あのお父さんが引きこもり!?
しかし、家族の絆を築くってどうやればいいんだ?
私たち家族はそれぞれ好き勝手にやってきて、お互いのことを表面的にしか知らないし、興味もない。
仲のいい家族は夕飯の時、一家そろって食卓につき、学校であったこととか、テレビのニュースとか、近所の猫の話とか少なからず会話をするものだと思う。
うちの夕飯時は一家そろって食卓にはつくが、全員視線が合わない。
お母さんはタブレットを持ち込んで動画サイトを見ているし、私はスマホで友達とコミュニケーションアプリでトークしてるし、お父さんは体ごとテレビに向いてるし、極め付けのお兄ちゃんはご飯を食べながらVRゴーグルでゲームをしていた。器用すぎる。
まぁお兄ちゃんはいつもVRゴーグルを外さないので、いつも通りかもしれない。
「現実酔いするからVRゴーグル越しじゃないと現実を認識できない」って言ってたけど、そんなわけあるかい。
でもお兄ちゃん、かたくなにVRゴーグル外さないんだよなぁ。そろそろお兄ちゃんの顔を忘れそう。
お兄ちゃんが元の体を取り戻せても、「本当に黒川ひそかの顔はこれで合ってますか」と確認を求められた場合、私たち家族は答えられないかもしれない。嫌すぎる。
と、ぶつぶつ思考に沈んでたら足にガツンと衝撃がきた。
「いっ……たぁああああ!!!」
『グゥッ……!』
思わずしゃがみ込んで足を押さえる。金属の塊を無意識に蹴っ飛ばしたような痛みだった。
そして重い何かがゴロゴロと転がる音。あれ、今、私以外の声が聞こえた気がする。
涙目になりながら、蹴っ飛ばしたとおぼしきものに視線を向ける。
「……ちっちゃいロボット?」
巨大戦闘ロボットを小型化したらしき、ミニサイズな二脚ロボットが転がっていた。
自力で立てずに金属の手足をバタバタ動かしている。か、かわいい。
しゃがみ込んで、思わずじーっとそばで見ていると、ミニロボットが忌々しそうな音声を出力した。
『チッ、自分で蹴っ飛ばしといて助けもしねぇ。さすが俺の妹は薄情でいらっしゃる。コールドスリープで寝こけてたからって常識まで凍ってるのかよ』
ん? そのトゲトゲしい物言いと、見覚えのあるゴーグルは……。
「お、お兄ちゃん……?」
『最悪なことにそうだよ。とっとと起こせ』
私は慌ててお兄ちゃんを抱え上げると、そっと立たせた。金属の手足が床の上で硬質な音を響かせた。
そういえば、お母さんにお兄ちゃんの機体は黒の二脚だって教えてもらったけど、目の前にいるお兄ちゃんはあれを猫ぐらいに縮めた大きさだ。
「それにしてもなんでこんなところに?」
『……ただの散歩だ。ほっとけ』
そう言い捨てて、ガシャンガシャンと壁沿いに歩いていく。なんとなく、その後をついていく。
ガシャンガシャン、とことこ、ガシャンガシャン、とことこ……。
お兄ちゃんの歩幅は背丈に似合うくらい小さいので、全然進まない。
「ええい、まどろっこしい!」
『あっ、てめっ!』
私は後ろからお兄ちゃんを抱え上げた。
案の定じたばた暴れるが「ゴーグル外すよ?」と脅したらおとなしくなった。
こんなんだから家族愛がないって言われるかもしれない。
「どこにいくのか教えてくれたら運んであげるよ。今のお兄ちゃんの足じゃ日が暮れそうだし」
『……じゃあ俺のいう通りに歩け。早くしろ』
「はいはい」
『ん、そこを右』
てっきり目的地を教えてくれるのかと思ったが、お兄ちゃんは右だの左だのまっすぐだの、壁に貼り付けだの、三歩下がれだのやけに注文が細かい。
時折、猫ちゃんが空気の匂いを嗅ぐようににょーんと背伸びしている。
外見はメカメカしいのにほんとに猫ちゃんみたい。
「お兄ちゃんって猫ちゃんだった……?」
『頭腐れてんのかお前』
「口悪ぅ……」
軽口を叩きながらお兄ちゃんの言う方にぶらぶら歩いていく。
たどり着いたのは格納庫だった。
作業服のおじさんたちがロボットの整備をしている。
隅の喫煙所でタバコ休憩をしていたおじさんたちが私たちに目をとめて、片手を上げた。
お兄ちゃんは『げっ……!』と嫌そうな声を出したが、私は構わずおじさんの方に小走りに駆け寄った。
「お疲れ様です!」
「やぁ嬢ちゃん。お疲れさん。初めての戦場はどうだった?」
「いやー、やばかったですね。死ぬかと思いました。お母さんのノリの軽さに反して、敵の殺気っていうのかな、肌がビリビリしました」
「まぁ、お母さんの方は肝が太いっていうか、ささいなことでは動じない人っぽいからなぁ。お嬢ちゃんくらいのビビリがちょうどいいかもな」
「だ、誰がビビリっすかぁ!」
「「「あっはっはっは!!!」」」
うおお、くだらない会話最高!
