分析が的確ぅ。役に立てないか色々試した後だったんだ。色々やってみて結局自分が何もできないって事実を突きつけられるのは辛いだろう。


 私は色々頭の中をひっくり返して、今のお父さんにできそうな仕事を考えてみた。


「み、みんなの食事はミニエルでも作れるんじゃないかな。基地の中にいるのは人間だし、その人たちに美味しいご飯を作ってあげようよ。私も手伝うからさ。私、お父さんのオムライス好きだよ」


 お父さんの手料理は絶品なのだ。特にオムライスが美味しい。手作りのケチャップで甘酸っぱく味付けされたチキンライスをとろとろの半熟卵がふんわり包んでいる。

 卵の上掛けをとろりと流れるのはケチャップの時もあるし、きのこのクリームソースの場合もある。

 かぐわしい秋の香りのするきのこがたっぷりと含まれていて、醤油をアクセントにした柔らかい風味をブラックペッパーがきりりと引き締めていて、今思い出すだけでもじゅるりとよだれが出そうだ。


 しかし、お父さんの声は晴れない。


『料理も考えたよ。しかし、今の私は戦闘ロボットの身だ。味見が出来ない。匂いもわからない。料理の手順を覚えていても、これではかつての料理の味は再現できないだろう』


 せ、正論……! 確かに戦闘ロボットに味覚や嗅覚の機能は必要ないから、取り付けていないだろう。

 お父さんによる味見は難しい。


 だからってすぐに諦めるわけにはいかない。

 私はお父さんのどんより曇るカメラアイをまっすぐ見上げた。


「よし、なら私が味見もするし、料理の匂いもチェックする。伊達にお父さんの料理を食べ続けてきたわけじゃない。私に任せて欲しい」


 胸を張ってそう答えた。


『あかり……』


 お父さんが驚いたように機械音声を上擦らせる。

 私は更に言葉を続けた。


「そして、お父さん。昔のメニューだけじゃない。ロボットだからこそできるメニューを考えよう」

『えぇ……? 何故?』

「だって、お父さんロボットの身体になって落ち込んでいるんでしょう? ロボットの自分に自信が持てるようにならないと、いつまでも『人間だった頃は良かった……』って落ち込む羽目になるよ」

『うっ……』


 自分でも心当たりがあるのかひきつった声が出ている。

 私は宥めるように優しい声をかけた。


「一緒にメニューを考えよう。大丈夫、お父さんならうまく行くよ」


 お父さんはしばらく沈黙して思考を巡らせていたが、腹が決まったのかまっすぐにこっちを見た。


『……わかった。一緒にやってくれるか?』

「うん! よろしく!」


 私は笑って頷いた。

 そして腕の中のお兄ちゃんのゴーグルを引き上げる。


『!? てめっ、今いいとこなんだよ!』


 案の定、我関せずでゲーム中だったお兄ちゃんに猛抗議を受けるが、私はにっこりと笑いかけた。


「お兄ちゃんも手伝ってね」

『あぁ? 何をだよ』

「お父さんの料理の手伝いだよ。人手は多い方がいいでしょ」


 お兄ちゃんは嫌そうにそっぽを向いた。


『やだよ。俺はゲームで忙しいんだ』

「……電波探し」


 ぼそっと呟くと、途端にお兄ちゃんは物騒な気配をまとわせる。


『てめぇ、約束に二言はないって言ってたはずだよな』


 私は首を振った。


「勿論、電波探しは手伝うよ。そうじゃなくて、美味しい料理でルーターを持ってる人を懐柔してみない? ご飯を作ってくれたお兄ちゃんに感謝してルーターの場所をおしえてくれるかもしれないし、もっとうまくいけば電波探ししなくてもいいように、ルーターを固定してくれるかもしれないよ?」 

『……チッ』


 舌打ちされたが、反論しないところをみると私の計画に乗ってくれるようだ。やったぜ!


 こうしてお父さんを励まそうメカ料理プロジェクトが始まったのであった。


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