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悪の組織《シュトラウス》のボス、黒瀬 誠

 さっきのおじさんーー田中さんの案内で私はこの基地の執務室まで行くこととなった。 

 ロボットものの映画やアニメで見たような軍事施設と似ていて、この基地内部も無骨な造りだった。

 材質はコンクリートなのかな? わかんないけど、白い壁や鉄骨や天井に埋め込まれたライトが無機質な印象を与えてくる。

 格納庫を出て外の空気を吸った。

 目に入るのは整えられた宿舎や駐車場にきっちり並べられたジープみたいな四輪駆動の乗り物。

 ……昔、自衛隊の駐屯地で開催された夏祭りを思い出す。ここが数百年後の世界だなんて嘘みたい。

 

 田中さんが道すがら説明してくれたが、この組織は「シュトラウス」というらしい。首領は黒瀬 誠(くろせ まこと)

 志を異にする「レイヴン」という組織と争っていて、私の家族はその組織との戦闘に駆り出されているらしい。

 巨大戦闘ロボットだから、まぁ戦うんだろうけどさ。普通のご家庭には荷が重すぎない?

 田中さんにツッコミまくってたら、悪の親玉の執務室にたどり着いた。

 

 でかい執務室の中には赤い絨毯が引かれ、奥には重厚なデスクが鎮座していた。

 そこに偉そうに座っている三十代後半くらいのおじさん。

 髪は黒黒として精力に溢れた顔立ちをしており、どこか引き込まれる風格がある。

 いかにも革命家といった風情だった。指を組んでそこに顎を乗せている。いわゆるゲンドウポーズというやつだ。

 じっとこちらを見定めるように見られて少し怯む。


「黒瀬さん、大川あかりを連れてきました」


 田中さんがそう言いながら私の背中をそっと押した。

 私は警戒しながらも口火を切った。


「初めまして、黒瀬さん。大川あかりです。私の家族をえらい目に合わせてくれてありがとうございます」


 何しとくれんじゃワレ、とトゲトゲを含ませて挨拶する。

 黒瀬さんはふっと笑うと立ち上がり、机を回り込んで私の前に来ると手を差し出した。


「ようこそシュトラウスへ、大川あかり。君の家族は大いに我々の力になってくれている。感謝している」


 思いっきり失礼な態度をとったのに、柔らかい笑顔で歓迎されて思わず目をぱちくりとまたたいた。

 先制攻撃を思いっきりかわされた。悪意に誠意をぶつけるとは、この人やるな。

 ま、まぁ、この人には体を失った家族を助けてくれた恩がある。ここは私も大人になるしか……。

 私は握手に応じた。思ってた以上に固く大きな手だった。実務も行なっているのかペンだこができている。

 黒瀬さんはぎゅっと強めに握ってくれた。

 子供の私にも手加減せず大人として扱っていてくれるようでうれしk……いだだだだだだ!!!


「……とでも言うと思ったのか? 我々の組織は『レイヴン』に負けっぱなしだよ。巨大ロボットとなった君の家族が参戦してくれれば勝てるかと思ったが、弾除けぐらいにしかならない。とんだ見込み違いだったよ」


 ハン、と鼻で笑いながら、黒瀬は万力のような握力で私の手をぎりぎりと握り締める。

 こ、この人、子供に八つ当たりしてる! めちゃくちゃ大人げねぇええええええ!

 痛い痛いと騒いでいると、田中さんがため息つきながら私と黒瀬を引き剥がしてくれた。


「黒瀬さん、そこまでにしておいてください。あかりの協力が必要なのにそんな態度をとっちゃいけませんよ」


 痛む手にふぅふぅ息を吹きかけていると、聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 今、私の『協力』が必要だと言いましたか? 

 黒瀬は忌々しげな顔をしていたが、咳払いをして気を取り直すと恐ろしいことを言い出した。


「大川あかり、君には君の家族と共にレイヴンとの戦いに出撃してもらう。君の力があればレイヴンに対抗できるかもしれない」

「えええ……無理です……」


 一瞬で拒否すると、黒瀬は頬をひきつらせて、田中さんは(まぁそうなるよな)と言いたげに肩をすくめた。

 黒瀬の声がワントーン低くなる。


「断れる立場だと思うのか。戦わない君に用はない。いいのか? 我々がメンテナンスしなければ君の家族はいずれ鉄屑になる。機能停止させることだってできるんだぞ」 


 ストレートに脅してくるー! やっぱり悪の組織じゃん、ここ!

 私は心底嫌そうに反駁した。


「そう言われても……。ただの小娘ですよ、私。戦ったことなんてありませんし、何より怖いです。命をかけて戦えって言われても困ります。それに、ロボットに乗って戦うんですよね。私操縦なんてできませんよ」 

「ふん、ならば命をかけるに値する報酬があればいいんだな」 


 黒瀬がニヤリと笑った。


「よし、レイヴンを壊滅させたのなら君の家族を元の体ーー人間の体に戻してやる。コールドスリープで破損した君の家族の体のデータはうちにしかない。田中くん可能だな」


 田中さんは黒瀬の問いを受けて頭を掻いた。


「できますが、いいんですか。そんな安請け合いをして。だいぶリソースを食いますよ」

「我々が示せるメリットで最大級のものだ。命懸けで、と啖呵を切られたのなら応えてやらねばシュトラウスの名折れ。レイヴンを倒して資産を接収すればリソースのお釣りがくる。問題ない」


 黒瀬の眼力を受けて私はたじろいだ。

 家族の生身の体は正直欲しい。

 例え今家族と逃げられたとしても巨大戦闘ロボット三機の世話なんて私一人じゃできない。

 人間なら老後の世話までできるかもしれないけど、巨大戦闘ロボットの老後の世話は無理。

 介護食はとろみ剤でとろみをつけた燃料? 巨大ロボットサイズの介護用オムツとか売ってるかなぁ。デイサービスってどこ使うの? 自衛隊??

 頭がグルグルしてきた。でも最後まで抵抗を試みる。


「いやいや、仮に戦うにしても私、ロボットの操縦なんてできませんよ!」


 必死に言い逃れしようとする私に黒瀬が得意げに口を開く。


「それは心配ない。お前が乗るのはーー」


 その時、ビービーとサイレンが鳴った。


「おっと、噂のレイヴンの襲撃です。あかりを出撃させるので、失礼します」


 田中さんが私の肩を掴んで、体の向きをくるりと回転させる。

 えっ、戦う流れになっていますけどまじすか!?

 廊下に出た後、黒瀬の「あっ、こら最後まで言わせろ!」と言う言葉を遮るように、執務室のドアがぱたりと閉まった。


 ええい、もうどうにでもなれ!!


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