悪の組織『シュトラウス』vs 正義の組織『レイヴン』
「お母さんはなんでシュトラウスに従ってるの? 降参してレイヴンに助けてもらおうと思わなかったの?」
巨大戦闘ロボットのお母さんたちに勝つくらいなんだから、向こうも巨大戦闘ロボットを駆るんだろう。
もしそうなら、お母さんたちのお世話もできる設備があると思うんだけど。
私がコールドスリープ装置で眠っていたから置いていけなかった。……だったらいいんだけど、うちの家族だからなぁ。
『その理由は、これからわかるわよ』
「へっ?」
間抜けな声を出したのも束の間、ミサイルが眼前に迫っていた。
ひっ、と息が詰まる。
ぶつかると思った瞬間、お母さんは無茶な急加速でミサイルをすり抜けると、バルカンでミサイルを爆発させた。
おおお! すごい。ロボットアニメみたいだー!
そのままお母さんはこちらにミサイルを発射した敵機に突撃していく。
朽ちたビルの陰にいた相手もまた、巨大戦闘ロボットだった。
驚くほどお母さんのロボットに似ている。白いカラーリングがまさにそう。流行ってるんだろうか。
さて近接戦闘用の武器は何だろう! ワクワクする!!
特等席で楽しんでいたら、ふわっと浮遊感が体にまとわりついた。
それから視界が今までで一番激しく回り、遠心力で体がもっていかれそうになる。
シートベルトで体を固定してるからかろうじて吹き飛ばされないけどさ! 何が起きてるの!?
次の瞬間何かに激突したかのように、ぐわぁん!!!! と衝撃が『ファミリア』全体に響いていく。
そして、吹っ飛んでいく敵機。
お、お母さん、まさか『ファミリア』で敵機をぶん殴ったの!!!???
「お母さああああん! 私、『ファミリア』に乗ってるんだけどぉおおお!」
『あ、忘れてた』
母よ!!??? あんた娘を殺す気かい!?
『大丈夫よ。ファミリアは頑丈でね。ぶん殴ってもびくともしないわよ』
「娘の心配をしろって言ってるの!」
お母さんは追撃し、白い戦闘ロボットにガンガン『ファミリア』を打ちつけ始めた。
視界がぐるぐる回る。
フィギュアスケーターは視線を回転する方向に向けて、酔いを防ぐという。
咄嗟にそれを思い出した私は、遠心力の方向を見つめてなんとか吐くのを耐えていた。
お母さんはのんびりと言葉を続ける。
『ファミリアは家族の絆がある人じゃないと、撃てなくてね。シュトラウスのメンバーは誰も家族愛なんてないから、ファミリアを鈍器として使ってるの』
そうして映された戦場では、間抜けな顔の鳥が描かれた黒いエンブレムをつけたいくつかの機体がファミリアで敵機をガンガン殴っていた。
銃の尊厳が破壊されてるぅ……。
レイヴンは普通にファミリアで撃ってきているのに。
ファミリアの威力は桁違いで命中したシュトラウスの機体は一撃で派手に爆発している。
「いや、待ってよお母さん。誰も撃てない銃をなんでシュトラウスが装備してるのよ! 意味ないじゃん!」
『もともとファミリアはレイヴンが開発した銃でね。レイヴンの標準装備なの。私たちはそれを奪って鈍器にしてるだけ』
やっぱ悪の組織じゃん、シュトラウス!!
私もうツッコミきれないよぉ!
『はい、バリアー』
「ぎゃー!」
お母さんがファミリアを掲げる。そこにバルカンが撃ち込まれて私は咄嗟に目を閉じるが、どこも痛みはなかったし、『ファミリア』にも損傷は傷ひとつなかった。
『この通り、撃たれても平気。素晴らしい』
「撃たれてるの私なんだけど!? 気持ちは全然平気じゃないんだけど!?」
しかも向こうの機体、鬼気迫るほどの気迫だ。絶対お母さんを殺してやるっていう殺意に溢れている。
狂戦士のようだった。
お母さんが徐々に押され始めた。
「お、お母さん。この人に何したの? すごい殺気なんだけど」
『わかんない。でもこの人たちのせいでレイヴンに降参できないのよ。なぜか私たち家族を執拗に狙ってるの。降参したら絶対にエグい目に遭わされるでしょうね』
相手は後ろからシュトラウスの別の機体に撃たれたが、邪魔だと言いたげに『ファミリア』で一蹴すると、戦闘不能になったそれには目もくれずに私たちにビームソードを打ち込んでくる。
何がなんでも私たちを仕留めたいと、ギラついたカメラアイが伝えてくる。
平和に生きてきた身では初めてさらされる殺意に身慄いが止まらなかった。
シュトラウスの機体はどんどん撃破されていく。レイヴンたちは全く容赦がなかった。ファミリアを使えるというのはそれだけの優位があるみたいだ。
なら、私がファミリアを撃てば少しは力になれるんじゃないか?