なんか久しぶりにほっとした。今日は地球最後の日から目覚めたら、家族がえらいことになってて、かと思えば戦場に放り込まれて、大爆発と忙しすぎた。
「で、坊主は何してるんだ?」
私の腕の中、無言の置物になっていたお兄ちゃんは、そう声をかけられて嫌そうにそっぽを向いた。
おじさんたちはタバコを吸いながらのんびり笑っている。
「あー、今日のWi-Fi担当、格納庫に居るんだった」
「ああなるほど、電波をたどっててあちこち歩いてて、嬢ちゃんに捕まってここまで来たと」
「筋金入りのゲーム中毒だなぁ」
ニヤニヤ笑っているおじさんたちに、お兄ちゃんはぎりぎりと威嚇していた。
私は話の流れが読めずに首を傾げた。
「んん? どういうことです?」
「この坊主は通信ゲーム中毒でほっとくとエルヴァから出てこないから、ゲームに必要なルーターを人に背負わせて基地中のあちこちに移動させてるんだよ。こうすると坊主は電波目当てで外に出てくる。若いうちから部屋にこもりっきりじゃいけないからな」
「おお……!」
お、お兄ちゃんを散歩させるとは、ここのおじさんたちやりおる……!
文脈から考えるとエルヴァは巨大戦闘ロボットの名前だろう。
「そういえば、お兄ちゃんたちってエルヴァに改造されたから、ずっと格納庫にいることになるって思ってたんですけど、外に出られるんですね」
「ミニエルヴァ、略してミニエルをエルヴァの中から遠隔操作で操ってるんだよ」
「お母さんと坊主は基地の中をしょっちゅうミニエルで歩き回ってるぞ。お父さんのほうは中々見ないけどな」
「引きこもりの坊主より引きこもってるぞ、嬢ちゃんのお父さんは」とおじさんたちは衝撃的なことを言った。
あの、まめまめしく家事をするお父さんが、引きこもり!?
すわ一大事だ。
家でいつも原稿にかかりきりで修羅場ってるお母さんの代わりにお父さんは働きながら家事をしている。
いつも動いていないと死んじゃうマグロのような性格だ。
お父さんが静かになるのは死んだ時だけなんじゃないかと思う。
そんなお父さんが、ーー引きこもり!
家族の絆がどうこう言ってる場合じゃない。
もし心の病になっていたら、下手に行動力があるお父さんのこと、すぐに「よし、死ぬか」になってしまうかもしれない。
「えらいこっちゃ。お父さんと話してみます!」
「お、おう。わかった。いってらっしゃい」
急に血相を変えてワタワタしている私をいぶかしげに見ながらも、おじさんたちは軽く手を振って見送ってくれた。
『おい待て! 俺は関係ないだろ! 置いてけ!』
そう喚くお兄ちゃんをまるっと無視して抱えたまま、私はお父さんの緑タンク型エルヴァに駆け寄ったのだった。