「お母さん、隙を作って! 私がファミリアを撃つから!」
『……んー。大丈夫かな? またいつもみたいにならないかなぁ』
お母さんがぶつぶつと独り言を言っている。いつもみたいに、ってなんだ。
「何悩んでるのか知らないけど、でもこのままじゃジリ貧だよ。打てる手があるなら一か八かでもやらないと!」
私が必死に言い募ると、お母さんも覚悟を決めたようだった。
『そこまで言うならやってみるよ。数合打ち合ったら、一旦距離取る。狙いは一瞬だから見逃すんじゃないよ!』
「わかった!」
何度かビームソードを交えた後、お母さんはビームソードを器用に操って、敵機の足をひとなぎした。
途端に体勢を崩した敵機から距離を取って、まっすぐファミリアを構えた。
私には家族愛がある。家族のために義務を果たしてきた。恨みも悲しみも怒りも飲みこんで、家族のためになすべきことを成してきた。
例えば、学校行事に来てくれない締め切りギリギリのお母さんのために逆にお弁当を作ってあげたり、出張先で重要な会議の書類を忘れたお父さんのために学校を早退してまで新幹線に乗って届けに行ってあげたり、お兄ちゃんがお金がなくて課金データ消滅の危機だった時に、バイトして立て替えてあげたとか!
義務こそ私の家族愛!
ファミリアのコックピット内では照準器のガイドが敵機に自動で焦点を合わせてくれた。ピピピピと的が絞られていき、ピー!と照準がぴたりと合致した瞬間、私は引き金を引いた。
(もらったぁぁあああ!!)
完全にドンピシャで、ビーム光線が命中した敵機が吹き飛ぶ幻想を脳裏に思い描いた。
しかしーー。
銃口からぷすんと可愛らしい音が鳴る。ビームどころか銃口が不機嫌に鼻を鳴らしただけった。
『あーあ、やっぱりこうなったか……』
お母さんが諦めたようにひとりごちる。
何が起きたのか分からず、えっ、えっ、と戸惑いながら周囲を見回した。それぞれ戦っていたレイヴンもシュトラウスも戦いをやめ、諦めの気配を滲ませて私たちを見ていた。「あーあ、やっちゃった」という声が聞こえてきそうだった。
「え、お母さん私なんかやっちゃいました」
『ラノベの無双系主人公御用達のセリフを我が子から聞く羽目になろうとはねぇ。世の中面白いねぇ』
「いやいや、感心してないで! 何が起きてるの? これ私が悪いの!?」
『いや、あんたは全然悪くないよ。どうせボスか田中にそそのかされたんだろうし。ただそうさね、何が悪いかと言えばーー』
あ、あれ……? お母さんのセリフの最中なんだけど、なんだか、ファミリア内部がおかしい。
アラートがひっきりなしに鳴っていて、危険を知らせる赤いランプがコックピット内を照らしている。
そして強烈な振動とエネルギーが膨張するような不穏な音がする!
『何が悪いかといえば、ーー私たちの家族愛がなかったのが悪かったんだねぇ』
お母さんの遠くを見つめるような悟り切ったその言葉と同時に、視界が白くなる。
ーーファミリアが大爆発した。
「えええええええええ!」
叫んでる暇もあればこそ。私は爆発の寸前、コックピットごと射出され、空に飛び出した。
緊急脱出装置が作動したらしい。
爆発は巨大規模で、シュトラウスもレイヴンも飲み込んで辺りは真っ白に染まっていった。
凄まじい音と共に、何もかも吹き飛ばされていく。
私もコックピットごと吹き飛んで大地に叩きつけられた。コックピット内は安全で地面に衝突した気配は伝わるが思ったよりも衝撃は感じなかった。そのままごろごろと大地を転がる。
ううう、酔いそう。
ようやく止まったので、そろそろとレバーを引いてコックピットを開けた。
ふらつく足で外に出ると、景色はえらいことになってた。
戦場となった朽ちたビルも、それにまとわりつく森のような植物もまるごと吹っ飛ばされてた。
レイヴンもシュトラウスも脱出のために機体から射出されたコックピットがあちこちに転がっている。
「わぁ……」
間抜けた声が漏れた。『私なんかやっちゃいました』どころじゃないな。
褒められるどころかめちゃくちゃ怒られるやつ。
そういえば、田中さんがファミリアは『家族愛がないと爆発する』って言ってたな……。
まさか本当に爆発するなんて……。これで家族愛がゼロってことが証明されたんだけど、心の隅ではちょっとくらいはあるんじゃないかって思ってた。その事実に胸がチクチク痛む。私の家族愛が足りなかったんだなぁ。もっと頑張らないと。
そうだ、お母さんたちはどうなった!? お母さんは戦闘ロボットと一体化してるから、脱出できないはず。
慌てて探すと、真っ白いロボットが二機向き合って静止していた。
両方とも機体はボロボロでこの場で戦闘再開は無理そうだ。
急いでお母さんの機体に駆け寄って真下から大声で呼びかける。
「お母さん、お母さん大丈夫!?」
ザザザーとノイズ混じりの声がスピーカーから流れてきた。
『大丈夫よ。何度同じことを繰り返してると思ってるの』
「えっ?」
『レイヴン優勢で戦況が進んで、シュトラウスが負けそうになるとファミリアを大爆発させて一切合切リセット。無理やり引き分けーーというか、痛み分けに持っていく。いつものことよ』
ええ……シュトラウスは『爆発オチなんてサイテー!』を毎回やってるらしい。流石悪の組織っ……!
『そのうちシュトラウスが回収に来るから待ってなさい』
お母さんが言い終わらないうちに、遠くからバルバルバルバルと輸送ヘリの音がしてきた。早っ!
ヘリから田中さんが手を振っている。私は力無く振り返した。
せっかく信じて送り出してくれたのに力になれなかった。
悔しい、というより身の置き所がない気持ちになる。
これから一体どうなるんだろう。